第8話 奴隷生活の始まり
10日の旅を経て、リチャード邸に着いた。
これからは地獄のような日々が始まるのだろうと、ぐっと覚悟を決める。
馬車の旅の間に、アリサちゃんやヒルデ、プリムちゃんから、奴隷の生活というものをいやッというほど聞かされた。
曰く、奴隷に人権はない。
他の使用人には休日は会っても奴隷に休日とか休み時間はない。
与えられた仕事と仕事の間のわずかな時間が休憩時間なのだとか。
曰く、奴隷に食事がないのは当たり前。食べさせてもらえるだけ感謝しなさい。
食事時間というものはなく、当然食事も用意されない。
与えられたごみくずのような食材で、飢えをしのぐしかない。
もっとも、これはプリムちゃんの一番ひどかったご主人様宅の事であり、普通は、質や量は悪くても、一応食事は出来る。
高い?お金を出して買った奴隷にさっさと死なれては困るからだ。
曰く、ご主人様の言うコトは絶対服従。
どの様な理不尽な命令であっても、黙って従わなければならない。
女性の場合、当然夜伽を命じられれば、いくら嫌でも誠心誠意心を込めて奉仕しなければならない。
……私としては、これが一番嫌だ。
だけど、イヤだと言っても、拒否はできない……そのうち慣れるだろうけど……。
他にも、口にできない汚れ仕事などやらされるかもしれない。
そう考えると、私の心の中で不安が、ズンッと重くのしかかっているのだった。
リチャード邸に着くと、メイド長のサリー様という女性に引き渡され、馬車は帰ってく。
サリー様は私達にメイド服を渡し、着替えてくるようにと命じる。
私達は案内された部屋で手早くメイド服に着替える。
露出が多いわけではないが、胸元を強調するようなデザインで、私が着ても、なんか少しお胸が大きく見えるのがお気に入りになった。
けど……ヒルダやプリムちゃんが着ると……ハッキリ言ってエロいです。
着替えてサリー様のもとに赴くと、まずは屋敷の中の案内をされる。
「まず、ここがあなた方の部屋です。」
屋敷の奥の方に案内されると、メイド長さんはそう言ってドアを開ける。
8畳ぐらいの部屋の中に2段ベットとテーブルがあるだけの殺風景な部屋だ。
それが二部屋……二人づつで使っていいらしい。
手荷物はここに置くように、と言われ、ヒルダとアリサ、プリムと私、と振り分けられ、与えられた部屋に取りあえず服とバックを置く。荷物……というほどのものはないけど、整理するのは仕事が終ってからだ。
手早く荷物を置き、サリー様の後に従う。
メイドさんたち使用人たちの生活エリアを一通り案内される。
「お風呂っ!」
思わず叫んでしまった。
「えぇ、リチャード様の前に出るのですから、常に身綺麗にしておくことです。」
メイド長さんの話では、必ず起床時と就寝前には入ること。また、リチャード様からお呼びがかかった時は、訪ねる前に必ず湯浴みをしてから伺う事。
その際、備え付けの石鹸などは遠慮なく使用していいとのことだった。
「なんか思っていたのと違う……けど、こんなものかもしれない。」
ボソッと呟くと、ヒルダが小声で話しかけてくる。
「油断しちゃダメよ。こんな好待遇なんて普通はあり得ないんだから。もしご主人様の不興を買ってしまったら……。」
ブルブルと震えだすヒルダ。
そんなヒルダの手をそっと握り、サリー様の後に続く。
その後は、屋敷のホール、客間、食堂など次々と案内される。
とりあえず私達の仕事は屋敷内の清掃かららしい。
オイオイ、給仕など別の仕事も与えられるだろうが、まずは誰にでも出来ることから。そして……。
「あなた方は、暫くの間はリチャード様のお相手をすることになるでしょう。まずはそちらを一生懸命ご奉仕しなさい。」
そう言って1冊の本を手渡される。
パラパラっと、中を見てみると……。
うん、赤裸々なハウツー本でした。
夜伽の基本的な知識から、ご奉仕の仕方、そして、センパイメイドさんによって加筆されているリチャード様他、主要な殿方の趣味趣向などなど……。
これによると、リチャード様はやっぱりおっぱい星人らしい。挟むと喜んでくれるのだとか……。私には無理な話だね。
「こらこら、それは後で部屋で読みなさい。」
メイド長さんが苦笑しながらそう言った。
……あれ?この人……実は優しい?
サリー様がふと見せた笑顔を見て、私はそう思ったのでした。
◇
奴隷生活は、思っていたより酷くはなかった。
というのも、この屋敷で働いている殆どが奴隷という身分であり、虐げられたりすることには無縁だったからだ。
食事も、決して美味しいとは言えないものの、ちゃんと3食出るし、お風呂も使える。
お給料が出ないという事を除けば、住み込みのハウスメイドと何ら変わりがない。
1週間もすれば、仕事にもある程度慣れ、心の余裕も出てきた。
だから油断していたのだ。
どれだけ快適に思えても、身分差を感じなくても、今の自分は奴隷という最下層にいることを忘れかけていた……。
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「今夜10の刻限にリチャード様のお部屋へ行くように。」
夕方のお清めが終わった時、メイド長であるサリー様からそう告げられた
……そうだった……私は……。
「……はい。」
そう答えるしかなかった。
わかっていた。この1週間の間、同室のプリムが部屋に帰ってこない日が何日かあった。
アリサちゃんが、お姉ちゃんが戻ってこない、と言って、泣きながらベッドに潜り込んで来た夜だって……。
軽く食事を済ませた私は、身を清めるためにお風呂へと向かう。
石鹸をタップリ泡立て、身体を洗っていると、プリムが入ってきた。
「あれ?プリムちゃん?」
「ん、今日シズネが呼ばれたって聞いたから。」
プリムはそう言って私の横に腰掛けると、泡立てたスポンジを使って、ごしごしと身体をこすってくれる。
「初めてなら……綺麗にしておかなきゃ。」
足の裏、脇、デリケートゾーンなど、本当に隅から隅まで念入りに洗ってくれるプリムちゃん。
最後に背中からギュッと私を抱きしめて、耳元で囁く。
「大丈夫。リチャード様は優しいから……怖くないよ……。」
不覚にも涙がこぼれる。
その涙を隠すように、プリムちゃんが頭からお湯をかけてくれた。
◇
トントントントン。
ドアを4回ノックする。
トントンとノックは2回にしがちだけど、これはトイレノックといって失礼に当たると何かの本で読んだことがある。
3回は親しい間柄に許されているプライベートノックなので、4回が正しいマナーだとか……まぁ、異世界で地球のマナーがどうこうってないんだけどね。
「入れ」
ドアの奥から声が聞こえる。
「失礼します……。」
ドアを開けて中へ入ると、リチャード様は机の前の書類と睨めっこしていた。
どうしていいか分からずその場で立ちすくんでいると、リチャード様がようやく顔を上げ、怪訝そうな顔で私を見る。
が、それも一瞬の事。
「あぁ、そう言えば、呼んでいたな。」
……何?自分で呼び出しておいて忘れてたって事?
「ふっ、そんな顔するな。」
……どうやら不機嫌さがそのまま表情に出ていたらしい。
……とりあえず、不快な用事はさっさと済ませてしまおう。
「あの……どうすればよろしいのでしょうか?……私、その……こう言うコトは初めてで……。」
だけど、私はどうすればいいか分からないから、素直に聞くことにした。
するとリチャード様は不快な顔になる。
怒らせた?
「なんだ、ヤりたいのか?」
不機嫌さを隠そうともせずに、言い捨てるように言うリチャード様。
「いえ、全然。男なんかに抱かれたいなんて思ったこともないです。出来ればこれからもやらなくて済めばいいと思ってます。」
思わず素直に応えてしまった。
あちゃぁ……これは完全に怒らせちゃったかな?
すると、リチャード様は、一瞬ぽかんと呆けた顔をして、それから大声で笑いだした。
「あっはっはっは……抱かれたくないか。こんなにきっぱり断られたのは初めてだ。お前はやっぱり面白いな。」
クックックと笑うリチャード様。その身体が机にあたり、1枚の書類が私の足元へと落ちてきた。
「そんなにおかしいですか……。っと、落ちましたよ。」
私はその書類を拾い上げる……ふと目に入ってくる数字。
「収穫量の報告ですか?……昨年より大幅減ですか、大変ですね。」
書類をリチャード様に渡しながら、思わず呟いてしまう。
領地経営は大変なんだろうなぁ、と軽い気持ちでつぶやいただけなんだけど……。
「分かるのかっ!?」
リチャード様が驚いた顔で叫ぶ。
「いえ、分かるって言うか、そこに書いてあるじゃないですか。この数字、昨年の量と、今年の予測量ですよね?」
「いや、普通は文字が読めるってだけでも大したものだ。それに加えて内容まで理解できる奴なんか、相当な教育を受けていないと無理な話だ……。お前は一体何者だ?」
探るような目つきで私を見るリチャード様。
「……今の私はリチャード様の奴隷ですよ。でもそうですね……金貨100枚以上の価値のある奴隷……とでも言っておきましょうか?」
私はにっこりと微笑む。
鏡を見て、何度も練習して身に着けた極上のスマイル。
友人の間では「天使の笑顔」と恐れられていた、私の武器。
それを今、リチャード様に向けたのだった。
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