第2話 最推しはクラスメイト

 結論から言うと、俺の連行先は交番じゃなかった。


 大阪駅の二階改札前。


 大きな窓の外には何本にも伸びた線路が見える。大阪は大都市なのでいくつもの線がある。こっから京都にも神戸にも一本でいけるんだよな。

 ただ、新幹線はお隣の新大阪駅にあるから、海外の人がよくトラップに引っかかっているのを見る。

 そりゃ大阪駅に新幹線があると思うよな。今も海外からお越しのお客様が新幹線のチケットを持って駅員と話している。


 丁度、帰宅ラッシュ時と重なっているみたいで、電車を待つ人達の姿が見える。俺も早く帰りたい。


 いや、最推しの出雲琴とふたりっきり、だなんて夢のシュチュエーションだったら帰りたくないって思うのが普通なんだろうが、この人ったら、さっきからやたらと睨んで来ているんですけど。


 そりゃ交番に連れて行かれなかったのは助かったが、この後、俺はどうなるのやら。芸能人パワーで裏の人が出て来て消されるとか? パンツで? うそだろ。


「すみません。いちごパンツのことは誰にも言いませんから許してください」


 先手必勝に謝ると、「なっ……」とさっきと同じように声を漏らして顔を赤く染めていた。


「パンツの話はやめなさいっ!」


 怒られてしまった。これ以上、執拗にいちごパンツの話をしたら、本当に裏の人でも出てくるのではないかとビビった俺は、話題を大きく切り替える。


「それで、なんで出雲琴が俺の名前を知っているんだよ」


 出雲琴が俺の名前を知っているのはめちゃくちゃ嬉しいんだけど、やっぱりどうしても疑問に思う。


世津せつくん。美ヶ丘北うつくしがおかきた高等学校の二年六組」


「え。うそ。やだ。もしかして俺のストーカー?」


「なんでそうなるのよ」


 やれやれ、呆れた声を出されてしまう。


「同じ学校の制服を着ているのに気が付かない?」


 くるりと一回転した時に、いちごパンツがまた見えたんだけど、話題に出したら処されるからやめておこう。


「いやいや。出雲琴が同じ高校なわけないだろ」


「ふーん。わかんないんだ。そりゃまぁ、私は学校じゃ目立たないし、仕方ないかもだけど。クラスメイトの顔くらいは覚えておいて欲しかったわね」


「クラスメイトぉ?」


 出雲琴がめちゃくちゃなことを言ってくるので変な声が出てしまった。


 いやいや、同じクラスにこんな美人な女の子がいたら話題に上がるだろうに。


「よしてくれよ。俺は出雲琴の推しなんだぜ。出雲琴が同じクラスにいて、俺が気が付かないわけがない」


「あら、嬉しいこと言ってくれる。でも、残念。四ツ木くんは私のことに気が付いていない」


 そう言いながら出雲琴は自分の髪を慣れた手つきで、くるくると三つ編みにする。仕上げに眼鏡をかけて俺を見てくる。


「これでわかる?」


「ひなつ、やくも?」


「正解」


 あまり喋ったことはないが、高校二年に進級してから三ヶ月くらい経っているんだ。クラスメイトの顔くらいは覚えている。


 目の前にいるのは間違いなく、俺のクラスメイトの日夏八雲ひなつやくもであった。


「うそだろ。髪型変えて、眼鏡かけただけで気が付かないもんなのか……」


「意識してないと案外バレないものよ。私みたいなオワコン歌手なんて特にね」


 自虐的に言ってくる彼女へ首を横に振る。


「オワコンなんかじゃない」


「え?」


「俺は今もずっと出雲琴の曲を聴いている。今までも、これからも出雲琴のファンだ。だから、オワコンなんかじゃないよ」


 心から思っていることを伝えると、本気の言葉は伝わったみたいだ。彼女は嬉しそうな表情を作ってくれた。


「ありがと。そんなことを言ってくれる人がまだ私にはいるってわかっただけでも、本当に嬉しい」


 はにかんだ後、彼女はちょっぴり悲しそうな顔を見せた。


「でも、四ツ木くんも見たでしょ。誰も私に気が付かない。誰も私の歌なんて興味ない。あの頃、あれほど注目されていたのに、まるでシンデレラの魔法が解けたみたいね」


 寂しそうにポツリとこぼす彼女の弱気な声。なんとか励ましの言葉をかけてやりたい。だけど、困ったな。こちとらただの高校生だ。そこらへんの高校生の言葉なんて出雲琴に響かないだろう。


「な、日夏」


 クラスメイトとして接したら良いのか、それとも出雲琴と接して良いか悩んだが、目の前の顔はクラスメイトの日夏八雲だったため、そう呼びかける。


「さっきのはさ、ちょっとおかしくないか?」


 彼女に響く言葉を送ることはできないが、違和感を伝えることはできる。


「なにが?」


「いくら、現在活動休止中の出雲琴だとしても、あれだけの通行人がいる中で歌ったら、俺以外にも立ち止まる人がいるって」


「興味がなかったらわざわざ立ち止まるなんてしないわよ」


「そこら辺のストリートライブですら立ち止まって見てる人いるだろ」


「確かに」


「もしかしたら、今日はたまたまだっただけかも。他の場所で同じことやってみたりしたら反応が違うかもよ」


 提案してみると、彼女は思い出すように窓の外を見ながら答えてくれる。


「ミナミでも、地元の高槻でも歌ってみた。でも、反応は同じよ。誰も見ようとしなかった。ただ単に私に興味ないだけ」


 既に実行済だったみたいだな。


「だったら尚のことおかしいって。色々試した中で釣れたのがクラスメイトだけなんて変だ」


「ただ単に興味を持たれてないだけでしょ」


「なんだか意図的に出雲琴のことをなかったことにされているみたいじゃないか。さては、芸能界の圧が世界にかかっているとか」


 こちらの思いついた答えに、「ぷっ」と可愛らしく吹き出した。


「誰がなんのために圧をかけるのよ。それに、もしそうだったとしても、流石に芸能界でも世界に圧力はかけられないわよ」


 そりゃそうだわな。


「だったら、俺以外に日夏が見えていないとか?」


「うん。まだそっちの方が可能性があるかもね」


「予想外の肯定。もしかして、日夏ってまじで幽霊?」


 冗談を言うと、幽霊のポーズを取る。


「うーらーめーしーやー」


「あ、うん。演技はイマイチなんだな」


「むかっ。いいの! 私は歌手なんだから!」


 ふんっとわざとらしく顔を背ける。


「仰る通りで。出雲琴の歌は本当に良いよな。流石は俺の最推し」


「下げた後に思いっきり上げないでよ。反応に困るでしょ」


「俺は出雲琴の歌で救われたんだ。アーメン」


「ちょ、ちょっと、なんでアーメンって言いながら土下座なのよ。こんな人の多いところでやめて」


 慌てている日夏の姿をチラッと見た後に、通行人達を見る。そりゃ改札前で土下座してたら注目の的だろう。


 通行人達の声がチラホラと聞こえてくる。正確な言葉は拾えないが、「変なカップル」だの、「女の子が可愛い」だの、「あの男にあの彼女とか草生える」とか。最後のはうるさいわ。


 そんな声を拾えたところで土下座をやめて立ち上がる。


「日夏のことが幽霊だとか、見えてないだとかではなさそうだな。少なくとも、目の前の通行人達にはちゃんと日夏のことは見えているみたいだ」


「え? もしかして、それを確かめるためにわざと土下座したの?」


「んにゃ。俺は出雲琴の推しだからな。どこでも土下座くらいするのさ」


「や。ほんと、意味もなく土下座するのは反応に困るからやめて。」


 さて、冗談は置いておき、アゴに手を置いて考える。


 見えてないとかそういう摩訶不思議アドベンチャーではないってことはなにか他の原因があるってことなのか……。


「あのさ、四ツ木くん」


 こちらが真剣に考えていると、名前を呼ばれる。


「エンタメを仕事にしてるから、こういう事態が来ることは覚悟していたわ。今回でわかった。出雲琴は完全にオワコン。でも、でもね、四ツ木くんだけでも私に気が付いてくれて嬉しかった。ホントよ」


 そう言って去り際に手をあげてくれる。


「バイバイ」


 言い残して彼女は改札を潜って行ってしまった。


 日夏はこのままで良いのだろうか。少なくとも、異常事態だとは思う。


 俺しか気が付かない歌姫。


 やっぱりそんなのはありえない。なにか原因があるはずだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る