第10話 詰みかけ領地
「……こちらが差し返した方がいい案件で、こちらは間違っています。……意図的かどうか調べた方がいいでしょう。」
与えられた書類の山をリチャード様に返す。
あの契約からはや2週間がたつ。
私はこの2週間で執事のセバス様から、この領地のことについて学び、リチャード様の書類整理のお手伝いをし、今ではリチャード様に変わって採決の判断が出来るぐらいまでになっていた。
おかげで、机の上の山は少なく……なってないのよね。なぜ?
それでも、以前に比べれば減っているようで、セバス様は「坊ちゃまの、夜のお時間に余裕が出来ました。」と私に対して頭を下げてくる。
ってか、奴隷に頭を下げるなんて……いいの?
そう聞いてみると、あまりよくはないのらしいのだが、「能力を正しく示す者に対して敬意を払うのは当然の事」だと笑いながら答えてくれた。
んー、リチャード様だけでなく、執事さんまでイケオジとは……やるな異世界。
因みに、リチャード様の夜に余裕があるのは知ってる。
先日までは、週に1~2日、多くても4日程度だった夜伽が、最近は毎晩のように、女の子とイチャイチャしている。
何で知っているかって?
その現場に居合わせてるからですよ。
私は毎晩リチャード様の私室に通っている。
エッチなことするためじゃないよ?
主な目的は、この領地について、昼間覚えきれなかったことをリチャード様に教えてもらったり、私の知っている知識をこの領地で役立てることが出来るかを話し合ったりしているのだ。
私がリチャード様の部屋に伺って2刻ほど経つと、リチャード様は机の上に、朝までに終わらせたい書類を積み上げる。
そして私はその書類の山を処理していくのだけど、その間リチャード様は何をしているか?
女の子を呼び出して夜伽をさせているのよ。
最初はね、私も、相手の女の子も戸惑ったわよ。でもご主人様の命令だからね。
リチャード様も、私に見られてると思うと興奮するらしく、後で女の子から「いつもより激しかったわ」と聞かされた。
っていうか、そんなこと聞かされて、どないせいっていうねんっ!
あんあんっていう声を聞かされながら書類を処理しなきゃいけない私の身にもなってよっ!
……っていうか、これ、きっとリチャード様の陰謀だね。
時々、女の子の準備を手伝わされるし……。
まぁ、確かにね、女の子の相手は、リチャード様への夜伽じゃないし、最後まで致すわけじゃないけど……。
でも私だって年頃の女の子なんですよっ!
そう言う非難めいた視線を向けたら「望むならいつでもいいぞ」とニヤニヤしながら答えたのよ。
くっ、絶対望んでやるもんかっ!
因みに2夜連続で呼ばれたものの、さっさと返されてしまった私を、メイド長のサリー様がいたくご心配なさり、ご奉仕の教育をせねば、と、それはもう念入りに教育されました。文字通り体に覚え込まされたので、いつでもリチャード様を満足させられるとは思うけどね……。
っと、話がそれちゃった。
今はリチャード様の夜の生活より、この領地の事よね。
この国、アラバキア王国はウッディン大陸の中央から北方のあたりに位置する中規模の国だ。北は険しい山脈に遮られ、東は海に面し、西は雑多な小規模の種族が共生している草原が広がっているため、隣接しているのは南のオルグラード王国だけという、比較的平和な国だ。
その中で王国の西側の大平原に隣接するそれなりに大きな領地がリチャード様の父上が領主であるアイゼンバッハ伯爵領。王国の中では一番領地が広いらしい。
そして、王都アルンから南下すること馬車で10日、アイゼンバッハ伯爵領に隣接するこの地が、新たにリチャード様に与えられた領地だという。
「領地の名前はないの?」
そう聞いてみたことがある。
「もともと直轄領だったからな、特に名前はないぞ」
帰ってきたのはそんな答え。だけど後でセバス様が「正式ではございませんが、皆『リチャード領』と呼んでおります」と教えてくれた。
うん、本人の前では言いづらいよね。
この屋敷のあるサーラの街が、領地内の唯一の街。後は小さな農村がいくつか転々としているだけという小さな領地だ。
サーラの街も、オルグラード王国からの侵攻に備えるため、という名目で作られたものだから、南側の国境付近に立派な城壁がある以外、特に目立つものがあるわけじゃない。
オルグラード王国は敵国というわけではなく、むしろ唯一の貿易相手と言ってもいいのだが、やはり国境が接している分、いつ敵国になるかわからない。
敵国であり貿易国……そんな微妙なバランスの上に国交が成り立っている。
そう考えれば、この領地はもっと重要視されてもいいんじゃないかと思うんだけど……ね?
「何か面白い案は浮かんだか?」
じっと考え込んでいたら、リチャード様からそう訊ねられた。
「えぇ、それでなんですが、リチャード様にお願いがあるのですが?」
「なんだ?」
「明日デートしません?」
私は、あの上目遣いにリチャード様を見上げ、天使のほほえみを浮かべるのだった。
◇
翌日、私たちは街中へと繰り出す。
勿論お忍びでだ。
「ねぇ、リックぅ、あれ買ってぇ。」
私はリチャード様の腕を取りながらそうおねだりする。
リックというのはリチャード様の愛称だ。
街中で『リチャード様』なんて大声で叫んだら注目されてお忍びの意味がない、とのことでこう呼んでいる。
「リックぅ~、これ美味しそうですぅ~。」
リチャード様と腕を組み、目に付く屋台で買い物をする。
はたから見れば、「可愛い彼女に振り回されている、ちょっといい処のお坊ちゃん」にしか見えないだろう。
そうして、街中を回り、たくさん買い食いした上に、山ほどのお土産を買い込んで屋敷に戻った私は、リチャードとともにお土産のデザートを食べながらお茶をしている。
「それでシズネ、今日の行動、本音はどこにある?」
そう言うリチャード様のこめかみが少しだけ引くついている。
……あ~、説明しないと分かんないか、やっぱし。
「えっとですね、結論から言えば、冒険者ギルド、誘致しましょう。」
「は?」
「……シズネ、一から説明を。」
呆気に取られて、ポカンとするリチャード様と、少しこめかみを押さえて渋い顔をするセバス様。
「えっと、リチャード様、今日街中を歩きまわってどう思われました?」
「どう……とは?」
「王都アルンの街に比べて活気がなかったとは思いませんか?」
「そうだな。しかし王都と比べるのは……。」
「王都と、この街の違いは何でしょうか?」
「比べるのが間違っている。人の数も違えば、市に並ぶ品数も段違いだ。」
「それですよ。人も、モノも、金もない、それが今のこの領地の実態です。だったらヒト、モノ、金を集めるのが第一優先だと思いませんか?」
「それをどうするかで悩んでいるのだろう?」
「だから、冒険者ギルドを誘致するんですよ。」
「……悪い。なぜそうなるのかが理解できぬ。」
こめかみを押さえながらそう言うリチャード様。
「わからないんですかぁ。夜、女の子と遊んでばかりいるからですよぉ。」
「それは今関係あるのか?」
ブスっとした表情で文句を言うリチャード様。揶揄うのもこの辺にして置かないとね。
私は表情を引き締めて言葉を紡ぐ。
「いいですか、まずこの領地にはお金が少ないです。」
「誰かさんに金貨100枚も投じたからな。」
……うるさいですよ。
「……即リターンの見込みのない投資をする余裕は、この領地にはありません、ここまでいいですか?」
私はリチャード様のツッコミを無視して話を続ける。
「そこで、冒険者ギルドを誘致することで、まずは冒険者たちを呼び込みます。」
この世界の冒険者というのは、簡単に言えば何でも屋だ。物語に出てくるような魔獣を倒したりドラゴンと戦ったりなどという「冒険」はごく一部でしかなく、大抵は、人手の必要な土木作業に駆り出されたり、ちょっとした「お願い」を対価を得て請け負ったりするのだ。
だから、例えば東の更地を開拓する依頼を領主名義で出せば、依頼を受けた冒険者たちが開拓してくれる。後はそこに農民を派遣して作物を育てさせればいい。
灌漑工事で人手が必要な時だってそうだ、冒険者がいれば、わざわざ農作業で忙しい農民たちを、作業をやめさせてまで徴集する必要はない。
「ちょうど、この領地内には、手ごろな魔獣が生息する森がいくつかありますからね、冒険者たちにとってもいい狩場と思ってもらえるでしょう。」
何でも屋とは言っても、冒険者たちにとって一番の本業は魔物狩りだ。魔物を倒せば、自分たちの経験にもなるし、素材は高く売れる。場合によっては一攫千金も夢じゃない。
かといって自分たちの手に負えない魔物相手は困る。
出来るだけ安全マージンが取れて、且つおいしい獲物がいる場所には自然と冒険者たちが集まるものだ。
そして、この領地には、そのような場所がいくつか存在するらしいのだが、冒険者たちが寄り付かない。
なぜか?
それは近くにギルドがないからだ。
ギルドがなければ、素材の買取もしてもらえない。
いくらおいしい獲物とはいえ、往復に何日もかかるようなら、多少効率が落ちても近場で数を狙う方が結果として設けることが出来る。
「……ってことで、冒険者ギルドを誘致すれば、そういう冒険者さんたちが集まってくるはずです。それに、一応私も冒険者登録してますからね、合間に魔物退治とかに行けば、少しは財政に寄与できると思うのですよ。」
「うむ……シズネが狩りに出るというのはともかく、確かに一考するべき事案だな。」
リチャード様とセバス様が、たがいに頷きあっている。
「あとはですねぇ、冒険者ギルドが出来て、冒険者が増えれば、街中でお金を落としてくれるでしょ?そうすると、その冒険者と素材目当てに商人さん達も来ると思うの。そうやって経済が回りだせば、商業ギルドも黙っていないと思うし、そうなったら、人だけじゃなく、お金やモノも回りだして、結果として税収が増えるわ。」
勿論、私自身、そう簡単に行くとは思っていない。
将来的にそうなるにしても、ある程度認知されるまでには……つまり人が集まるまでにはそれなりに時間はかかると思う。
だけど、冒険者ギルドさえできれば、私が狩りに行って素材を集めることが出来る。
登録しに行ったときに見ただけだけど、簡単な依頼でも銀貨数枚というのは結構あったと思う。さすがに毎日狩りに行くのは無理だとしても少しでも身請け金の足しにしたいからね。
それに、私の加護「時空魔法」は、領地経営には向かなくても冒険者には向いているというのが、分かってきた。
役立たずと言われているけど、それは単に魔力不足のせい。
そして、私はセレスに言わせると、異常に魔力回復が早いらしい。魔力量に関しては熟練度が上がれば増えていくというから、加護を育てるためにも冒険は必須なのだ。
そして、私の成長はきっとリチャード様の役に立つ。
だからお願い……。
ウルウルとした瞳でリチャード様を見上げる。
冒険者ギルドを誘致しよう、とリチャード様が口にしたのは、それから1分後の事だった。
……よし、勝った!
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