第2話 中央へ

時刻は夜の8時を回ろうかという頃。ソラはミリッサと共に、事務所でトキが来るのを待っていた。

足音が聞こえて扉の開く音がする。トキが「お待たせしました」と入ってきた。


「この度は私の不手際でご迷惑をおかけして申し訳ない」


ソラの隣にきたトキが深々と頭を下げる。その姿は堂々としたもので、とても西と東を間違えた人物には見えない。


「まあ、とりあえず座りたまえ。話はそれからだ」


ソラの向かいに座るミリッサは世間話でもするかのように席をすすめてくる。その軽い雰囲気に、先ほど巻き込まれた件はそれほど重要なものではなかったのだとソラは胸を撫で下ろした。


「単刀直入に言う。先ほどソラ君が見聞きしたことは絶対に他言無用だ。破った場合、相応のペナルティが課せられると思ってくれ」


ソラはホッとするのは早かったと後悔する。ミリッサの迫力はそれほどに恐ろしいものであった。


「はて、私がここに呼ばれているということは、私には話していいということですかな?」


のんびりした口調でトキが場の緊張を中和する。


「中尉は彼の監視役としてここに呼んだ。あなたは今回の件を聞けば事情はわかるはずだからな」

「なるほどねぇ。コソコソ何をしてるのかと思えば、やっぱりそう言うことですか」


トキの口調は変わらず穏やかだ。だが2人の間に漂う空気がそこはかとなく不穏なものになっていく。


「………あなたのうっかりが、ただのうっかりであることを祈るよ。今回のことはソラ君から聞いてくれたまえ。その上で彼に何を話してどう扱うかはお任せする」


これ以上の問答は無用とばかりにミリッサは会話を切り上げてさっさと帰ってしまった。


『え?これで終わり?』


もっと問い詰められたり口外しないように脅されるのかと思っていたソラは、トキと2人残されてあっけにとられていた。


「さて、ソラ君。君に何があったのか話してくれるかな?」



先ほどあったことを聞いたトキは「ふむ」とアゴに手を当てて思案している。ソラは不安を感じながら次の言葉を待った。


「それで、ソラ君はどうしたい?」


かけられたのは予想外の言葉だった。


「どうしたい……とは?」

「今回の事が普通でないのはわかるだろう?」


『たしかに。民間人に助けられたと思って落ち込んでたけど、あのヒスイという子の動きはきちんと訓練されたものだった。でも軍の人間というわけではなさそうだし。いったい彼は何者なんだろう』


黙々と思考の沼にハマるソラを、トキは静かに見守っている。やがて決心したようにソラが顔をあげた。


「ヒスイという少年が何者なのか。聞けばきっと戻れませんよね」

「そうだね」


どこに、何に、という言葉はいらなかった。 あの少年がいるのは自分とは違う世界だ。ソラは感覚でそれを感じていた。


「俺にはそれを聞く覚悟はありません。さっきの事を全て忘れて誰にも話さずにいる。そのほうがよっぽど楽だと思います。でもそれでいいのか。それが正しいのかはわかりません」


見て見ぬふり。悪い言い方をすればそういう事になるのではないか。ソラは自分の良心がチクチクと痛む音を聞いた。


「正しい……か。ソラ君は素直だね。よし、こうしよう。明日から1週間、中央に行ってきなさい」

「………はい?」


トキから返ってきたのは全く関係のない提案だった。


「中央から応援要請が来ててね。めんどくさ……どうしようかなと考えてたんだよ。ちょうどいいから行っておいで」

「今、めんどくさいって言いかけましたよね」


え〜。言ってないよ〜。とトキは口を尖らせて可愛いポーズをとる。ソラはそれ以上聞く気が失せてしまった。


「口を噤むのが正しいのか。真実を聞くのが正しいのか。それを決められるように広い世界を見ておいで。君はまだまだ若いんだから」


なんだかいい感じにごまかされた気がしないでもないが、上官命令だ。ソラはとりあえず親に中央行きのことを話さないとなと時計を見た。もうすぐ9時だ。朝の早い親が寝てしまっていないか心配しながら、トキと共に事務所をあとにした。




「えっ⁉︎ソラ、中央に行くの!いいなぁ!」


翌朝。出発前にみんなに挨拶をしていると、カナリに中央行きを羨ましがられた。


「隊長〜。なんで俺じゃないんすか」

「君はこないだ行ってるだろ。今回はソラ君の番」

「アメイト駅に売ってる七色キャンディって美味しいのよね。ソラ、お土産よろしく〜」


喚くカナリを気にもせず、リンドは勝手に土産のリクエストをしている。


「ああ、うちの子もあれ好きだよ。前に友達からもらった時は全部食べられた」

「そうなの。あ〜。でもうちの子はまだ飴は食べれないかなぁ」


クレナとヒワはすでに土産を買ってくる前提で、我が子の話題に花を咲かせている。


「いや、仕事ですからね。中央行くの自体ほぼ初めてだし。お土産を指定されても買えるとは限りませんよ」

「大丈夫よ。駅のど真ん中にデカデカと看板出てるから。あれがわからなければ、どこ行っても生きてけないわよ」


辛辣なリンド。それを宥めるクレナ。「初めての都会で道に迷わないようにね」と心配するヒワ。まだ悔しがってるカナリ。のほほんとしてるトキ。

みんなを見ているとなんだか昨日のことが夢のようだとソラは思った。




その日の午後。ソラは中央の玄関口、アメイト駅に降り立った。


「………人が多い」


田舎育ちのソラは完全に都会の空気に呑まれていた。


『お屋敷は郊外にあったもんな。こんな中心地に来るなんて本当に初めてだ。冗談じゃなく道に迷いそうな気がしてきた』


不安を払拭するために本部までの地図を広げる。田舎者丸出しかどうかなんて気にしていられなかった。


「とはいえ、まずは駅からでないと」


地図には西口から出るように書いてある。駅の案内に従ってまずは西口を目指す。


「あ、あれか。リンドさんが言ってたキャンディの看板」


電車が並ぶ一番奥に、どこからでも見えるくらい大きな看板がたっている。その下が店舗になっているようだ。


『さすがに買うのは帰りにしたほうがいいだろうけど、少しだけ覗いてみようかな』


知っているものを見つけられた安心感からか、ソラはフラフラと店の方へ近づいていく。

綺麗に装飾されたディスプレイを覗こうとした時、店内に見覚えのある髪色を見つけて視線が止まる。


『え………ルリ様………?』


紫がかった深い青色の髪が見える。

幼い頃に両親が働いていた屋敷の子供が同じ髪色をしていた。後ろ姿だが、成長していたら背丈もあれくらいになっているだろう。


「ル……」


店に入ろうとするが、並んでいる人達がいて入れない。戸惑ってるうちに目当ての人物は反対の扉から出て、人混みに消えてしまった。


「ルリ様………だったのかな?」


伸ばした手は行き場をなくし、だらりと体の横に落ちた。

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