第46話 ある日の朝

 朝。教室に入ると、無数の視線が突き刺さる。そして、今まで盛んにおしゃべりされていたというのに、一気に静かになった。


 オレは視線を浴びながら一番後ろの定位置に座った。オレの隣には、今日もメイド服をピシッと着たセリアが座る。


 最初はこんな大人数に注目されるのもビビったものだが、案外すぐに慣れた。人は慣れる生き物なのだ。


 しっかし、見事に浮いているなぁ。学園に入学してそれなりに経ったが、オレは友だちの一人もできずに見事にクラスで浮いていた。


 今もクラスメイトたちはヒソヒソと話し始め、時折チラチラとオレを見ている。


 はてさて、どんな悪口が言われているのやら……。


 まぁ、それも仕方がない。オレは王族のアンネリーエを敵に回してしまったのだ。しかも、次期侯爵から外された身でもある。こんな奴には危なくて近寄れないよね。


「はぁ……」


 わかってはいたことだが、なんだか息が詰まるな。


「どうかされましたか。レオンハルト様?」


 横を見れば、セリアが心配そうな顔を浮かべてオレを見ていた。


 そうだね。オレにはセリアがいる。それだけで、先ほどまで感じていた息詰まりなどスッと溶けていった。


「朝食が足りませんでしたか? おやつに用意していたクッキーがございますが、お召し上がりになりますか?」

「え? あ、うん。いただこうかな……?」

「はい」


 セリアが手慣れた様子でオレの前にクッキーとお茶を用意してくれた。


「ありがとう、セリア」

「とんでもございません、レオンハルト様」


 セリアに礼を言ってクッキーを一つ摘まむ。口に放り込めば、濃厚なバターの香りと小麦の香りが口いっぱいに広がり、ホロホロと崩れていく。おいしい。


 そのまま一つ二つと口に放り込んで、ミルクティーで流し込む。


 おいしい。幸せだ。


「デブがまた食ってやがる……」

「朝からか……」


 教室にユリアンとエンゲルブレヒトが入ってきた。そしてオレを見て嫌そうな顔を浮かべていた。


 そういえば、最近ユリアンが決闘を仕掛けてこないな?


 もうかなりの回数決闘したから、さすがにお姫様の資金も尽きたかな?


 まぁ、平和なのはいいことだね。


「お口に合いましたか?」

「うん!」


 ニコニコと笑っているセリアを見ていると、なんだか鼓動が早くなって顔が熱くなってくる。でも、同時に幸せを感じるんだ。


 でも、不安がないわけじゃないんだ。


 オレの抱える不安は数多いけど、その中でも一番大きな不安はやっぱりセリアのことだろう。


 セリアの正体は必ず秘密にしなきゃいけない。だけど、オレはゲームのレオンハルトほど徹底してセリアに奴隷として接していない。そこからバレるリスクもあるんじゃないかと怯えている。


 オレにはセリアを奴隷扱いできなかったよ。ゲームのレオンハルトの精神力には感服してしまう。


 オレはセリアの悲しむ姿は見たくない。


 それは見方を変えればオレの甘さだ。精神力の弱さだ。


 でも、オレはセリアと一緒に幸せになるって決めたんだ!


 レオンハルトにはレオンハルトにしかできない愛情の示し方があった。それはすごいことだし、オレにはマネできないことだ。でも、オレはレオンハルト、お前も幸せにするって決めたんだよ!


 しかし、そんなオレのレオンハルト幸せ計画には一つの大きな問題がある。


 それが邪神だ。


 ユリアンたちには邪神を倒す力はあっても消滅させることは難しい。無限の回復能力を持つ邪神を消滅させるには、イフリートの力を継承したレオンハルトの力が必要だ。


 だが、邪神を消滅させるほどの力を使うのは危険だ。事実、ゲームでのレオンハルトは、邪神を消滅させたがその代償に自分も消滅している。


 オレは死にたくない。


 しかし、邪神は消滅させないといけない。邪神が復活するとモンスターが強化されるからね。世界中大混乱だ。


 悩ましいところだね。このままイフリートの力を鍛えていけば、反動で自分が死ぬことはなくなるんだろうか?


 だが、今はそれに縋ってイフリートの力を鍛えるしかないな。


 どうしても邪神を消滅させる代償で死んでしまうとしたら……。


「どうかなさいましたか?」


 こちらにニコッと笑顔を見せてくれるセリア。オレは彼女のためになにができるだろう? なにがセリアにとっての最善になるんだろう? そのためならオレは……。

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