第12話 冒険者

「おぉ、すげぇぜ。」

目の前に倒れ伏したオークに止めを刺し、歓喜の声をあげる冒険者の男……マーク。

ようやくCランクになったばかりの彼は、自分の勘が正しかったことに満足げに頷く。

「オイ、マーク、こっちも手伝えっ!」

もう一頭のオークの攻撃を、その大楯で支えているパーティメンバーの叫びに、マークは笑顔を隠そうともせずに、ニヤニヤしたまま、横からオークに切りかかる。


程なくしてオークの息の根が止まり、ようやく一息を突く、マークのパーティ一同。

皆、笑顔が隠しきれず、嬉しそうな表情をしている。


「やったね、マーク。この2頭で小金貨5枚は固いよ。」

同じパーティの魔術師、メルが抱き着いてくる。

彼女らしからぬ行動に、マークは顔を赤くしながらも、平静を装って答える。

「おぅ、俺もここまで美味しいとは思わなかったぜ。」

「半信半疑だったけど、マークの勘を信じてよかったな。」

オークの処理を終えた大楯使いのジョンが、やはり笑いながら近づいてくる。

「すべては女神様のお導きですね。それより、メル、早く収納しちゃってくださいな。」

そのすぐ後ろから巫女服姿のベルが顔を出す。

「あ、そうね。」

ベルに言われて、メルは抱えていたバックをオークに向けて呪文を唱える。

すると、目の前に倒れていたオークの死骸が一瞬にして消え去った。


「すげぇなぁ……メル、大丈夫か?」

「あ、うん……大丈夫だけど、これ以上は無理。早く帰ろ?」

「オーク2頭が限界か……とはいえ、がなかったら、オークの一部しか持って帰れないからなぁ。」

ジョンの言葉にマークも頷く。

メルが使っているのは『マジックポーチ』と呼ばれる、収納魔法を応用した魔道具だ。

収納量は作成者の技術によって変わるが、最低でも小部屋1室分から、大きいものは貴族家の屋敷が丸ごと入るものもあるという。

但し、いくら容量が大きくても、使用者の魔力が足りなければ、碌に物が入れれないという何とも厄介なシロモノでもある。


そしてメルが持っているものは、小部屋1室半程度の小さ目なバックではあるが、オーク程度の大きさであれば5匹分は余裕で入るものである。

ただ、魔道具に特殊な処理がしてあり、使用者の負担が少なくなっている特別仕様品とはいえ、メルの魔力では2匹を維持するのがやっとという所らしいが、それでも無いよりは遥かにマシである。


普段であれば、討伐証明兼素材のオークの牙と、持てるだけの皮と肉を持ち帰るだけ。

4人で手分けしても、1頭から取れる素材の1/3が限界であり、相場が良かったとしても、銀貨5枚の稼ぎがいいところだろう。


しかし今回はオークを丸ごと2頭。

しかも、他では見ない新種っぽい。

メルは小金貨5枚は固いといっていたが、場合によっては金貨1枚は行くかもしれない。

そう考えると、口元が緩むのは仕方がないだろう。

みると、他の奴らの頬も緩んでいる。


「よし、メルが倒れる前には帰るぞ。」

本来であれば夜営をする予定だったが、持てる一杯の獲物を得た今、わざわざ無駄な時間を費やす必要はない。


「しかし、そのバック、領主様からの無償貸与だろ?太っ腹だよなぁ。」

「それだけ、魔物の素材を欲しているんだろ?他に大した特産もなさそうな田舎だしなぁ。」

「でも、これだけのモノを数揃えれるんだよ?これを売り出すだけでも、一財産だと思うんだけどなぁ。」

「だよなぁ。無償貸与って言っても、壊したり無くしたりして返却できなかった場合、金貨20枚取られるんだろ?普通怖くて借りれないんだけど、マークはよく思い切ったよなぁ。」

「いや、ちゃんと返却すれば問題ないだろ?あの金額は「壊した」とか言って持ち逃げするのを防ぐためだて言うのはちゃんと説明受けたしな。無くしちまったらどうしようもないけど、壊れたのなら、ちゃんと説明すれば修理代だけで済むと思ったからな。」

マークは、マジックポーチを借りるときに説明してくれた黒髪の少女の事を思いうかべながら、そう答える。


「いやぁ、だけど、拠点を移して正解だったよなぁ。」

ご機嫌な様子でジョンが言う。

「そうね、この辺り一帯、ほぼ手付かずみたいだから、採集依頼だけでも結構稼げそうだし。」

「でも、こんな美味しい場所があるのに、何で誰もこないのかしら?」 

「それは、今までギルドがなかったからだろ?最寄りの買取所迄10日もかかるぐらいなら、別の場所に行くだろうさ。」

「という事は、これから先、人が増えるってことね。」

「そういう事だ。しかも魔道具の無償貸与があるとなれば、稼げるのは今の内だけだと考えておいた方がいいかもな。」

「でも、これだけ広いんだから、人が増えても他所より稼げるのは間違いないよね?……ホーム買っちゃう?」

ベルの提案に、ジョンとマークは真面目に検討してみる。


新たなギルドの支店が出来る、とマークが耳にしたのは、一月ほど前の事だった。

場所は王都に近いというが、聞いたこともない小さな領地だという。

しかし、小さな領地故に、周りは未開拓であるという。

Cランクになったものの、王都近辺では依頼が乏しい。

無いわけではないが、Cランクでは手を出すのが躊躇われる高ランクの依頼か、冒険者になったばかりの駆け出し向けの低ランク、低報酬の依頼に偏っているのだ。

依頼の質からもわかるように、王都ではB〜Dランクの、所謂中堅と呼ばれるランクの冒険者は少ない。

王都で経験を積んだ後、地方へと流れていくのが普通であり、そして地方で名を挙げ高ランクになった者たちが凱旋する、と言うのが普通だからだ。


当然マークも、Dランクに上がってしばらく経った頃に、街を出ていく機会に恵まれた。

当時、BランクとCランクで構成された、低ランクを支援するパーティとともに大きな依頼を受けたのだ。

そのパーティは、自分たちの伝手とコネを使って、低ランクパーティたちが活躍するチャンスを作ってくれているという噂のある頼もしいパーティだった。

実際、彼らと共に地方の依頼を受けた後、先方に気に入ってもらい、そのまま地方に居着いて活躍しているという話をよく聞く。

そんなパーティから声がかかったのだ、マークとしてはこんなチャンスを逃す気はなかった。

今のパーティメンバーのジョン、ベル、メルとはその時に出会って以来の仲間だ。


まぁ、その時の依頼で色々あったため、地方への依頼には少しトラウマが残ってしまった。

だから、王都で4人で地道に依頼をこなして来たのだが、流石に厳しくなっていた。

かと言って、何の伝手もなく今から地方へと行くには、それなりの覚悟が必要となる。

というのも、地方というのは、地元同士の結束力が強く、余所者に対して敵視する冒険者も少なくない。

余所者に自分たちの受ける筈だった依頼を持っていかれるのは面白くないってことだ。

だから、それなりに伝手やコネがあり、すんなりとその土地の者に受け入れられる地盤がなければ、暮らしていくだけでも一苦労なのだ。


だからと言って、このまま王都で、というのも先行き不安が残る。

そんな時に耳にした噂の依頼。


『南の辺境の街に新たにギルド支部が出来る。その為に向こうで依頼を受けてくれる冒険者を求む』


マークは、他の冒険者同様、半信半疑ではあったが、それでもマークの中の何かが引っ掛かり、ダメもとで行ってみよう、と仲間を説得し、ここまで移動してきたのだ。


新たな街は、驚きの連続だった。

まず、依頼の量が多い。

初日から、ギルド設立とともについて来た、マーク達を含む冒険者十数人ではこなしきれないだけの依頼が山となっていたて、ある程度人が集まるのを待っている依頼もあるという。

つまり、取り合いする必要もなく、しばらくは依頼が無くなるという心配もない。

そして、依頼の中心である討伐依頼と採集依頼に関しては、今まで手付かずだったこともあり、依頼が無くなることも当面はなさそうである。


また、依頼受注時に、必要であれば折り畳みのカーとやらマジックバックやらなどの冒険に役立つ魔道具を無償貸与してくれる。

何でも「たくさん素材を持ち帰ってもらいたいし、使い勝手の感想も聞きたいから」との事だった。

もっとも、この無償貸与は今だけの期間限定との事で、その後も使いたければ、有料貸与になるという。勿論購入も可能だ。


このような好待遇は他ではありえない。

ありえないが、事実だ。そして、この事実は、この先安定した稼ぎが見込めるという事で、こんなチャンスを見逃す様なバカな事をする気はない。

つまり、当面はここで依頼を受けるという事だ。


だとするなら、この街で拠点となるホームを買うというのも検討するべき案件である。


「……とりあえず、今日の稼ぎで考えようか?」

最終的に、ジョンがそう判断する。

その判断にマークを含めた3人が頷く。


そんな話をしている間に、街が目の前に見えてきた……。












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