第30話 エンゲルブレヒトとの決闘

 学園の中庭。オレはエンゲルブレヒトと対峙していた。こいつはどうあってもセリアを奴隷から解放したいようだ。


 しかし、それはできない。


 もし、セリアが王族やオレより上位の貴族によこせと言われたら断り切れなくなるからだ。


 セリアを奴隷から解放して、普通の平民だったとしたら、より上位の貴族の命令に従わないセリアの責任になってしまう。


 だが、オレの奴隷ならオレが申し出を断ればいい。その場合、恨まれるのはオレであってセリアではない。


 オレだって、好き好んでセリアを奴隷にしているわけではない。


 だが、王族がセリアの行方を血眼になって探している状況で、セリアを自由の身にするわけにはいかないのだ。


「退け」

「いいや、退くわけにはいかない。キミの噂はいろいろと聞いているよ。キミにそこのお嬢さんの主人である資格はない」


 こいつは、オレのなにを知っているというのだろうね?


「アショフ様、私は奴隷の身で満足しております。どうか通してはいただけないでしょうか?」

「可憐なお嬢さん、それはキミが自由のすばらしさを知らないからだ。待っていてくれ。すぐにキミを開放してあげよう」


 セリアの言葉にも全く耳を貸さないエンゲルブレヒト。


 そういえば、ゲームでのエンゲルブレヒトも思い立ったら一直線のイノシシみたいな奴だったな……。傍から見ている分には面白い奴だったが、当事者となるとこうも面倒なのか……。


 そんなエンゲルブレヒトは、おもむろに白い手袋を取り出すと、オレに見せつけるように手袋を緩く振ってみせる。


「レオンハルト、キミも貴族ならばこの意味はわかるな?」

「決闘でもするつもりか?」

「そうだ。キミが彼女を開放しないというのなら、私は実力行使に出る。キミも貴族だ。逃げないだろうな?」

「はぁ……」


 なんでこうも血気盛んなんだか……。


 それにこれは主人公のイベントだろ?


 なんでこいつが突っかかってくるんだよ?


「いいだろう。やってやる……」


 オレは釈然としない気持ちを抱えながら頷いた。


「レオンハルト様、私のためにそんな……」

「いいんだ。学園生活でナメられっぱなしというのも面白くないと思っていたところなんだ」

「大きく出たな。水属性が操れる私に勝てるつもりか?」

「楽勝だ」


 オレはエンゲルブレヒトに投げ付けられた手袋を掴むと、投げ返した。


「では、この銀貨が地面に落ちた瞬間から決闘開始だ。死んでも恨むなよ?」

「さっさと済ませよう」

「いいだろう」


 キンッと軽い金属音と共にエンゲルブレヒトの手から弾かれる銀貨。


 それが今――――地面に落ちる!


「ウォーターウォール!」


 エンゲルブレヒトの前に厚さも大きさも申し分ないサッカーゴールのような大きさの水の壁が生まれた。さすがはネームドキャラ。エドガーとは段違いの熟練度だ。


「どうだ? これで火属性しか使えないキミには手も足も出まい? わかったのならすぐに彼女を開放すると言うんだ! 私はキミが言うまで攻撃の手を緩めるつもりはないぞ?」


 だが、その頭はエドガーと同じだったな……。


「はぁ……。帰ろうか、セリア」

「え? あの、よろしいのですか?」

「もう勝負はついてる」


 オレはセリアの手を引いて歩き出す。


「待て! 逃げるつもりか!? それでも……尻が熱い……? あっづ!? 尻が燃え!? あっづ! そうだ、ウォーターウォールの水で! くそ! なぜ火が消えないんだ!? どうなってる!? 熱い! あっづ!」


 エンゲルブレヒトの尻を燃やした犯人。それはオレだ。


 エンゲルブレヒトは懸命にウォーターウォールの水で尻の火を消そうとしているが、オレの炎がそんな下級な魔法で消せるものか。


 のたうち回るエンゲルブレヒトを横目にオレたちは男子寮に向かって歩いていく。


「ま、待て! あっづ! あっづ! なんだこれは!? 頼む消してくれ!」

「そのうち消えるさ。じゃあな」


 心配しなくても燃やしたのはエンゲルブレヒトのズボンとパンツの尻の部分だけだ。他の部分には燃え広がらないので安心してほしい。


 それにしても、初日にエンゲルブレヒトにからまれるとは……。


 エンゲルブレヒトは奴隷制に反対だと言っていたな。平民出身のゲーム主人公にも分け隔てなく接するエンゲルブレヒトらしいが……。かなり迷惑な話だ。


「あの、すみませんでした。私のせいで……」


 自室に戻った後、セリアが深く頭を下げた。


 セリアのせいじゃないのに……。


「セリアはなにも悪くないよ。むしろ、悪いのはオレの方だ。本当なら、オレもセリアを奴隷から解放したい。でも、理由は言えないけど今はそれはできないんだ。許してくれ」


 オレはセリアに向けて頭を下げた。


 オレだって本当はセリアを自由にしたい。でも、それはできないし、その理由を説明することもできない。イフリートとの約束だからな。


「そんな! 頭を上げてください!」

「ああ。だが、ふざけたことを言っているのは自覚しているんだ。本当にすまない……」

「かまいません。私はレオン様の奴隷でよかったと思っていますから」

「え……? な、なんで?」


 セリアは元王族だよ? なんで奴隷でよかったなんて言えるんだ!?


「それはまだ内緒です」


 セリアはそう言って少し赤らめた顔でウインクしてみせた。

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