第33話 ユリアンとの決闘

 学園の中庭。


「覚悟しろよ、デブ! 俺が勝ってセリアちゃんを開放するからな! セリアちゃん待っててね。こんなデブなんて瞬殺だから!」


 そんなわけで、嫌々ながらユリアンと決闘することになってしまったのだが、ユリアンはオレのことをクソほどナメていた。


 本当に自分が負けるなんてちょっとも考えていないようだ。


 ゲームでの主人公は選択肢の時しかしゃべらない無口な奴だったのに、なんでこんなになっちまったんだ……。


「どっちが勝つと思う?」

「平民と落ちこぼれでしょ? いい勝負になるんじゃない?」

「それがね……」

「え? うそ!」


 毎度ながら外野がうるさいな……。


「あんた、属性が一つしかない落ちこぼれなんだって?」


 ユリアンがニヤニヤしながら訊いてくる。本当にこんな奴が勇者になるのか疑問を感じてしまうよ。


「ああ、火の属性しか使えない。それがどうかしたか?」

「聞いて驚け! 俺はすべての属性を使えるんだ!」


 知ってるよ。オレが何回『精霊の国』をプレイしたと思ってるんだ。


 だが、周囲の反応はオレの想像以上だった。


「な、なんだって!?」

「噂には聞いていたが、まさか……!」

「本当に全属性を操れるのか!?」

「王族の方でも全属性は稀だというのに!?」


 この世界では、いくつの属性を操れるかが重要視される。多くの属性が扱えれば、その分、できることが増えるからだ。


 魔法というのは相克関係にある。例えば、火は氷に強く、水に弱い。相手の魔法属性に優位な属性魔法を使えれば、それだけバトルは楽になる。理論上はな。


「もちろん、水属性の魔法も使える。負けを認めるなら今のうちだぜ?」

「オレの前にはすべては無意味だ」


 イフリートの力を継承したオレにとっては、もはや相克関係など関係ない。


 言うなれば、積んでるエンジンがもう違うんだ。人間が使うレベルの魔法なんて属性関係なく潰せるほどの力の差がある。


「そうかよ。あんたも頑固だな。じゃあ、始めようぜ」

「ああ」

「両者、準備はいいな? この銀貨が地面に落ちたら決闘開始だ」


 審判を買って出たエンゲルブレヒトが、銀貨を弾く。キンと涼やかな音を立てて銀貨が宙を舞う。


 そして――――キンッ!


 ついに銀貨が落ちた!


「おらああああああ!」


 その瞬間、ユリアンが殴りかかってくる。


 なるほど。オレの属性数を貶めたり、自分の属性を誇っていたのはすべてブラフ。本命は拳か。


 そういえば、決闘での選択肢でも「やっぱり拳で!」というのがあったな。魔法が使えるんだから魔法を使えよとツッコミを入れたのはオレだけじゃないはずだ。


 しかし、このユリアンは拳を選んでしまう奴だったらしい。


 だが、オイゲンに双剣を習ったオレには、ユリアンは隙だらけで止まって見えた。


「ふんっ!」

「ふがっ!?」


 オレ渾身の右ストレートがユリアンの顔に突き刺さる。デブと散々言ってくれたオレの体重の乗った一撃だ。


 ユリアンは派手に吹き飛ぶと、花壇の中をゴロゴロと転がる。そのまま花壇の中で大の字で倒れると、立ち上がることはなかった。


「おい、エンゲルブレヒト。オレが勝者で間違いないな?」

「え? あ、いや……」


 エンゲルブレヒトにも予想外の展開だったのか、ハッキリしない。


 だが、それでは許されない。


「エンゲルブレヒト、今のお前は審判だろう? 私情に流される審判など下の下だ」

「くっ!? わ、わかった。勝者はレオンハルトだ」

「金貨二百枚。忘れるなよ」

「ああ……」


 エンゲルブレヒトがガックリと肩を落としていた。たぶん金貨を払うのはエンゲルブレヒトになるだろうからな。まったく、ユリアンを焚き付けやがって。金貨二百枚で許してやるのはむしろ温情と思ってほしい。


「魔法を使わないのか……」

「嫌だわ。野蛮よ」

「しょせんは平民と落ちこぼれなんだろ」


 わざわざ教室から中庭まで見にきた観客はひどく冷めたようだったが、べつにいい。オレはこいつらを喜ばせるために決闘をやってるんじゃないからな。


「決闘の勝利、おめでとうございます、レオンハルト様。すごい拳でした!」

「ありがとう、セリア」


 セリアの笑顔だけがオレを癒してくれるよ。


 セリアの本心はわからない。オレは読心術なんて使えないからな。本当は解放されたかったのかもしれないし、ユリアンに心奪われたかもしれない。でも、オレに笑顔を浮かべてくれることが嬉しかった。


「すまない、セリア。キミを賭けるようなことをしてしまった……。仕方なかったとはいえ、オレは最低だ……」

「いいえ。貴族の誇りは大事ですもの。私は気にしていません」

「今度、なにかお詫びをさせてよ。なんでもいいよ。なんでもする」

「そんな。悪いですよ。私はレオンハルト様の事情もわかりますから」

「でも、それじゃあオレの気が済まないんだ。オレを助けると思って、なんでもいいからわがままを言ってくれないか?」

「わがまま、ですか? わかりました。考えておきます」

「よろしく頼むよ」

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