第31話 エンゲルブレヒトとユリアン

「いで、いづづ……」


 私、エンゲルブレヒトは尻の痛みを堪えながら少しずつ男子寮へと歩いていく。


「あの野郎、ふざけやがって……!」


 火傷の程度を確認すれば、ズボンとパンツが綺麗に尻の所だけ燃えて、尻が丸出しになっていた。


 おかげで他の生徒に笑われてしまったではないか!


 なんなんだ、この恥ずかしい格好は! こんな屈辱は初めてだ!


 私は制服のジャケットを急いで脱いで、腰に巻くことで尻を隠すことに成功した。


 しかし、ジャケットの生地が尻に触れる度に刺すような痛みに襲われる。


 それに歩くだけでもかなり尻が痛んだ。おかげで男子寮までの道のりがひどく遠く感じられた。


「クスクス」

「やだ、なにあれー」

「お嬢様、見てはいけません。きっと変質者です」


 へっぴり腰でのろのろと歩く私を笑う生徒たちの声が聞こえる。もう顔から火が出るかと思うぐらい恥ずかしい。


「おのれレオンハルト……!」


 このような尊い決闘を汚すかの行為。断じて許せん!


 あいつは貴族の決闘をなんだと思っているんだ。もっと高潔な行為のはずだぞ。それを相手を笑いものにするとは……!


「なぜ治療魔法が効かんのだ!」


 私は光の属性も持っている。治療魔法も使えるのだが、なぜか尻の火傷には効果が無い。こんなことは初めてだった。


「いづづ……。しかし、私はなぜ負けた……?」


 断じて認めたくはないが、今回の決闘は私の負けだろう。


 本当に認めたくはないが、私は負けたのだ。


 しかし、なぜ負けた?


 レオンハルトはなにをしたんだ?


 私はウォーターウォールで水の壁を張った。レオンハルトの火の魔法は遮断されるはずだ。


 私の尻が燃えたというのもおかしい。


 たしかに前衛の頭上を越えて敵を撃つ曲射という技術はある。だが、難易度が高く命中精度が低いのが一般的だ。


 仮にレオンハルトが曲射の達人であったとしても、私の尻に魔法を命中させることなど可能なのだろうか?


 しかも、器用に私のズボンとパンツだけを燃やすなどというコントロールが可能なのか?


 そしてこれが一番の疑問なのだが、レオンハルトに魔法を使った様子がなかった。


 普通、魔法を使えば、どうしても大気中のマナが乱れる。人はそうして相手の魔法の発動を見抜くのだ。しかし、レオンハルトにはそれがないような気がした。


 ウォーターウォール越しだったから、私が感知できなかっただけか?


「くそ……ッ」


 負けたというのに相手の手の内すらもわからない。完全なる敗北だ。


 私だって今まで懸命に魔法を鍛えてきたのだ。人一倍の努力をした自負はある。


 だが、上には上がいることもわかっている。


 しかし、同い年の、しかも学園に奴隷を連れてくるような根性の腐った奴に負けるとは思いもよらなかった。


「絶対に許さんぞ、レオンハルト……!」

「エンゲルブレヒト? どうしたんだよ、そんな格好で?」


 ようやく男子寮に着いたら、先ほど道案内をしてやった少年と再会した。恥ずかしいところを見られてしまったな……。


「ユリアンか。すまないが、治療魔法を頼めないか? 決闘で怪我をしてしまってな」

「決闘!? どこを怪我したんだ!?」


 くっ! 尻を怪我したなど恥ずかしい……。


「……りだ…………」

「は? どこだって?」

「尻だ……」

「は? 尻?」

「すまないが、ユリアンの部屋に案内してくれないか? そこで治療してもらいたい」


 ユリアンは平民だと言っていた。ならば、一階の部屋が与えられているだろう。


「わかった。肩、貸すぜ?」

「助かる……」


 ユリアンに肩を借りて彼の部屋へと入る。やはりユリアンの部屋は一階にあった。


「ベッドに横になってくれ。すぐに治すからよ」

「頼んだ」


 少し気恥ずかしいものを感じたが男同士だ。オレは素直にユリアンに尻を向けた。


「火傷か? 皮が捲れてるところもあるが、そこまでひどい火傷じゃなさそうだ」

「そうか……」


 ユリアンの言葉に少しだけ安堵する。


「まぁちゃっちゃと治すわ。ヒーリング! ……あれ?」

「どうした?」

「それが……魔法が効かないんだ。なんだか弾かれている気がする。ヒーリング! やっぱりダメだ……」

「全属性のユリアンの魔法でもダメなのか?」


 ユリアンは平民だがすべての属性魔法を操ることができる稀有な存在だ。そんなユリアンの魔法でもダメなのか……。


「悪いが、そうみたいだ……。こんなことは初めてだぜ。まるで呪いだ」

「呪い……」


 レオンハルト、お前はどこまで邪悪な存在なのだ!


「とりあえず冷やすか」

「冷やす? 冷やしてどうなる?」

「知らないのか? 火傷は冷やすと痛みがマシになるんだぜ? まぁ、治療魔法の使えるお貴族様は知らないだろうがな。平民の知恵ってやつだ」


 その後、ユリアンが創り出した氷で尻を冷やしながら、私は今日会ったレオンハルトについてユリアンに聞かせた。


「奴隷か……」


 ユリアンが難しそうな顔で考え込む。


「そうだ。レオンハルトは同い年ほどの少女を奴隷にしているのだ。私は、人はもっと自由であるべきだと思っている。奴隷など許されない」

「そうだな。俺もそう思う。任せろよ、エンゲルブレヒト! 俺が今度、そのレオンハルトって奴をぶっ飛ばしてやる! 尻の礼もたっぷり返してやるさ」

「待て、ユリアン。気持ちは嬉しいが、レオンハルトは危険なんだ」

「危険?」

「ああ、恐ろしく魔法の発動が早いと思われる。感知できないほどだ。そして、曲射の達人だ」

「へぇ」


 だが、ユリアンは私の言葉を聞いても不敵に笑って応えた。


「ちなみにだけど、その奴隷の少女ってかわいかった?」

「ん? ああ、可憐な少女だったが……」

「それだけ聞けりゃあ、あとはやるだけだ!」

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