第7話 リチャード・フォン・アイゼンバッハ

「坊ちゃま、御父上から書状が来ておりますぞ。」

かしこまりながらそう告げる執事のセバス。

我が家に代々使える執事一族の当主だ。

俺の幼少期から傍に仕えているため、なんかと頭が上がらない相手だ。


「どうせ、また金遣いが荒いとか言ってるんだろ。ほっとけ。それより坊ちゃまはやめろって言ってるだろ。」

「そうですな。坊ちゃまに奥方が出来ました時には……。」

……暗にやめる気がないといいたいんだな。

「……まぁいい。それよりそろそろ時間じゃないか?」

「まだ少々ありますが、街中を見て回っていれば丁度いい時間になりましょう。」

セバスが懐から懐中時計を取り出し、時間を見ながらそう応える。

「では出かけるとしよう。」

俺は側にいた者に街に出る旨を伝えると、側仕え達はさっと動き、あっという間に外出の支度が整えられる。



「ふぅ……やっぱり貿易か?」

俺は市に並んだ品々を見ながらそう呟く。

「坊ちゃま、その為には我が領の特産品が無ければ……。」

「分かっている。」

セバスの言葉を遮るようにそう答える。

「あと5年か……、時間がなさすぎる。」


リチャードの家……アイゼンバッハ家は伯爵位ではあるが、王家に近しい由緒正しい家柄である。

現に、リチャードの曾祖母は先々代の第二王妃であったし、リチャードの母は現国王の末の妹である。

つまり、リチャードは現国王の甥であり、王位継承権第5位を持つ立派な王族である。

しかしながらリチャードには王位を継ぐ気は毛頭なく、王位継承権も一度は辞退した。

……というより、アイゼンバッハ家には、余程の有事がない限り王家を継ぐ気はない、という意思表示の為に伯爵位より陞爵しない。

とはいうものの、先祖代々仕えてくれるアイゼンバッハ家に対し、何もないというのは王家としても心苦しく、伯爵家から王妃を娶ったり、伯爵家に王女を降嫁させたりしているため、現在では「最も王家に近い貴族」だとか「王家及び貴族」などと揶揄されていたりもする。


だからといって、その伯爵家の次男が王位継承権を持つなどとはあり得ないのだが、今回に関しては些か事情が違った。

現国王には息子が二人しかいない。しかもそのうちの一人は妾腹であるため、実質直系王族としての跡取りは、王位継承権1位の、王太子である、マクシミリアンしかいないのである。

因みに、王位継承権の第2位は、マックスの妹であるチェニー王女、第3位がマックスの弟で、妾腹の王子アルファン。第4位が第一王妃のシルフィーナ様である。

こうして王位継承権を持つ王族を並べてみると、マクシミリアン王太子以外は色々と問題ありとなる。

アルファンが、王子でありながら妾腹という事で、王女の下に付けられている所からも、複雑な事情が絡み合っているのが分かるだろう。

そして、妾腹の王子が継承権を持つのであれば、王家の血が脈々と受け継がれ、家格的にも由緒正しく、現国王の甥であるアイゼンバッハ家の男が継承権を持ってもおかしくはないだろうという声が各所から上がったのだ。

しかも、その声は王家としても無視できない程に半端ないほど広がった。

かくして王家とアイゼンバッハ家で話し合いがもたれ、嫡男はアイゼンバッハ家の跡取りとして決まっているから、という事で次男であるリチャードにお鉢が回ってきた、というわけだ。


リチャードにしてみれば、王位継承権など持てば、幼いころからの大事な友人であるマックスやアルフとの確執が生まれると考え、辞退したいのだったが、世論がそれを許さず、また、伯爵家に生まれた者の義務、とまで言われては、渋々ながらも受けざるを得なかった。

そうして王位継承権第5位を得たのは、リチャードが10歳になった時であった。


そして時が流れてリチャードが15歳……成人を迎えた時に国王から告げられた言葉。

『王位継承者としての資格試験を命ずる』と言うものだった。


かってに与えておいて、資格試験とは、何言ってんだ?と当時のリチャードは思ったものだったが、要は、「王位継承者としてこれだけの力がある」と対外的に示すものであり、各貴族家でも、規模は小さいが、後継ぎに対して、それなりに行われている事なので、特別おかしなことではない、と当時は思い直した。


与えられた試験内容は『7年間の間に何か事を示せ』というあいまいなモノであった。

同い年である、マックスとアルフにも同様の課題が課され、アルフは冒険者として名を馳せると言って国を出た。

マックスはそんなアルフを羨ましそうに見送った後、「僕は、王太子としてできることをやるよ」と言っていた。

そしてリチャードが選んだのは『領地経営』であった。


王位継承権はあるものの、王位を告ぐのはマックスであるべきだと思っていたし、兄を手伝って領地を治めていくことになるのだから無駄にはならないだろう、と思ったからだ。


そして与えられたのは、、アイゼンバッハ家に隣接する、寂れた直轄地。

街とは名ばかりの小さな集落が一つと、離れた場所にある小さな農村。

ここを7年間の間に発展させるのがリチャードの課題だった。

7年後、発展していれば、そのままアイゼンバッハ家の領地としてもよし、リチャードが分家として分けてもらってもよし。ただし、発展していなければ、それまでにかかった負債分も含めアイゼンバッハが面倒を見なければならないというもの。

リチャードとしては、せめてマイナスにならない程度までは開発したいと思っていたのだった。


しかし、2年が経った今、辛うじてマイナスにならない程度で暮らしていけるだけであり、費やした投資分は丸々負債となってのしかかっている。

そして将来の展望も見えない、となれば、リチャードでなくてもさじを投げたくなっても仕方がない事だった。


「坊ちゃま、そろそろ時間ですぞ?」

「あ、もうそんな時間か。」

促されてリチャードは、仮面をつけ、怪しげな路地裏へと入っていく。


その先には、すでに顔馴染みとなった怪しい風体の男がいた。

その男に招待状代わりのカードを見せると、男は黙って奥の階段を指さす。

この先にあるのは、決して表ざたには出来ない「商品」を扱っているオークション会場だ。

その商品の中には当然「人間」もいて、リチャードの目的はその『人間』すなわち奴隷だった。


この国……アラバキア王国では、奴隷の売買は禁止されているが、奴隷の所有は禁止されていないという矛盾した制度がある。

なので、大抵の貴族は、「国外で奴隷を買ってきた」という事で奴隷を所有しているものが多かった。

とは言うものの、実際に国外で買うなど、時間も金もかかってしょうがない。

だから非合法でこのような場所があるのだ。

ここでの出来事、見た事聞いた事知ったこと、すべて口外しないと成約したうえでしか参加できなオークション。リチャードはふとしたコネときっかけでこの場所を知り、それ以来、定期的に足を運んでいるのだ。


仮面越しとはいえ、直接会話すれば、その者の身に着けている装飾品や、態度、しゃべり方などで、相手の事は意外とわかったりするものだ。

だからリチャードは、対外的には「愛玩用に女の奴隷を買い漁っている」という噂が流れるのを止めることもせず、むしろ積極的にそう見えるようにふるまい、このオークションの常連として認められつつあった。


セバスとしては、そのような風評に顔をしかめざるを得ないが、リチャードの考えを理解している為に口をつぐむほかなかった。

リチャードが奴隷を買い漁る本当の理由、それは人材の確保だった。


奴隷の大半が、人攫いにあった浮浪児や孤児だとか、貧しい農村などで口減らしの為に売られたもの、などではある。

しかし、中には、借金のカタに身売りしたものとか、戦争や盗賊によって売られたもの等もいる。

そう言う者達は奴隷になる以前はそれなりの教育を受けていたり、それぞれの技能を身に付けていたりするものも多くいる。

リチャードはそう言う「将来有望そうな人材」を獲得するために奴隷を買い漁っていた。

勿論、リチャードだって年頃の男だ。同じ能力であれば男より女の方がいいに決まっている。

そして好みの女であれば尚いい。

更には、主人の特権として、その身を捧げてもらっても構わないだろうとも思っている。

つまり、リチャードにとって、奴隷を買うというのは、領地経営に必要な事であり、そのついでに自分の欲望を解放するためのものであった、

そして、領地経営、という理由がある限り、セバスに反対することは出来なかった。

事実、リチャードが買い取った奴隷が役立っているのは確かなのだから。


そして、オークションは進んでいく。

今回は、いま競り落とした少女で3人目だ。

使った金額は総額で小金貨6枚。これくらいであれば、とセバスがそっと胸をなでおろしていると、最後の目玉商品とやらが引き出されてきた。


黒目黒髪は、この辺りでは見かけない珍しい。口上によれば、レアな加護も持っているという。

加護によっては、リチャード様の役に立つかもしれないが……とそっと主を窺う。

主は珍しく悩んでいた。

おそらく、購入するべき理由が見つからないのだろう。

加護持ちとは言っても、それが役に立つかどうかは5分5分……レアな加護といえば聞こえがいいが、あまり出回っていないということは、汎用的ではないという事であり、目的と能力が噛み合わなければ意味がないからだ。

……それ以上に主が悩んでいるのは、少女の胸元がやや寂しいからだろう、と、セバスは苦笑する。


小さきものは、それはそれでいい、ということが、まだお若い坊ちゃまには分からないのだろう。

小金貨2枚に収まるのであれば、念のために確保しておくべきかと主に進言しようとしたその時、会場全体に少女の声が響き渡った。


『私が欲しいなら金貨100枚は出しなさい!』と……。


これが分水嶺だった、とセバスは後に語るのだった。



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