第2話 妹は何かと計算高い

「「「乾杯ーー」」」


 夜、ドラゴンの骸を背景に早速酒盛りを始める冒険者達。解体作業にギルドへのクエスト完了報告、素材泥棒から死骸を守るなど色々あるらしくここを動けない。そうなるとやることは一つ、酒を飲むこと。理に叶っている。


「さあ、今日の主役様、どうぞどうぞ」

「一口目がいっちばん旨いからな」

「さあ、ぐいっとぐいっと」


「じゃあ、飲んじゃいますよ!!」


 皆の期待を一身に引き受けて俺は一気に木樽ジョッキに入った酒を飲み干す。おっさん連中がおっおっと言い始める。体育会系のノリだな、冒険者って。


「ヒサミチ、やるな!!」

「飲み慣れてるな!!よ、のんべえ!!!」

「結局、親睦深めるのには酒飲んで腹割って話す。これよ!」

「この干し肉も食え、うちの母ちゃんが作った奴だぞ」

「これが旨いのなんのって」


「あざっす、じゃあもう一杯行っちゃいます!!」


 更に飲み干すとおっさん連中は感極まったのか、ドラゴンの死体を囲んで謎のダンスを踊る。俺も無理矢理参加させられる。凄い一体感を感じる。実際、おっさんの一人が泣き出している。俺も何か泣きそうになる。なんの涙だこれ。


「死んでいった仲間の敵、よう打ってくれた!!」

「お前はこのギルドの誇りだ!!!」

「・・・胴上げするか!!!」

「「「よっしゃ!!!」」」


 おっさん共に持ち上げられてぽーい、ぽーいと上に投げられる。それを遠くの方から見てにこにこ笑っている姉と妹。正直、数日前はこんなことになると思ってなかった。


 なんせ、冒険者登録に躓いていたのだ。


――――――


 数日前。


「えーと確認しますね、つまり冒険者登録するには身分証明書と金銭が必要。で身分証明書を発行するには地元の役所に行かないといけない。で地元の役所で身分証明書を貰うには身分を確認出来る書類が必要。でその書類は親族の一筆が複数必要になる。そういうことですか」


「はい!!!その通りです」


 滅茶苦茶良い笑顔で親指を立ててくる受付嬢。そうここは冒険者ギルド、冒険者は皆ここでクエストを受注する。それが基本らしい。その基本に今躓いている。


「ですが、その身分を確認出来る書類が無くて・・・」


「では無理です!!」


 更に親指を突き出される。ダブルグッド。ダブルグッドじゃねえぞ。など苛立ちの突っ込みをしていると後ろから姉と妹がにゅるっと出てくる。そして、長い長い黒い姉の方は上半身を伸ばして受付嬢を間近で見る。


 だが・・・その姿は見えてない。


「ねえ、それが必要なの。だったら作ろうか?はい」


 姉の手には無数の冒険者登録書・ライセンスがある。だがそのどれも奇っ怪な文字で埋め尽くされている。少しばかし鳥肌。それを彼女に返す。機嫌損ねない様にね。


「いや、必要ないね。ここから俺の巧みな話術で見事にやってやりますよ!」


「凄いね、偉い偉い」


 頭を撫でられる。悪い気がしない。女神殺しなのにな、など思っていると小さい小さい黒い妹がはい!と元気に書類を渡す。受付嬢の視線がそちらに移る。見えたり見えなかった出来るのか。


「これで大丈夫ですか?」


「・・・はい、大丈夫です!!もー、ヒサミチさん、あまりに変な事言わないで下さいよ。あるじゃないですか!!親族の一筆も身分証明書も!!」


 ご機嫌な調子で冒険者登録を開始する受付嬢。それを横目に妹を見る。小柄で黒い妹は真っ白な歯をむき出しにして笑っている。


「あっちにいた頃の身分証明書をこっちのフォーマットにして渡したんだ。後、私達の一筆も添えたよ?家族だからね。ちゃんとした書類作らないと後で兄ちゃんが困っちゃうもん」


 そういう常識はあるんだという野暮な突っ込みはせず素直に褒める。


「・・・さっすが我が妹!!」


「えへへ」


 嬉しそうに笑う妹の頭を撫でてやる。これも悪い気はしない。女神殺しなのにな。など思ってると早速冒険者登録が済んだのかライセンスが手渡される。三つ。おお今度は見えるようになるのか。便利だな。


「まずはヒサミチさん、どうぞ!」


 そこには俺の名前がカタカナで書かれており、ステータスやら今の経験値やらが書いてある。そして、いつ撮ったか分からない冴えない顔の俺の写真も付いている。おお、凄いな。マジで異世界転生じゃん。


「で、次にイモウトさんとネエさん」


 え?と思い受け取るライセンスを見る。そこには確かにネエ・イモウトとしか書かれていない。ステータスが常に変動しており経験値の数値もぐちゃぐちゃ、そして何よりライセンスにある顔写真。


 真っ黒な顔に目と口だけがある。そして、姉の方は涙を流し、妹は大口を開けて笑っていた。


――――――

【生前】


「えーと、これが戸籍謄本ですね」


 やる気なさげな松山市役職員に小銭を渡してそれ受け取ると俺はすぐさま外に出る。後ろから声を掛けられるが気にしない。少し汗ばむ季節だがまだ夏じゃ無い。だから冷たい風が背中を通る。


「俺は一人っ子、俺は一人っ子、俺は一人っ子」


 近くのベンチに座ってポケットに入ってる蓋の締めれるワインを開けて一気に飲み干す。酔ってないと駄目なんだ。見る勇気が無い。


 袋から取り出して確認する。・・・そこには父、母、俺などが記載されているが・・・姉と妹なんて微塵も書いていない。


「・・・そうだよな、そうだ、そうそう、流石にそりゃおかしいもんな」


 ベンチで仰け反る。


 安心した。これでもし記載されてたら俺が姉や妹を忘れているだけになる。だが、実際は違う。存在しない姉と妹を、化物みたいな姉と妹を、頭のおかしい俺が見ているだけと言うことになる。


「良かった、俺がおかしいだけか・・・」


「おかしくないよ、お兄ちゃん」


 声のする方を見る。まっ昼間、松山の市街地だからそこそこ人がいる。その中に学生服の小さな小さな黒い妹が独楽みたいに回ってけたけた笑ってる。誰も気に止めない。違う、これは幻覚なんだ。


「そうだよ、おかしくない、なーにもおかしくない」


 ベンチの先にある滑り台、それと同じくらいの大きな黒い姉が学生服を揺らしながら寂しそうに泣いている。そして、またゆっくりと近づいてくる。


「ねえねえ、お兄ちゃんもうそろそろお子が欲しい」


 踊るように愛を囁く小さい黒い妹。


「三人でどこかに住みましょ?そこで子供を育ててその子がまた子供を作るの。ね?久通お父さん?」


 ゆらゆらと陽炎の様に消えては現れる大きな黒い姉。


 幻覚だ。幻覚なんだと思えば安心する。二人の冷たい手が重なって口や手が俺の体に触れてそれが少しずつ入り込んでもこれは頭のおかしい俺の妄想で納得できる。良かった、よかった、頭がおかしくて本当に良かった。


「あー井下久通さん!!」


 さっきのやる気無い市役所職員が少し汗ばんで何かを渡してくる。なんだ?領収書か?と思うがそれはやけに大きい。


「いや、もう一枚あったんですよ。すみません、入れ忘れてました!!」


 大きく頭を下げて去る市役所職員。そして、すぐさま走って消える。冷や汗が止まらない。見たくない。だけど、それをゆっくりと袋から出した。


――――――――

・戸籍に記載されている者

【名】姉


【生年月日】不明

【父】無し

【母】無し

【続柄】長女


・戸籍に記載されている者

【名】妹


【生年月日】不明

【父】無し

【母】無し

【続柄】次女

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