第3話 いつもの朝
出汁の効いた匂いで目が覚める。カツオ出汁の効いた味噌汁の匂いだ。
大阪と京都の境目のベットタウン高槻市は南の方。枚方大橋を渡ればすぐにひらパーで有名な枚方市へ辿り着ける。チャリで二〇分くらいかな。
団地の一室。六畳の部屋が三部屋とダイニングキッチンの3DKの間取り。
ちなみにダイニング以外は畳だ。そんな古臭い団地にはドアなんて洒落たものはなくて、仕切りといえば全部ふすまだ。
そんなんだから、ふすまの隙間からキッチンの匂いが溢れて来やがる。
先程まで見ていた夢の内容なんか覚えちゃいないが、布団が二度寝をしろって誘惑してきやがる。
誘われちゃったら仕方ない。
そのまま逆再生のように布団に寝転がり、欲望のままに二度寝の快楽へと身を委ねる。
「こらこら。起きなさい」
聞き慣れた声の主は従姉の
「んぁ……未来ぅ……。もう少しだけ……」
目を瞑ったまま答えると、呆れた声を出されてしまう。
「朝ごはんできてるんだから、さっさと起きなっ、さいっ」
そう言って激しく揺らすもんだから、三半規管の弱い俺は酔いそうになって起き上がる。
「うえぇ……」
「やっと起きた」
「未来さん。その起こし方はどうかと思うんですが」
嗚咽を吐きながら未来を見る。寝起き一発目で見ても、感想はいつも通り、相変わらず美人だなぁと思う。
サラサラの綺麗なショートボブの髪型。
俺と同じ学校のブレザーの制服を身にまとっているのに、彼女専用の制服かと錯覚してしまうほど似合っている。
「起きない世津が悪いんでしょ。ほら、早くね」
そう言って未来が部屋を出て行った。
美人に起こされたのは良いが、朝からジェットコースターに乗った後みたいに酔ってしまう。俺ってとことん三半規管が弱いよなぁ。三半規管ってどうやって鍛えるんだ。鍛えられるなら鍛えたいものだ。
なんて思いながら、ここまで来たら二度寝をする気にもなれなくて、素直に起き上がった。寝間着から学校指定のブレザーに着替えると、出汁の効いた匂いに誘われるようにダイニングの方へと行く。
「ほら、世津。朝ごはんさっさと食べて」
ダイニングのお隣にある居間。そこのコタツテーブルの上には二人分の朝食が並んであった。
「母親みたいなこと言いやがる」
「叔父さんと叔母さんに頼まれてるからね」
現在、俺の両親は北海道で働いている。
父さんの会社は全国展開しているため、北海道へ異動となった。
家族で北海道に住むことも検討していたが、父さんだけの単身赴任ってことで話が落ちつこうとしたんだけど、家事能力が皆無の父さんを一人で行かせるのは不安になった母さんが付きそう形で俺を置いて行ってしまった。
正直、両親は俺へ過度に気を使っているため、一人暮らしをさせてくれることはありがたかった。
もれなくとして近くに住む、従姉の未来が面倒をみてくれることになったというわけだ。
「今日のシャケは上手く焼けたよ。きっとすごくおいしいかも」
「未来の料理はいつもおいしいっての」
居間の座椅子に背を預けながら言ってやる。キコっと古い座椅子からガタが来ているような音が鳴るのを気にせずに、なんとなくテレビを点けた。
「そうやってお世辞を言っても朝寝坊は許さないからね」
「バレましたか」
ベッと舌を出してから手を合わせる。
「いただきます」
白米にシャケと味噌汁にコールスロー。朝飯としては王道的だが、この王道的なメニューを作るのがどれくらい面倒か理解しているつもりだ。なので、感謝を込めていただきますをする。
「召し上がれ」
向かいに座った未来が返事をくれた。
テレビから聞こえてくる情報番組をBGMに朝食を食べる。相変わらず俺の好みの味付けの料理を食べていると、テレビからスポーツニュースが流れた。
「ここからは野球です。昨日の阪し──」
プツンとテレビが消えてしまう。消したのは未来だ。
「ね、世津。テレビなんか見るより、未来お姉ちゃんと楽しくお話ししながら朝ごはんを食べよう」
明らかに俺へと気を使っているのがわかる。
もう、そこまで気にしていないのだけど、せっかく未来が気を使ってくれているんだ。ありがたく、その流れにノっておくか。
「だーれがお姉ちゃんだよ。四月一日生まれと、四月二日生まれの、たった一日違いに姉もくそもあっかよ」
「残念ながら、たった一日違いでも、世津は私より学年が一つ下なのだよ。後輩くん」
「ぐぬぬ……」
確かに、たった一日違いだけど、未来は同級生ではなくて先輩だ。
文部科学省のホームページを覗いてみると、『四月一日生まれの児童生徒の学年は、翌日の四月二日以降生まれの児童生徒の学年より一つ上』だということが記載されている。
よって、現在、未来は高校三年生で、俺は高校二年生。学年が一つ下の俺は普段、彼女に弟扱いされたり、お姉さんぶられたりされているわけだ。
「ほらほら。未来お姉ちゃんの美味しい朝ごはんを食べて、今日も一日がんばりな。後輩くん」
「上から目線どうも」
朝起こしてくれて、朝ごはんもご馳走になっちまってるから、強いことはなにも言えないな。
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