第2話 ミーアとセレスと……。

「………知らない天井だ。」

目を覚ました時、最初に目に飛び込んできたモノを見て、思わずそう呟いてしまう。

……天井が目に入ってきたということは、どこかの部屋に寝かされていると言うことで……。


私はベッドから上体を起こし、周りを見回す。

ここは……?

見慣れない部屋。

カントリー風を連想させるような、古びた家具。

だけど、掃除はしっかりされ、清潔感が漂っていた。

私、あのまま苦を失って……。

「@%#¥%¥¥?」

ドアが開いて、両手にお皿を抱えた少女が顔を出した。

「あ、あなた……無事だったのね。」

「@@^?¥;#!¥?」

少女はサイドボードにお皿を置くと、水差しからコップに水を注いでくれる。

「ありがとう。」

コップを受け取ろうとして腕を伸ばそうとすると、ズキリと激しい痛みが襲う。

「うっ……。」

思わず取り落としそうになったコップを、少女が支えてくれる。


「ごめんね。ちょっと無理そう。」

腕が動かないことをジェスチャーで伝え、ベッドに横たわる。

すると、少女は私とコップを交互に見やり、やがて何かを決心したかのように、コップの中の水を口に含み……私に口づけてきた。


……エッ、何?


戸惑う私の口の中に水が注ぎ込まれる。


あぁ、水を飲ませてくれるのね……っていうか、なんで口移し!?


コップ1杯分の水を飲ませてもらうと、、少しだけ落ち着いた気がする……が、私のファーストキス……。


……そういえば私のファーストキスは2歳の時にパパが奪ったって言ってたっけ?


どっちもノーカンだよね?

そう思いながら少女に視線を向けると、少女は、顔を赤らめながら、ベッドサイドの椅子に座り、身振り手振りで何かを訴え始めた。どうやら食事ができるか?と言っているらしい。


私は、頭を下げて感謝の意を表し、一人では無理だと首を横に振る。


すると、少女はさらに顔を赤らめ、口移しで食事をくれようとするので私は慌てて止める。

四苦八苦しながら、なんとか口移しではなく、普通にスプーンで掬って食べさせてもらえるように伝える。


「ご馳走様。美味しかったわ、ミーア。」

食事を終えた私は、そう言ってミーアに頭を下げ、ニッコリと笑って見せる。

『%@¥¥、シズネ##@!¥¥!!』

感謝の意が伝わったのか、ミーアも笑顔を返してくれる。


彼女の名前はミーア。

食事をしながら、ジェスチャーを交えて、なんとかコンタクトを取り、とりあえずお互いの名前を理解することまではできたが、意思疎通には程遠かった。


ふぅ、しかし片腕が使えないって言うのがこんなに不便だとは知らなかったよ。

私は、そう考えてため息を吐く。


言葉が通じない不便に加えて不自由な体。

狼に噛まれた私の左腕はかなり酷いらしい。

私の利き手は左だけど、幼い頃の無理やりな矯正で、右もそれなりに使えるから、それほど不便はないと思ってたんだけどなぁ……。


そこまで考えて、ふと気づく。

右手?

私は右腕に視線を向け、ゆっくりと動かしてみる。

……動く。

当たり前だ。私は少女をかばって怪我したのは左腕。そこ以外は怪我らしい怪我はしていないのだから。


私は右手の手のひらを開いたり握ったりしてみる。

ウン、異常ない。

手元にあったコップを握って上下に動かす……うん、大丈夫。

……ふと視線を感じ、顔を上げると、真っ赤な顔の少女と目が合う。

少女にも状況がわかったらしい。


『@¥;!!シズネ¥%##¥¥〜…!!』


少女は何かを叫んで部屋を飛び出して行ってしまった。



「えっと……アハハ……。」

乾いた笑いが口をついて出る。


『今のはシズネが悪いわ。』

「そんな事言われても、私だって……って誰っ!」

どこからともなく聞こえた声に応えてから、ここには自分ひとりだということを思い出し、誰何する。


『私よ。……セレスよ。』

ボンッという音が聞こえて、目の前に真っ黒な子猫が現れる。

普通の猫と違うのは、その背に一対の漆黒の翼があり、宙に浮いている事だろうか?


『あれ?あんまり驚いてないのね?』

……いや、充分驚いているからね。

驚きすぎて声が出ないだけで。



「えっと、なんで?」

私がそう問いかけると、しばらく押し黙ったセレスが、いきなり喚き出した。


『あなたのせいよっ!あなたがサポートとか言い出すからっ!何でぇ、何で私がぁぁぁ……』


ギャーギャーと文句を言い出すセレスを宥めながら何とか聞き出したところによると、私のサポートと一口に言っても、何が必要か分からなかった女神様は、「だったらサポート係をつけちゃえ」と、この騒動のもとになったセレスを使い魔として私につけることで、私に対するケアとセレスへのペナルティにすることにしたらしい。

つまり、何かあれば直接セレスに言え、ということみたい。


「セレスに言えって言われても……ねぇ?と言うか、セレスは何が出来るのよ?」

『基礎魔法と治癒魔法、他には基本的な知識を教えてあげることができるわ。シズネ、あなたこの世界の事何も知らないでしょ?』

エヘンっとセレスが胸を張る。

人形であれば可愛いのかもしれないけど、二足歩行の子猫がやってもシュールなだけである。

「知らないからサポートしろって言ったのよ。……ってか、言葉っ!言葉をなんとかしてよっ!」


さっきのことはわざとじゃないってことを、ミーアに伝えたい。助けてくれてありがとうってちゃんと言いたい。


『あ~、言葉ね、ウン言葉……。』

視線をそらすセレスを見て、忘れてたな、こいつ、と思うが、口にはださない。

とりあえず会話ができるようになることが第一優先で、ここでへそを曲げられたら困るのだ。


『ウン、コレで会話は問題ないはずよ。でも、その腕の怪我はちょっとまってね。私も堕とされたばかりだから、魔力が安定しないの。1週間もすれば大丈夫だから、それまでは我慢して。』

しばらくしてからそういうセレス。

「それは構わないけど……って治せるの?」

『当たり前よ。私を誰だと思っているの?生命を司る女神よ。回復魔法はお手の物。』

セレスが言うには、私の左腕は、それはもう酷いもので、放っておけば腐る前に切り落とすしか命が助からない、というほどのものだったらしい。

それが今、ちょっと痛いだけで住んでいるのは、セレスがそっと施してくれた治癒魔法のおかげとのこと。

ただ、セレス自身、いきなり堕とされたうえ身体も違うから、魔力の行使が上手くいかず、応急処置をするのがやっとで、本格的に治癒するためには、魔力を安定させなければ無理、とのことだった。でも……

……そっかぁ、治るんだぁ。さすが異世界。治癒魔法GJ!


「成程、じゃぁこれからは何かあればセレスにお願いすればいいってことだね。宜しく、セレス。」

私はそう言ってセレスの頭を撫でる。

『ふ、フンっ!わ、私は女神なんだから、これくらい当たり前よっ!うんと頼るがいいわ。』

口ではそんなこと言いながらゴロゴロと喉を鳴らすセレス猫。

……チョロい。

喉を撫で、胸を張るセレスのお腹を撫でまわし、尻尾を逆なでして見悶えさせていると、再びドアが開いてミーアちゃんが入ってくる。


「シズネ、起きてる?体拭いてあげるよ。」

ミーアちゃんは大きな盥を抱えている。

……たらいには水がなみなみと注がれているけど……重くないの?

自分を抱えて走ったことと言い、このたらいと言い、ミーアちゃんは見かけ以上に力持ちみたいだ。


「あ、うん、ありがとう。嬉しいわ。」

「どういたしま……シズネッ!言葉わかるのっ!」

驚いた顔でこちらを向くミーア。


……まぁ、そうなるよね。

お互いの名前を知るだけでも、あれだけ苦労したのに、ちょっと時間を置いたらスムーズに会話できるなんて、おかしいと思うよね。


「女神セレス様の御力だよ。」

私はそう言いながら手の中で悶えているセレスをすっと前に押し出す。

「セレス様?……あ、使い魔。そっか、シズネは魔法が使えるんだね。」

納得納得、と笑顔で頷くミーア。

何か誤解があるようだけど、ま、いっか。


その後、会話ができるようになったことを、ミーアは喜んでくれて、色々と話しかけながら、私の身体を拭いてくれた……けど……。

って言うか、その……ミーアちゃんの手つきが……ね?

うん……他意はないと思いたいんだけど……おっぱいを触りながら反応を伺っているあたり……ホント、他意はないんだよね?


「うぅぅ……もぅ、お嫁にいけないかも……。」

「シズネは私がもらってあげるよぉ。」


色々あって、体を拭き終えた後の私は、身体に力が入らずそのままベッドに倒れ込み、ご機嫌な様子のミーアちゃんを見送るのだった……。



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