第9話 契約
「金貨100枚以上の価値のある奴隷ですよ。」
私がそう言って微笑むと、一瞬たじろいだリチャード様だったが、すぐに立ち直り「フッ、面白い」と不敵な笑みを浮かべる。
……ここが勝負どころ。うまくやらないと。
「リチャード様、私と契約しませんか?」
「契約だと?」
「はい、今の様子だと、私にはリチャード様のお仕事を手伝えるだけの……リチャード様に利を与えることの出来るだけの能力があります。リチャード様のお仕事を手伝う代わりに、夜伽など私が嫌と思う命令に対する拒否権をください。」
私がそう言うと、リチャード様は面白そうに、ニヤリと笑う。
「バカなことを。お前は奴隷だ。奴隷に拒否権などない。大体俺の仕事を手伝うだと?そんなことができるもんか。よしんばできるとしても、お前は奴隷だ。命じるだけで事が足りるとは思わないか?」
ニヤニヤ笑うリチャード様。だけどその瞳には探るような光が宿っていた。
……どうやら興味は引けたようね。それに噂のような好色なダメ領主って訳でも無いみたいだし。
この1週間、ただ黙ってメイドをしていた訳では無い。私なりにリチャード様についての情報を集めていたのだ。
と言ってもたがが1週間では、あまり情報が集まる訳が無い。
私が知り得たのは、リチャード様は隣接した領地の御子息だということと、2年前に領主に就任したばかりだと言うことだけ。
あとは、仕事を放りだして女遊びをしている、だとか、領地の金で奴隷女を買い漁っているだとか、ろくでもない噂だけは多く入ってきた。
だけど、今の少ないやり取りで、リチャード様は何か考えがあって、わざと醜聞が立つような行動しているのではないか?という疑問がよぎる。
だとすれば、よほどうまく立ち回らないと、逆に言いくるめられて利用されるだけになりかねない。
ただでさえ領主と奴隷という立場に差があって不利なのだ。
私は改めて気を引き締め口を開く。
「命令ですか?肉体労働ならそれでもいいかもしれませんが、今話題にしているのは頭脳労働の分野ですよね?いくら命令されても、出来ない、わからないと言って適当にお茶を濁すとは思いませんか?」
「それこそお前に問おう。その契約とやらを結んだとして、そのあと、お前が言ったように役立たずにならないという保証はあるのか?」
私の言葉にすぐ切り返してくるリチャード様。
やはり頭の回転が速い。
……だけど、私の貞操を守る為にも、ここは負けてられないのよ。
「だからこその契約ですわ。リチャード様のお呼びがかかっても夜伽はしない、他に人を殺せとか、他人に抱かれろだとか、私が忌避する命令をしない。それを約束していただけるなら、私は自分の持つ知識、知恵、力のすべてを使って、リチャード様に利をもたらすべく、行動しましょう。そして金貨100枚以上の利益をもたらしたその時は……私を解放してください。」
私の言葉に、リチャード様は真面目に考え込む。
「フン、面白い提案だ。しかし、お前にそれだけの能力があるとでも?」
探るような目つきでそう言うリチャード様。
「それはテストでも何でもしてリチャード様自身でお確かめに……キャぁっ!」
「奴隷のくせに生意気だ、と俺が言わないとでも思ったか?」
リチャード様は、私の身に付けていた夜着を力任せに引き裂き、素肌を探した私をベッドへと押し倒す。
……ダメだったかぁ。
まぁ、仕方がないよね。
私は諦めて、体中の力を抜く。
ただ犯されるだけで死ぬわけじゃない。
どうせ、いつかは経験することで、そのいつかが今夜だというだけ。
ただ……
「初めては、好きな人が良かったなぁ…。」
そんな言葉が、知らずのうちに口をついてでた。
「俺に抱かれるのが泣くほど嫌か?」
すぐ目の前にリチャード様の困った顔が見える。
泣く?誰が?
あっ、いつの間にか涙が……。
「あっ、いえ、これは……。」
私は慌てて目を拭う
「ごめんなさい……えっと、ご奉仕から……。」
「よい。……悪かった。」
リチャード様は、私の身体にシーツをかけてくれ、ベッドから降り、執務机の前へと移動する。
「あの……。なさらないのですか?」
「泣くほど嫌なのだろう?それよりテストだ。」
リチャード様はシーツを体に巻き付けて、ベッドで上体を起こした状態の私に、2枚の書類を渡してくる。
「これは?」
「テストだといっただろ?この内容の解決策を示してみろ?」
そう言って渡された書類に目を通して、私は答える。
「無理です。」
「そうか……。」
リチャードは、当然というような声を出すが、その瞳の奥には諦観と失望の光が宿っていた。
「あ、いえ、そうではなく……。」
何か誤解されていると思った私は、慌てて言葉を継ぐ。
「まずこちらの件ですが、「領地内の特産品」と言われても、私はここにきてまだ1週間ですよ?しかもこの屋敷から外へ出たこともないです。つまりこの領地の事を何も知らないんですよ?何を主生産としていて、領民がどれだけいて、生産高がどれくらいで等々……なにも一切合切情報がない状態で特産品をって言われても、素材も何もポーションすらない状態で金を作れと言っているようなものです。」
私に言われて、初めて、リチャード様はそのことに気づいたようだ。
「そうか……そうだな。」
リチャード様は明らかに落胆の表情を見せ、私の手から書類を取り上げる。
「あ、待ってください。こっちの方、「昨年度より生産高を上げる」って方ですが、生産高が上がるとまでは言いませんが、これ以上の不作を防ぐ方法はありますよ……一時的ではありますが。」
私がそういうと、リチャード様の手が止まる。
「本当か?」
「えぇ、今からではどれだけの効果があるかまでは断定できませんが、何もしなければ、不作なのは確実ですからやるだけの価値はあると思いますよ?」
「……不作は確実……か。」
「えぇ、生産の中心は小麦ですよね。そしてこの資料によると、3年前より一昨年、一昨年より昨年と、明らかに生産高が落ちています。それらの原因はすべて小麦の生産量減ですよね?」
「ん?昨年は明らかに、というほど落ちてないと思うが?」
「それは一昨年に新たに開拓した分があるからですね。それ以前からある農地だけで見れば明らかに落ちています。」
多分、リチャード様が就任した時に半ば無理やり開拓させたのだと思う。
きっと反発も大きかった思うけど、開拓しておかなかったら、今頃この領地はもっと酷いことになっていたことが、この書類一枚見ただけでもわかる。
……他もこんなんだったら、この領地詰んでるんじゃない?
私は机の上に山積みになっている書類を見てそっと溜息をつく。
「それで不作を防ぐためにはどうすればいい?」
「そうですね、森の中で「腐葉土」を集めてきて、畑の土に混ぜます。
本当は種付けの前にやっておくべきなんですが、今からでも、やらないよりはましだと思います。後、肥料を……。」
私は記憶を探って、思いつく限りの肥料の作り方を話す。
リチャードが途中で慌ててメモを取る姿が、少しだけおかしく、クスッと笑ってしまった。
「……というわけで土壌改良すれば、昨年並みとはいかなくても、不作は抑えられると思いますよ?それで、来年度は土づくりから始めれば、来年度は昨年並みまでは回復すると思います。」
私の言葉に、リチャード様は唖然としていた。
「まぁ、それでも対処療法ですからね。根本解決には至らないです。そもそも連作障害が原因ですから……。」
「ん?連作障害とは何だ?」
「それはですねぇ……。」
いつの間にか、私とリチャード様は夢中になって話し込んでいた。
ふと我に返ったのは、窓から朝日が差し込んできた頃で、それに気づいた私たちは、お互いに顔を見合わせ笑いあうのだった。
◇
「シズネ……今夜も?」
プリムが私の身体を磨きながらそう呟く。
何でも、同じ娘が連夜呼ばれることは、今までなかったのだそうだ。
「大丈夫?」
「うん、大丈夫。うまくやっていけそう。」
「ならよかった。」
プリムは私のことを本当に心配してくれている……ほんといい娘だよね。
身を清めた後、リチャード様の部屋へ赴く。
「来たか、入れ。」
扉をノックすると、中からそんな声が聞こえてきた。
中に入るとテーブル越しのソファーに座るように促される。
いわれたとおりに座ると、すっと目の前に1枚の書類が置かれる。
「そなたと昨晩話し合った内容を契約書に記した。読んで問題がなければサインしろ。」
私はそう言われて、書類を手に取る。
内容を簡単にまとめると以下の通りになる。
『シズネは、夜伽などの意に染まぬ命令に対して拒絶する権利を認める。ただし、シズネが同意した場合はその限りではない。』
『シズネは、上記権利を得る代わりに、全身全霊、誠意を込めてリチャードに尽くし、リチャードの為に働く。』
『シズネの働きにより、金貨200枚の利が得た時は、リチャードとの隷属契約を解除する。』
・
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『シズネは、リチャードに請われた時、その情報を隠さず提示する。』
「あの……この最後の項目は何ですか?」
「あぁ、自衛の為とか言って重要な情報を隠されたらたまらんからな。」
「そんなこと……しませんよ……たぶん。」
ないとは言い切れないので思わず顔をそむけてしまう。
「それに、そなたに興味が出てきた。色々と知りたいが、話してもらえぬのは少々寂しいからな。」
そう言ってほほ笑むリチャード様。
……くぅ、イケメンめぇ。
イケメンの笑顔は破壊力が大きい。
元々リチャード様のことが嫌いなわけではない。ただ、無理やり身体を重ねたくないというだけで、ゆっくり時間をかけて愛を囁かれれば堕ちてしまうという、おかしな自信があった。
……いかん、いかん、自制しないと。
「でも、金貨200枚ですかぁ……。」
……私が提示したのは100枚なのにぃ。
「金貨100枚は購入代金だろ?投資した分が返ってくるだけで私の利になってないじゃないか。本来であれば食費等の必要経費も上乗せするところだぞ?」
そう言われては返す言葉もない。
私は書類の最後にある空欄にサインをした。
「これで契約成立だな。じゃぁ服を脱げ。」
「な、な、な、なんでですかぁっ!」
夜伽はしなくてもいいんでしょ?
そう目で訴えるとリチャード様は、いたずらが成功した時の子供のような目で私を見て笑う。
「この紙切れ一つでは効力がほとんどない。私が握りつぶせばいつでも反故にできるものだ。……そなたはそれでいいのか?」
「……それは困ります……けど……。」
「だから、そなたの奴隷紋にこの契約を記す。そのために脱げと言ってる。」
奴隷紋は私の喉の下、胸の谷間の少し上あたりに記されているから、服を脱がなきゃいけないというのはわかる。
「だったら、そういってくださいよぉ……。」
私は涙目になりながら上着を脱いだ。
「ふん、やはり小さいな。」
リチャード様がニヤッとしながらそんなことをつぶやく。
ほっといてよっ!
「まぁ、これぐらいは役得という事でいいだろ?」
リチャード様は、私の胸に手を当て、軽く揉みしだきながら呪文を唱える。
……ってか、絶対胸をもむ必要ってないよね?
暫くすると目の前の契約書が光の粒子に変わり、私に刻まれた奴隷紋の中へ、すっと吸い込まれるように入っていく。
『
リチャード様の口から力ある言葉が紡ぎだされると、奴隷紋が光り、そして収束していった。
「これで契約は成った。明日から働いてもらうからな。」
リチャード様はそういうと扉の方へ視線を向ける。
出て行けという合図だ。
私は一礼してから部屋を出る。
途中で胸の大きなメイドさんとすれ違う……多分リチャード様の部屋へ行くのだろう。
……なんかもやもやする。
自分で夜伽を断っておきながら、別の女の子が相手すると知ると、面白くないと思うなんて、我ながらなんて勝手なんだと思う……けどしょうがないじゃない。
私はもやもやした気分を抱えながら部屋へと戻るのだった。
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