第3話 疑惑

今から10年前。まだソラが両親とともに貴族の屋敷にいた頃の話。


「ソラ、おもしろい物を手に入れたんだ。今からアサギに見せに行こう」

「ルリ様?おもしろい物ってなんですか?」

「それは着いてからのお楽しみだ」


青い髪の少年がソラの手を引いて走り出す。屋敷の主人の1人、ルリだ。この屋敷はノゼ家が子供達を住まわせるために建てたもので、ルリと姉が暮らしている。


「俺、庭の掃除がまだ終わってないんですけど」

「お前、まだ終わってなかったのか。ほんとにどんくさいな。帰ったら手伝ってやるからとりあえず教会に行くぞ」


掃除で汚れたソラの手を、ルリは気にせず握って走る。掃除を手伝うという約束も本当に果たす気でいるのだろう。ルリのそういった貴族なのに飾らないところが、ソラは大好きだった。



彼らは教会の横にある孤児院にやってきた。

慣れた様子で1人の少年を呼び出す。


「アサギ、見ろ!最新のエネルギー理論が載った本だ!」

「ルリ様?え?凄い。どうしたんですか、これ」


アサギと呼ばれた少年は驚いた様子で本を受け取る。


「父上にお願いして送ってもらったんだ。お前、読みたがってただろう」

「そうですけど。こんな貴重な本をそんな簡単に………」

「うちは無駄に権力持ってるんだから、お前みたいに能力のあるヤツを手助けするのは当然だろ。それが貴族の務めだ」


ルリは胸を張る。

アサギは機械技術の知識が豊富な少年だった。以前ソラとルリがおもちゃが動かなくなって困っていたところ、通りかかったアサギがあっさり治してしまったのだ。それが2人との出会いである。それ以来ルリはアサギの才能に惚れ込み、こうやって才能を伸ばす手助けをしている。


「お前はその才能を活かして必ず技術者になれよ」

「はい。ちょうど教会から技術者養成の誘いが来てるんです。僕、受けようかと思って」

「そうなのか!やったじゃないか!」


ソラは自分のことのように喜んだ。


「私も父上に、話したいことがあるから自分達の所に来いと言われてるんだ。私も姉上もそろそろ家のために色々学ばなければならないからな。アサギに負けていられない」

「2人とも凄いなぁ。俺は将来のことなんてまだ何も考えられないです」

「お前はまず、掃除をやり遂げないとな」


ルリにからかわれて「それは言わないでくださいよ〜」とソラが笑う。同い年の3人はいつもこんな風に仲良く笑って過ごしていた。



『結局あのあとルリ様はご両親の家に移られて、アサギは養成のために教会の本部に行っちゃったから会えなくなったんだよな。2人とも元気かな』


軍の本部へ向かうバスの中でソラはボーッと考えていた。


『というか、ルリ様のご両親の家がどこにあるか知らないけど中心部の可能性は高いんじゃないか。アサギだって教会の本部にいるかもしれないし。もしかしたら2人に会えるかもしれない!』


根拠のない希望で急に元気になったソラは、やる気に満ちた足取りでバスを降りて本部の扉を潜った。




「本日から本部でお世話になります。アヤ担当のソラと申します」


受付の男性に訪問の目的を伝える。「ああ、応援の子ね」と右奥の部屋に行くよう指示された。

伝えられた部屋へ行くとソラより少し年上の青年が慌ただしく走り回っていた。


「あの……本日から本部でお世話になる……」

「あ!応援の子ね!助かるよ!ここに電話して弁当20個注文してくれる。場所と時間はこのメモの通りで」


サッとメモと電話を渡して青年は部屋の奥に行ってしまう。戸惑いながらも命令は絶対なソラは言われた通りに弁当を注文する。


「できました」

「なら、この箱を2階の武器庫に運んで。階段上がって左側の2つ目の部屋。扉の上に武器庫って書いてあるから」


流れるように指令をだしてくる青年に従って雑用をこなしていく。あちこち走り回っているうちに気づくと夜の8時になっていた。


「お疲れさま〜。初日から大忙しだったね」

「はい。まさかこんなに忙しいとは思ってませんでした」

「最近、反乱グループの活動が激しくなってきてね。出動が多い分、裏方の仕事も増えてるんだよ」

「そうなんですね。田舎にいるとそういう情報には疎くて」

「ははは。平和でいいことじゃないか。おっと自己紹介もまだだったね。私はトルクだ」

「ソラです。よろしくお願いします………あの〜。今回の応援ってもしかして雑よ……事務方の人手が足らなくてなんですか?」

「ははは。雑用でいいよ。もしかして、現場に派遣されて大活躍できると思ってた?」

「いや、そこまでは思わないですけど、まさか雑用とは思わなくて」

「それよく言われるんだよね〜。まあ雑用だって立派な仕事だ。1週間よろしく頼むよ」

「………はい」


思っていたのと違う仕事内容にやる気が萎みそうになるのをなんとか堪える。そうやって中央の初日は終わっていった。




「おはようございます!」

「おはよ〜。朝から元気だね」


翌朝。なんとかやる気を搾り出したソラが事務室の扉を開けると、眠そうなトルクが棚の奥から顔を見せた。


「あれ?来るの遅かったですか。30分前には着くように出たつもりだったんですが」

「いやいや、十分だよ。僕はちょっと仕事したくて泊まってただけだから」

「え⁉︎」


あくびをしながら答えるトルクにソラが驚いていると、扉が開いて女性が入ってきた。50歳くらいだろうか。ピンと伸びた背筋は年齢をあまり感じさせない。


「おはよう、トルク。おや、見ない顔がいるね」

「おはようございます。シキさん。その子は昨日から応援に来てくれてるソラくんですよ」

「ああ、アンタがかい。私はシキだ。よろしくね」


シキに手を差し出されてソラが握り返す。だが私服姿のシキが何者なのかわからず困惑していた。


「ああ。私は諜報部の人間だからね。軍服着て潜入するヤツはいないだろ。あんたはアヤ担当の駐在員だろ。あそこはいい町だね」

「知ってるんですか?」

「シキさんはどこでも行くからねぇ。知らない所はないんじゃないですか」


いつのまにか3人分のお茶を入れたトルクが2人にカップを渡す。


「ありがとう。知らない所がないというのは言い過ぎだよ。それに私も歳だからね。そろそろ後方支援にまわりたいよ。ここはいつでも人手不足だろ。私が入ってやろうか?」

「ダメです。シキさんの貴重な技術と経験はまだまだ活躍してもらわないと。もうすぐヘイルも戻ってきますし、シキさんは自分の仕事をしてください」

「なんだい。年寄りをこき使って。しかたないねぇ。仕事にでも行ってこようか。お茶ごちそうさま」


トルクにコップを返すとシキはヒラヒラ手を振って部屋を出て行った。


『あの人、結局何しにきたんだろう』


「シキさん、よくサボりに来るんだよねぇ。お茶の好みもすっかり覚えちゃったよ」

「サボりに来てたんですか。いいんですか?」

「いいのいいの。ああ見えて優秀な人だから。さて、平凡は我々は今日も地道に頑張りますか」


ん〜と伸びをして机に向かうトルクに「はい」と返事してソラは仕事を始めた。




それから3日が過ぎた。忙しさにもすっかり慣れてきたソラは、会議中の部屋にお茶を届けに向かっていた。


「失礼します。お茶をお持ちしました」

「ああ。ありがとう」


扉を開けてくれた若い隊員がお茶を受け取りながら礼を言ってくれた。

何気なく見えた室内ではイカつい人達が顔を突き合わせて何かを相談している。奥には資料が何枚も貼られていた。その中の一枚が目に止まる。


『あれって………』


「ノゼ・ルリの行方はまだわからないのか」

「今部下に追わせてる。貴族のボンボンの行くトコなんてしれてるだろ」

「だがあの組織と関わってるかもしれないんだろ」


『ノゼ・ルリ……?………ルリ様?』


3日前に見た後ろ姿を思い出す。同じ髪色をした人物の写真が、たくさんの資料の中心に貼られていた。


「どうかしたかい?」


お茶を受け取ってくれた隊員が心配そうに声をかけてきた。その声で我に返ったソラは「いえ、なんでもありません」と答え部屋をあとにした。

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