第34話 決闘の後

「くそっ! 俺はぜってー負けを認めねえぞ!」


 教室の中、医務室から帰ってきたユリアンが吠えた。彼の顔は左頬が大きく腫れあがっている。とても痛々しいね。誰もが認めるイケメンから制裁されたチャラ男にレベルダウンだ。


「このデブ! もう一度決闘だ!」


 オレの席まで上がってきたユリアンは、目を血走らせていた。


「まぁ待てよ、ユリアン。オレはまだ賞金を貰っていない。まずはそれが先だろ?」

「あ? ああ。エンゲルブレヒト、すまねえが立て替えてくれねえか?」

「それはかまわないが……。すまないが、支払いは待ってもらいたい。金貨二百枚など手持ちにない」

「え? お貴族様ならよゆーじゃねえのかよ?」

「手持ちにないだけだ。ユリアンだって金貨二百枚を持ち歩くなんて普通はしないだろ?」

「そういうことかよ」


 なんかユリアンって金貨二百枚がどれほどの大金かわかってなさそうだな。日本円にしてざっと八百万くらいするんだが……。


「支払いが遅れるのはかまわない。だが、ちゃんと払ってもらうぞ? そして、払い終わるまで次の決闘は受け付けない」

「あん? 逃げるのかよ?」

「お前たちが金を用意すればいいだけの話だ。そうだろ?」

「まぁ、そうだな」

「ちょっと待てユリアン! 金貨二百枚はどうにかなる。だが、さらに二百枚となると無理だ!」

「え? お貴族様ならいけるんじゃねえのか?」

「いくら貴族でも金貨二百枚は大金なんだぞ? 私の歳費……小遣いも金貨二百枚払ってしまえばほとんど残らん」

「わかった……。ようは次負けなきゃいいって話だろ? 任せてくれよ」


 ユリアンって楽天的だよな。ゲームでもそういうところはあったが、ここまで能天気じゃなかった気がするんだが……。


「盛り上がってるところすまないが、次はちゃんと賭け金を用意してから決闘をしてくれ。それがルールだろ?」

「ぐっ!? それはそうだが……」


 エンゲルブレヒトは怯んだように大人しくなったが、ユリアンはそうではないようだ。


「おいおいおい! 逃げるのかよ?」

「逃げているのではない。ちゃんと筋を通せと言っている。オレが勝っても金が貰えないでは不誠実だとは思わないか?」

「奴隷を連れている奴が不誠実とか言うのかよ!?」

「ユリアン、レオンハルトの言う通りだ。ここはいったん下がろう」

「え!? それじゃあセリアちゃんが助からないじゃないか!?」

「わかっている。しかし、金が用意できない私たちがいくら吠えても負け犬の遠吠えでしかない……」

「あ、おい? エンゲルブレヒト?」

「二人で考えてみよう。どうすればあの奴隷の少女を救えるか」


 そして、エンゲルブレヒトはユリアンを連れて教室を後にしてしまった。


「あの~、今、授業中なんですけど……」


 教師の悲しそうな声が静まり返った教室に響いた。



 ◇



「ふむ……」


 どうやらオレの狙い通りにユリアンたちは資金難に陥ったようだな。


 そりゃそうだ。エンゲルブレヒトはたしかに伯爵家の嫡子だろうが、それでも金貨二百枚はそうそう払える金額じゃない。


 これでしばらくはユリアンたちに煩わされることもないだろう。


 それにしても、あいつらお姫様に挨拶しなくてよかったのか?


 ユリアンにとってはメインヒロインのはずなんだが……。


「まぁ、いいか……」


 授業が終わった後、オレは立ち上がった。すると、それに釣られるようにセリアも立ち上がった。


「セリア、ちょっとお姫様に挨拶してくるだけだよ。座って待ってて」

「かしこまりました」


 お姫様の周りにはさっそく人だかりができていた。


 みんなお姫様に挨拶して顔を覚えてもらいたいんだ。


 まぁ、オレの場合は本当に挨拶するだけだけどね。


 オレが人だかりの後ろに並ぶと、あれよあれよという間にお姫様への道が開いた。こういうのは親の爵位の高い順と決まっているからね。親が侯爵であるオレにみんな道を開けてくれるわけだ。


 お姫様、アンネリーエがオレを見て一瞬だけ不快そうな顔をしたのが見えた。


 今まで話したことも無いのになんでいきなり嫌われているんだろうね?


 まぁ、当然か。オレは属性を六から一に減らされた落ちこぼれだしな。


 オレはアンネリーエの前でひざまずくと首を垂れる。


「お初にお目にかかります、アンネリーエ殿下。アルトゥル・クラルヴァインの子、レオンハルトでございます。以後お見知りおきを」

「あなたがレオンハルトですね。噂はかねがね聞いております」


 きっとロクな噂じゃないんだろうなぁ。


「しかし、入学初日に決闘騒ぎはいかがなものでしょうか? しかも、気品の無い決闘内容だったようですし……」

「私は挑まれたので受けて立ったまででございます。決闘内容は我が不徳の為したことでしょう。お目汚し失礼いたしました」


 うぅーむ。初っ端から王族に嫌われているというのは痛いなぁ。



 ◇



「エンゲルブレヒト、どうするんだ? このままではセリアちゃんを救えない!」

「わかっているさ、ユリアン。父上に頼んでみよう。少し時間はかかるが、待っていてくれ。きっといい返事がもらえるさ」

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