第25話 焼失
「レオンハルト……ッ!」
「ん?」
クラルヴァイン侯爵家の屋敷。廊下で向かい合うようにエドガーと対峙していた。
というか、エドガーがオレの行く道を阻んでいる形だ。
なにがしたいんだ?
「ウォーターウォール!」
エドガーが魔法を発動し、廊下を遮るように水の壁を創造した。
「ははははははあっはは! 油断したな、レオンハルト! これでお前の負けだ!」
廊下に壊れた蓄音機のようなエドガーの勝ち誇った笑いが響き渡る。
いったいいつからオレとエドガーは勝負をしていたのだろうか?
エドガーの笑いに釣られたのか、廊下にはちらほらと使用人が姿を現す。その中にはセリアの姿もあった。
「レオンハルト! お前は火の魔法しか使えない! 水の魔法を使える俺には勝てないんだよお! ははっ! そして、ウォーターウォールを張った俺には、お前の剣は届かない! 俺の完全勝利だ!」
「あー……うん……」
見物人が集まってテンションが上がったのか、エドガーが聞いてもいないのにネタバラシを始める。
たしかに、火の魔法は氷の魔法に強く、水の魔法に弱い。属性の相克関係ではそうなっている。それに、魔法の壁を廊下いっぱいに張った以上、オレはエドガーに近づくこともできない。
そう思っているのだろう。
ここはエドガーに華を持たせてやるか?
エドガーは次期侯爵だし、あまり実家と対立するのはよろしくない。お小遣い止められたらオレが干上がっちゃうからね。まだダンジョンで安定して稼げるほど潜れていないんだ。
オレは手を腹の前に上げて拍手しようとした瞬間だった。
「これで俺の方が偉いと、強いとわかっただろう? この前のは、卑怯な不意打ちを喰らっただけだ! さあ、俺への忠誠の証として奴隷をよこせ!」
「あ?」
さっきまで考えていたエドガーへの賛辞など放り投げ、オレはエドガーを睨む。
こいつは言ってはならないことを言った。
「そ、そんなに睨んだってもう勝負はついてるんだ! 痛い目を見たくなければ、俺に奴隷を――――ひぃっ!?」
轟ッ!!!
その瞬間、廊下を遮るように張られていた水の壁が炎の壁になる。オレがエドガーの魔法を塗り潰したのだ。
「黙って聞いていればナメたことを言う。エドガー、オレはね、お前とは仲良くしてやってもいいと思っていた。だが、お前は禁忌に触れた。一度は警告してやったのに、お前はそれを無視した。その代償を払ってもらう」
「な、なにがどうなって!? ウォーターウォールはどうしたんだ!? え!? ちょ、ちょっと待ってよ!? 警告? 代償? なんのことだ!?」
まだ状況がわからないらしいエドガー。こんなのが次期侯爵とか、クラルヴァイン侯爵家は大丈夫かな?
まぁ、今のオレには知ったことではないが。
「お前の左手の小指を貰おう。それで今回の発言は不問にしてやる」
「は!? お前はなにを――――ぎゃああああああああああああああああああ!?」
一瞬で燃え上がり、灰になるエドガーの左手の小指。この傷は永遠だ。たとえどんな回復魔法だろうと、どんな高級なポーションだろうと、小指がまた生えてくることは決してない。
オレが腕を払うと、廊下を遮っていたファイアウォールがまるで宙に溶けるように姿を消した。
廊下には焦げ目一つもない。なにを燃やすか、なにを燃やさないのか、それぐらいの判別など朝飯前だ。
「あ、あ、あ、あ……。お、俺の指、指がアあああああああああああああああ!?」
左手を抱くようにして泣くエドガー。
そしてそれを見下ろすオレ。
使用人たちは息を呑んだように物音一つ立てずオレたちを見ていた。
◇
「失礼します」
この騒ぎは早くも当主であるアルトゥルの知るところとなり、オレはアルトゥルの執務室に呼ばれた。
執務室にはアルトゥルと母親であるベネディクタ。そしてベネディクタに抱かれるようにしてエドガーがぐすぐすと泣いていた。
まぁ、家族会議だね。面倒なことこの上ない。
アルトゥルは緊張した面持ちで口を開く。
「レオンハルト……。なぜ呼ばれたかはわかるな?」
「わかっているつもりです」
「そうか。まず、エドガーの失われた小指が回復しない。魔法もポーションもダメだった。念のため、呪いの可能性も考えたが、解呪の魔法にも反応はない。もうお手上げだ。お前はなにをしたんだ? どうすれば元に戻る?」
「エドガーの小指の存在そのものを焼き尽くしました。もう戻りませんよ」
エドガーの左手の小指。オレはその存在ごと焼き尽くした。
魔法やポーションで欠損した部分が元に戻るのは、魂に刻まれた体の設計図を参照して体を治すからだ。
しかし、オレはエドガーの魂の設計図から左手の小指の存在そのものを抹消した。もうどうやってもエドガーの指を治す手段はない。普通の手段では。
「そんな……」
オレの言葉を聞いて、エドガーが泣き崩れる。それだけ指を失ったことがショックなのだろう。
まぁ、ショックなのはわかるが、自業自得だ。
泣き崩れたエドガーを支えるようにしていたベネディクタが、オレをものすごい表情で睨んでいた。
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