第3話 辺境の村
「……なるほど、銅貨1枚が10ガルドで、10枚集まれば小銀貨1枚と同じ価値なのね。で、小銀貨10枚で銀貨1枚、銀貨10枚で小金貨1枚、小金貨10枚で金貨1枚……最小単位が10ガルドってどいう事よ?」
『銅貨の下に銭貨ってのがあるの。銭貨1枚が1ガルドで、10枚で銅貨1枚ってこと。だけど、物流の関係から、銭貨はほとんど使われてないのよ。』
物価を鑑みて、日本円に換算すると、大体銅貨1枚が100円程度。
ただね、ミーアちゃんに聞いてみると、リンゴとよく似た果物が、銅貨1枚で2個買える。……これはいいんだけど、隣町にある宿屋が1泊1食付きで小銀貨1枚なんだって。
日本円に換算したらリンゴが1個50円で宿屋の宿泊料が1泊1000円……。
そして、銀貨2枚もあれば、ミーアちゃん家族が1ヶ月、つつましく生活していけるそうだ。
2万円で一家三人が暮らしていける世界……ないわ~。
そう考えれば、銅貨1枚が千円か?とも思うけど、そうしたら、リンゴ1個が500円、ねぎまっぽい肉串が1本1000円、トマトっぽい野菜が5個で2000円って事になるのよ?野菜、どんだけ高いんだよっ!
因みに、お肉はひと塊、銅貨1枚ね。大体2㎏ある塊で、何のお肉か分からないけど……
……うん、考えたら負けね。日本の物価を持ち込んだらダメ、そういうものだと割り切らなきゃね。
私は今、セレスからこの世界の基本知識を教わっていた。
左腕が動かないだけで、他は元気なのだから退屈なのだ。
かと言って、私が出歩こうとすると、ミーアだけでなく、その両親までもが心配して. 部屋へと押し戻される。
……これって、私軟禁されてるってわけじゃないよね?
そう考えてしまうほど、過保護なのだ、この家の人たちは。
セレスの話によれば、娘の命を救ってくれた大恩人が、不自由な身体で出歩いて万一の事があっては大変だ、と思っているらしいんだけど、命を救ってもらったのは私も一緒だ。
ミーアちゃんがいなければ、あの狼の群れから無事に逃れられたとは思えない。
だからそんなに気にすることないのに、と思う。
だからと言って、私の身体を思って親切にしてもらっている好意を無下には出来ず、結局こうして部屋の中にいる、というわけ。
まぁ、私もこの世界の事について色々知っておきたいから、時間があるのはいい事よね。
だから、昼はこうしてセレスに基本的な事を教わり、夜はミーアちゃんと会話しながらリアルタイムに情報を得るという日々が続いている。
因みに、今は経済について教わっていた。
この世界の文明は、ラノベの異世界観でもあるように、大体地球の中世ヨーロッパあたりの文明レベルらしい。少なくとも、大航海時代以前と言った感じだ。
なので、基本的に物流は近隣の都市を行き交う隊商がメインであり、遠く離れた国の物品などはまず手に入らない。
逆に言えば、遠い異国の珍しい物品には高値がつくということね。
また、物流の中心は陸路であるため、国と国の間の街道沿いにある街……つまり隊商が立ち寄る大きな街は当然のことながらモノがあふれ栄えることになる。
逆に言えば、ここのように、街道から外れた辺境の小さな村では、物流が滞り物価も高くなるため寂れていくのが普通だ。
だけど、この村にはそんな悲痛な雰囲気はなく、村人たちもどこか余裕があるように見える。
『なんでかわかる?』
私には分からないんだけど?と、本当に分からないみたいで、不思議そうに首を傾げるセレス。
「それは、ここが海に近いからでしょ?」
この村の周りには森があり、森の恵みだけでも暮らしていけるのだが、それに加えて、村はずれは海に面していて、小さな漁港がある。
つまり、この村は森の恵みだけでなく、海の恵みもあるので、村内だけでは賄いきれないほど余裕があるのだ。
加えて、海があるという事は塩が採れるという事だ。
陸路中心の文明程度なら、海のない内陸部では塩の価値は高騰しているに違いなく、安く塩を仕入れるために、隊商も定期的に立ち寄っている筈だ。
つまり、村だけで自給自足が可能なうえ、辺境であっても物流がある為に、村民の暮らしに余裕を与えているのだ。
『あぁ、そういう事ねぇ。人の暮らしって奥が深いのねぇ。』
セレスにしてみれば、基本的な事を知識として知ってはいても、今までは人々の暮らしとは無縁であったために、「なぜそうなのか?」という事は分からず、そもそも興味がなかった。そして、それで問題はなかった。
しかし、これからは私のサポートとしての役割があるため、些細な事でも情報を仕入れなければならないといっている。
私としても、地球の文明とこの世界の文明の差など分かる筈もなく、セレス頼みであるため、セレスには頑張ってもらいたいと思う。
一応、地球文明の方が水準が高いとは思うのだが、ただ、この世界には魔法があるため、ある分野では現代日本でも敵わないような高度な技術や知識があったりもするため、私から見るとかなり歪だ。
例えば、医療技術。
医学の知識、技術は皆無に近いのに、治癒魔法、回復ポーションなどのお陰で、病気や怪我などというものはあっという間に治ってしまう。
ただ、魔法使いの数は限られているため、治癒魔法の恩恵を受けるには高額な対価が必要となり、平民はあまりその恩恵を受けることが出来なかったりする。
それでも、命にかかわるようなことがあれば、各街に存在する教会の神官が助けてくれる。
つまり、普段高額の対価を取るのは、いざという時に魔力が枯渇していないようにするため。
安価で、簡単にいやしたりすれば、大した怪我じゃなくても治してもらおうと集まってくるため、キリがなく、いざと言う時の為に魔力を残しておくことが出来なくなる。
それを防ぐためにも、治癒魔法を使うまでもないものが詰めかけないように高価にしているという。
実際のところ、怪我程度であれば、薬草、丸薬、ポーション等で大抵が事足りることが多く、病気も各種ポーションを服用して安静にしていれば、大抵の場合は治るという。
しかし、これらの事は、大きな街に限っての事だ。
この村のような辺境には、教会もなく、ポーションを作成する薬師もいないことが多い。
だから、ケガや病気に対しては、薬草類に頼るしかなく、私が負ったような重傷を治すには街まで行かないと無理なんだそうだ。
私の場合は、セレスが治癒魔法を使えるから何の心配もしていない。
私の腕がまだ治ってないのは、セレスの魔力が安定するまで、あと1週間ほどかかるという事と、治癒魔法が使えることをあまり公けにしない方がいいという判断からだった。
1週間もして、傷跡だけ残して治せば、毎日のように森に行って薬草を摘み、毎晩取り換えてくれる、ミーアちゃんの甲斐甲斐しい看病のお陰、と理由づけることも出来る。
後は、この村を出てから本当に治してしまえばいい。
正直なところ、この村に居続ける気はなかった。
こういっては何だが、物流がそれなりに盛んとはいえ、所詮は辺境の村であり、得られる情報には限りがある。
一度大きな街に行って、更なる情報を集めてから身の振り方を考えた方がいいだろうと思うのだ。
そして何より、私が得た
折角得たんだから使わないと損だよね、と思いつつ超レアと呼ばれる力の事が知れ渡ったら、まともな生活が出来なくなるかもしれない。
この世界では、私が得た様な特別な力を『加護』と呼んでいるとの事。女神様が寵愛する子供に分け与えた特別な力なのだそうだ。
この加護が発動するのは5歳~7歳の間。稀に大人になってから、何らかのはずみで加護を得るものもいるらしいが、そんな事例は本当に稀で、7歳までに加護が発現しなければ、一生加護を得ることはないと言われている。
もっとも、加護が発動するのは100人中2~3人と言われていて、ここのような辺境の村では加護を持っている方が珍しく、加護がないからと言って迫害されたりすることは皆無だそうだ。
逆に、加護があるからと妬まれたり、距離を置かれることの方が多いのだとか。
因みにミーアちゃんは「剛力」の加護を授かったという。
力持ちなのはその加護が影響しているということだ……納得だね。
加護とは別に「スキル」という能力がある。
これは、長い間一つの事を訓練していると見につく力だといわれていて、たとえば、鍛冶仕事を10年一生懸命やっていた鍛冶師が「ある日突然鍛冶のスキルを得た」りするのだそうだ。
スキルを得たものは、そのスキルに沿った行動において効率が良くなったり、出来なかったことが出来るようになったりするという。
ただスキルや加護については「そういうもの」として捉えられていて、詳しい事は分かっていなかったりする。
女神様より賜いし~などというから、セレスに聞いてみたけど、別にセレスが与えているわけではないから知らない、との事。
……私の力はセレスが与えてくれたのに……って違うか、あの怖い女神様が与えてくれたのかな?
まぁ、出所はともかくとして、私にとって必要なのは、加護やスキルを持っているものがどう扱われているか?ってことよ。
足が速い人、とか、力が強い人、などと、人が持っている能力の延長線上で受け入れられているのか、他の人にはない特別な力、として受け入れられている、もしくは忌み嫌われているのか?それによって私の行動が変わる。
知らずに超レアな力を披露して、権力者とかから命を狙われるようになったら困るからね。
『うーん、それならやっぱり、冒険者ギルドにいくべきね。』
私が思ってることを言うと、セレスがそう応えてくれる。
何でも、冒険者の多くはスキルや加護持ちの者が多いのだそうだ。
というか、スキルや加護の力があるから長く冒険者をやっていけるのであり、また、長く冒険者をやっていると、一つや二つのスキルを得ることが出来るらしい。
だから冒険者ギルドにはスキルや加護についての情報や知識が揃っており、スキルを鑑定するための魔道具なども揃っているという。
「そうね、じゃぁ、当面の目的は冒険者ギルドかな?」
私はそう言ってセレスを持ち上げブラッシングを始めるのだった。
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