第32話 ちょっかい

 退屈な入学式も終わり、オレとセリアは教室にやってきた。教室はまるで音楽ホールのように緩く段々になった作りになっていた。


 出席番号などないし、席が決まっているわけでもないので、オレとセリアは一番後方のど真ん中に陣取った。ここからなら教室の中がよく見える。


「セリアはここでよかった? 黒板は見える?」

「はい、大丈夫です」


 セリアがにっこりと笑って返事してくれるだけで、オレは天にも昇る気持ちだ。


「なにあれ? メイド?」

「あの首、奴隷じゃないか?」

「なんで奴隷なんかがここに?」

「奴隷を連れているあのデブは誰だ?」

「たしかクラルヴァインの落ちこぼれよ」

「あぁ、あの属性が一つしかない奴か」

「元は六属性だったのに、一属性に減ったんですって」

「よほど性格が悪いのかしら?」


 なんか注目を集めているなぁ。しかも、どう見ても好意的な顔じゃない。醜いもの、汚れたものを見るような目だ。


「あの、レオンハルト様、やっぱり私は退場した方が……」

「問題ないよ。伯爵家以上の者は従者の連れ込みが許されている。だからセリアも一緒に授業を受けることができるんだ」

「ですが……」

「雑音なら気にすることはない」


 そう言えば、ゲームのレオンハルトもこうしてセリアに授業を受けさせていたな。


 たぶん、セリアにも学ぶ機会をあげたかったのだろう。


 まぁ、そのせいでいろいろと問題が起きるのだが……。


「お! エンゲルブレヒト、あれか?」

「ああ、そうだ」


 なんか嫌な予感がするなぁ……。


「おい、お前が奴隷を連れてるっていう貴族で間違いないか?」


 声の方を向けば、金髪碧眼のイケメンがいた。その後ろには昨日決闘したエンゲルブレヒトの姿も見える。二人ともオレのことが気にくわないのか、険しい目つきだ。


「その奴隷がセリアのことを指しているのならそうだ」

「セリアって言うのか、名前もかわいいな。ちょっとだけ待っててくれよ? 今すぐこのデブをボコボコにしてセリアを開放してやるから」


 なんかのっけからえらくケンカ腰だなぁ……。


 そういえば、ゲームのイベントでもあったっけ。ゲーム主人公はレオンハルトに何度も決闘を挑み、最終的にセリアを奴隷から開放するんだ。


 それだけ聞けば、ゲーム主人公が善行をしたいい話のように聞こえるが、挑まれる側になると堪ったもんじゃないな……。


「そんなわけでそこのデブ、俺と決闘しろ! セリアの自由を賭けてな」

「なぜオレがお前と決闘しなくちゃいけない? エンゲルブレヒト、お前の差し金か?」

「そう思ってもらって構わない。ほら、ユリアン。この手袋を相手にぶつければいい」

「おう!」


 ゲーム主人公、ユリアンは、エンゲルブレヒトに渡された手袋を掴むと、オレに向かって投げ付けた。


 手袋はオレの腹にぶつかり、そのまま腹の上に乗っている。


 ここまでされて決闘を避ければ、臆病者と言われても言い返せないな。


「ユリアンとかいったな? お前は決闘の意味をわかっているのか?」

「あん? 俺が勝ってセリアちゃんを開放する。それだけだろ?」


 オレの言葉に、ユリアンが不思議そうに答える。


 そうだな。お前の中ではもうお前の勝ちは確定しているのだろう。だから、そんなふざけた言い分が出てくる。


「オレにセリアの解放を要求するのなら、お前も同じだけの価値があるものを賭けるべきだ」


 できれば、今後はオレも決闘なんてお遊びに付き合いたくない。


 ユリアンには決闘をするのをためらってもらいたいところだ。


「俺が勝つんだ。必要ねえだろ?」

「話にならんな。自分が負けた場合なにを差し出すのか。最低でもそれが決まってから声をかけろ」

「あん? 逃げるのか?」


 ユリアンがオレを睨みつける。だが、オレはそのバカさ加減に呆れるだけだ。


「逃げているのはお前だ、ユリアン。お前は自分の敗北の可能性から目を背けているだけだ。エンゲルブレヒト」

「なんだ?」

「お前もなにを賭けるか考えておけよ? お前は昨日負けているからな」

「くっ!?」


 エンゲルブレヒトが苦虫を嚙み潰したような顔をする。昨日の決闘は、エンゲルブレヒトにとってかなり嫌な記憶らしい。


「ではこうしよう。奴隷は金で売買されると聞く。私はその考えに反対だが、ようは金を賭ければよいのだろう? 金貨10枚でどうだ?」


 エンゲルブレヒトがどうだとばかりに胸を張って言った。


 だが……。


 金貨たった十枚かよ。次期伯爵様がかなりケチなことだ。


「話にならんな。オレが金貨十枚払ってやるから、もうオレたちに関わらないでくれ」

「それでは話にならん。ようは金額が少ないというのだろう? 金貨二十枚でどうだ?」

「はぁ……。せめてその十倍は用意しろよ」

「二百枚だと!? ぼったくりだろ!」

「奴隷の相場も知らないでなに言ってやがる。そもそもオレはセリアに金に換えることができないほどの価値を感じているんだ。それを無理やり奪おうというのだから、もう少し誠意ってものをみせろよ」

「ぐぬぬ……」

「心配すんなって、エンゲルブレヒト! 俺がぜってー勝つからよ!」

「わかった……。金貨二百枚だ」


 ユリアンの言葉に押されて、エンゲルブレヒトは絞り出すような声で頷いた。

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