第47話 Xデー

 その日は突然やってきた。


「きゃああああああああ!?」

「なんだあれは!?」

「ド、ドラゴン!?」


 学園の上空を旋回する巨大な影。ドラゴンだ。


「レオンハルト様、あれは……?」

「ドラゴンだね」


 心配そうに見上げるセリアに答える。オレはもちろん、これからなにが起こるのかゲームの知識で知っている。


 これからセリアにとって悲しい出来事が起こることも。


 オレはどうするのが正解なんだろう?


 オレは来るこの日をどう乗り越えるか考えていた。しかし、未だに答えが出ない。


 上空のドラゴンが、まるで探し物を見つけたかのように学園のグラウンド目掛けて降りてくる。


 グラウンドに降り立ったのは、赤い鱗の堂々とした大きな大きなドラゴンだ。


 しかし、よく見るとそのドラゴンは傷だらけだった。片目は潰され、古傷はもちろん、中にはまだ出血してる生々しい傷まである。


「グレンプニール様……」


 セリアが呆然としたように呟く。


 そう。このドラゴンこそルクレール王国の護り竜。火竜グレンプニールだ。体中の傷は、きっとルクレール王国を護るための戦いでできたものだろう。


 そんなボロボロのグレンプニールが、怪我を押してここに来た理由。


 それは――――。


「GUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」


 オレにドラゴンの言葉はわからない。だが、ゲームではフリガナがふってあったから、彼がなにを言っているのか想像できる。


 きっとセリアの本当の名を叫んでいるのだろう。


「――――ッ!?」


 セリアが堪えきれなくなったように目を伏せる。


 そう。グレンプニールはセリアを助けに来たのだ。


「きゃあああああああああ!?」

「火竜グレンプニール!? 生徒たちを避難させるんだ!」

「ルクレール王国を滅ぼされた恨みを晴らすつもりか!?」

「とにかく逃げろ!」

「逃げるってどこへ!?」


 学園の生徒も教師たちも恐慌状態に陥っている。みんなの顔には焦りや恐怖が浮かび、まともな指示を出せる者もいない。混乱はますます広がっていく。


「こっちに来るぞ!?」


 その混乱を助長させるように、グレンプニールがこちらへと一歩踏み出す。


 しかし、その歩みは果たされることがなかった。


 まるで濁流のようなドラゴンブレスがグレンプニールを襲ったためだ。


「いったいなにが……?」

「あれを見ろ!」

「あれは!?」


 上空に光るライトブルーの翼。この国、ゲーゲンバウアーの守護竜、水竜ヴァッサーだ。おそらく、グレンプニールを察知して飛んできたのだろう。


 ヴァッサーを迎え撃つようにグレンプニールも翼を羽ばたかせて飛び上がっていく。


 そこから始まるのは、まるでこの世の終わりのようなドラゴン同士による戦闘だ。


 空には炎と濁流のドラゴンブレスが飛び交い、時折爪を交わしている。


「やれー! ヴァッサー様!」

「ヴァッサー様がんばれー!」

「ヴァッサー様万歳!」


 ヴァッサーの登場に平静を取り戻したのか、生徒たちが空を見上げてヴァッサーへの声援を送っていた。


「グレンプニール様……」


 ポツリと隣にいるセリアが祈るように手を組んで、空を見上げていた。


 セリアにとって、グレンプニールはイフリートと同じく希望そのものだ。


 きっとグレンプニールが自分もルクレール王国を救ってくれる。そう思っていても不思議じゃない。


 しかし、現実はいつだって非情だ。そんな希望の彼女がどんどんと傷付き、ついにはグラウンドに土煙を上げて墜落する。


「……ッ」


 セリアは、口を押えて必死に声を押し殺していた。


「あの火竜をいとも容易く……!」

「火竜ごときが水竜であるヴァッサー様に勝てるかよ! 属性の相克関係からみても明らかだ」

「さすがヴァッサー様!」

「ヴァッサー様万歳!」


 生徒や教師たちは口々にヴァッサーを褒め称えていた。一人の少女が涙を流しているのにも気付かずに。


 ヴァッサーが優雅に旋回し、グラウンドに降り立った。


 ゲームでは、この後ヴァッサーはグレンプニールに止めを刺す。


 セリアの希望はここで潰えることになるのだ。


 セリアはへたり込み、必死に声を押し殺して泣いていた。


 オレは、しゃがんで人差し指でセリアの目元の涙を拭いさる。


「レオンハルト様……?」


 セリアの涙に濡れた青い瞳が俺を見上げていた。


「見ていて、セリア。キミの希望はオレが必ず守る!」


 オレは気付けばそう口走っていた。


 オレは、どちらかといえばこのイベントは静観の構えだった。ここで変に目立ってもいいことなんてない。そんなことはわかっている。頭の冷静な部分が、オレに動くなと命じてくる。


 だが、そんなの知ったことか!


 セリアが泣いているんだぞ!?


 ここで立ち上がらなくてどうするんだ!


「レオンハルト様!?」


 オレは立ち上がると、セリアの声を背にグラウンドに向かって走っていく。


 待ってろよ、グレンプニール!


 必ずお前を助けてやる!


 そのためならオレは、ヴァッサーさえ墜としてみせよう!

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