俺の最推しである歌姫が世界から忘れられていくので、俺は世界が歌姫を思い出すまで叫び続けると誓った。だってキミは俺を救ってくれたから。だから今度は俺がキミを救う番だ

すずと

第1話 推しはいちごパンツ

 その歌は俺の大好きな歌だった。


 都会の大きな病院に月一で通っている俺は、地元の大阪府高槻市から電車で一本、だいたい二〇分程度で大阪梅田にやって来ていた。


 相変わらず梅田は人が多いよなぁ。


 高校の授業が終わった放課後の夕方とはいえ、この人の量はさすが日本三大都市の一つだわ。高いビルしかねぇもんなぁ。コンクリートジャングルとは誰が言ったのか、よく言ったもんだ。


 そんなコンクリートジャングルの人口密度は、それはそれは高くてだね、すれ違う人と肩がぶつかりそうになる。


 でも、どういう訳か当たらないんだな、これが。不思議だよな。都会にいる人は回避能力のバフでも発生してんのかね。


 人が多すぎるし、特に買い物の予定もないからさっさと帰ろう。なんて思っても人が多すぎるから早歩きもできやしない。前の人の歩幅に合わせて歩くしかないってのは、都会のデメリットと言えるだろうね。


 前の人に引っ付いて駅まで目指す。途中、歩道橋にしぶしぶ上がりながら、梅田って圧倒的に信号が足りないよな。もっと信号機を付けろよー。


 なんて文句を垂れていると、耳に心地良い歌声が聞こえてきた。


「この歌……」


 つい声を漏らして立ち止まってしまう。


 後ろの人がこちらの急ブレーキに対応して俺をかわしてくれる。

 都会で急に立ち止まるのはタブーだ。ほんとすみません、と内心謝りつつも、人混みをかき分けて歌声の方へと歩み出す。


 この歌は俺の最推し歌手、出雲琴いずもことの、『シンデレラ覚醒』という曲だ。しかも歌っているのは本人に間違いない。


 だって、中学の時に一日五〇回は聴いていた曲だもん。


 いや、うそ。


 一日一〇〇回は聴いたね。


 そんな俺の好きな歌手である出雲琴は現在、活動休止中。だからこそ、歩道橋から彼女の歌が聞こえてきて、テンションが上がっちまった。


「やっぱり出雲琴だ」


 歩道橋で歌っていたのは間違いなく出雲琴であった。


 一三歳で歌手デビュー。その美貌は中学生とは思えないほど美しく儚い。まるで天使のようだ、妖精のようだと比喩されていた。


 そして、容姿以上に凄いのが圧倒的な歌唱力。


 彼女の歌は、聴くものに勇気を、希望を、夢を与える。だなんて大袈裟な言い方かもだけど、実際、デビュー曲の『シンデレラ革命』は俺達世代にささりまくって、MVの再生回数は三億を突破。一気に人気芸能人の仲間入りを果たし、ネット番組を中心に、テレビ、ラジオ、CMに引っ張りだこだった。


 そんな出雲琴が目の前にいる。芸能人だ。本物の芸能人。


 しかし、彼女を見て疑問が生まれてしまう。


 なんで、俺と同じ高校の制服を着ているのか。


 コスプレ?


 いや、学校指定の制服のコスプレなんてないだろ。つうか、出雲琴は俺と同い年のはずだ。現役女子高生が制服のコスプレとかありえないだろう。


 彼女の恰好も気になるが、それ以上の違和感に気が付いてしまう。


 どうして彼女の周りには誰も集まっていないのか。まるでそこにはなにもないかのように通り過ぎていく人達。


 おいおいウソだろ。どうして誰も反応しないんだよ。


 確かに高校入学と同時に活動休止したかもしれないが、あれほど有名だった出雲琴なんだぞ。いくら都会で芸能人を見慣れているからって、こんなところでストリートライブをしていたら、誰か一人くらいは立ち止まるだろうが。


 観客は俺だけ。


 好きな歌手のストリートライブを、俺だけが聴いているちょっとした優越感と圧倒的違和感の中、ふわっと夏の風が吹いた。その風はやんちゃな男児ような風だったみたい。


 ひらり。


 出雲琴の着ている制服のスカートがめくれて、いちごパンツがこんにちは。


 ありゃま、こりゃまた可愛らしいパンツを履いてらっしゃいます。


 歌の間奏中にそんな感想を述べている場合じゃないみたい。


「……むぅ」


 出雲琴が演奏をやめてこちらを睨んでいた。しかし、その整った顔立ちの睨みは、俺としてはちょっとしたご褒美。怒った顔も可愛い。


 とかなんとか余裕ぶっこいでいると、アコースティックギターをケースにしまい、こちらに歩み寄って来る。


「ちょっと来て」


 ガシッと手首を掴まれて引っ張られる。うそ。あの、出雲琴が俺の手首を掴んでる。感激だぁ──。


 なんて言ってる場合じゃねぇ!


「わーわー! 待った待った!」


 これはあかんやつ。完全に痴漢と間違われてしまっている。


「誤解だ、誤解」


「は?」


「俺はただのファンだ! 出雲琴の大ファンなだけだ!」


 大きな声で言うもんだから、周りからの視線がささりまくる。そんな中、ちょっぴりと出雲琴は嬉しそうにしているような気がした。


「ちょっと、くん、落ち着いて……」


「出雲琴がいちごパンツだからって推しを引退なんかしないっての」


「なっ……!?」


 こちらの言葉に出雲琴は無意識にスカートを押さえた。


「み、見たの?」


「あり? いちごパンツを見たから俺を警察に突き出そうとしたわけじゃないの?」


 こちらの質問に彼女は、にこっと綺麗な笑顔を見してくれる。


「四ツ木くん。場所を変えましょう。ここではなく交番、でね」


「あ、やっぱ通報されちゃうやつ?」


「さっ。こっちよ」


「ちょ。シャレになんねーっての。つうか、なんで出雲琴が俺の名前知ってんだ!?」


「こっち、こっち」


「誤解だああああああ!」

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