第29話 散策



北平帝国弁務官区 首都マルクカ




ソラ「……大きな動揺は無いようだな」



千代「はい。当初は混乱が各地で見られましたが、時間と共に落ち着いたようで」



ソラ「三か月も経ったからな。市民も慣れてきたころだろう」



帝国がへイヴリ共和国とウオゲント連盟の二勢力を併合してから三カ月が経った。

ソラは予定通り、帝国弁務官区の様子を視察に来ていた。



新国家が現れたかと思いきや自国を併合し、統治者の変更やレジスタンスの活動で各地の街や村では混乱が見られたが、政策の効果や時間経過などにより、次第に安定を取り戻していった。



石畳の幅広い大通りを二人は歩く。

道沿いには数多の商店が立ち並んでいる。

宝石、家具、服、食べ物などが店で売られ、それを求めて市民が店内に入っていく。



道行く人々の喧騒で賑わっており、植民地にされたとは思えない場所だ。

ソラは、その中をいつものように黒い外套にとんび合羽を羽織っているため、悪目立ちしている。

気にする様子は全く見せていないが。



ソラ「この様子なら、この調子で統治を続けても問題はないだろう」



千代「ええ。……それで、新たに手に入れた領土は、どのように利用なさるのですか?」



ソラ「ん~……資源には困っていないし、工場を建てるにも技術の漏洩が問題だ。どうするかね……」



千代「利用方法は考えてあると言ったのは噓ですか?」



ソラ「当然」



ジト目でソラを見つめる千代。ソラは気にも留めず街を眺める。



ソラ「……ん?」



そのまま歩くこと数時間。

途中の店で昼飯を済ませ、視察を再開。

街の郊外も見に行こうとした時に、それが目に入る。



ソラ「あれは……」



千代「……スラム、ですね」



大通りとは大きく異なり、粗末でボロボロな家、ゴミがそこかしこに転がり、幾人かは道に倒れている。寝ているのか気絶しているのか、はたまた……。



ソラ「報告書にあったな。すっかり忘れていた」



千代「ここは通らないほうが良いかと。危険です」



頭を掻きながらスラムの様子を眺めるソラをの前に立ち、通せんぼをする千代。



ソラ「……いや、行こう」



千代「閣下!」



そんな千代を素通りしてスラムへと向かうソラ。

千代はその後を仕方なくついていく。



ソラ「そもそも、この視察は俺自身の目で様子を確かめることが目的だ。護衛もつけているから大丈夫。何かあれば、彼らが対処するさ」



そう言いながら、道を歩いていく。

時折、道を歩く人もいたものの、彼彼女らもみすぼらしい服を着て、容姿も汚く、栄養も十分に取れていないのか頬がこけていた。



ソラ「……」



目を窄め、黙って歩いていく。

千代はソラの様子を見て、邪魔をしないよう口を閉ざしたままだ。



歩くこと十数分。

スラムの中深くに入り、大まかな状態を把握していった時。



ソラ「……教会か?これは」



千代「恐らく」



スラムの真ん中に、ギャップのように空間ができていた。

だが、そこには一つの建物があった。

スラムの家は土で固めたものや木材が中心で出来ていたが、それは石造り。

明らかに浮いている。



見た所、建物の形は正方形。正面には大きな木製の扉がある。

建物の上には宗教のシンボルマークなのだろう。大きな丸があり、そのなかに目のような丸、そこから放射線状に線が広がったものを組み合わせものがついている。

スラムだけでなく、街の家の窓は全て木の扉がついており、硝子を使用した窓は無かった。だが、この建物は硝子窓がついており、他のものとは一味違うことがわかる。



ソラ「宗教関連は面倒だぞ。勘弁してほしいが……」



千代「ここでは宗教の力が弱いので、ありがたいですね」



大陸北部が中心だが、一部中央にも諜報員が出向いて情報を集めている。

彼らの報告によれば、大陸北部は宗教への求心力が弱く、力を持っていないことが分かっている。だが、中央になると話は変わり、宗教の力で国家を維持するところもあり、中には聖職者が実権を握る国もあるとのこと。



ソラ「ここも旭望教会か……本当に一つしかないのか?」



旭望教会

太陽と月から名を取り、この二つを信仰する宗教団体。

ヴァルマイヤート大陸で一大勢力を築き、他の宗教を淘汰している。



千代「そうみたいですね」



木製の大扉をゆっくりと開け、中を覗く。

そこには耶蘇教の教会と同じように、中央には木の床の上に絨毯が敷かれて道ができ、左右に長椅子を配置。絨毯の先には旭望教会のシンボルマークが立てられている。

シンボルマークを照らすように、奥の壁にある硝子窓から日の光が差し込んでいる。

奥の方の左右の壁には扉が一つずつある。



椅子には多くの子供たちが座り、膝に手を置き目を閉じている。

シンボルマークの隣には白い布の服を着て、首からシンボルマークと同じ首飾りをかけている美しい女性が立ち、子供たちと同じく目を閉じている。祈りを捧げている途中だろうか。



?「……?どうされました?あなた方も、祈りを捧げに?」



女性は目を開けると、扉に二人が立っているのに気づいて声をかける。



ソラ「ああいや、スラムの真ん中に教会が建っているのが見えてな。何かと思って入った次第だ」



?「そうでしたか。ああ、お祈りはお終いですよ。ささ、食堂に」



「誰~?」



「行こうよ~」



女性が子供たちに声をかけると子供たちは目を開ける。

二人に気付いた子供たちは疑問の声をあげるが、女性に促されながら左の扉を開けて中に入っていく。



女性は子供たちを移動させると二人のもとへ戻ってきた。



ラミ「私はラミと言います。ここの教会のシスターと孤児院の管理者をやっているものです」



女性は、頭を下げながらラミと名乗った。



ソラ「私はソラという。こっちは千代。私の部下だ」



千代「千代と申します」



ラミ「ここでは何です。ささ、中へどうそ」



二人は自己紹介した後、ラミに促されて教会の中へ入る。

中へ入ると長椅子に腰かけた。



ソラ「子供もいて、孤児院ときたか。あの子達は何故孤児に?」



ソラは座るや否や、ラミに質問した。



ラミ「理由は様々です。親が亡くなって身を寄せる場が無い子、口減らしで送られた子、奴隷でしたが逃げ出してきた子と。ですが、殆どの子はスラム出身です」



ソラ「……なるほど」



”奴隷”という言葉が出た途端、ソラは目を細める。



ラミ「私からも、一つよろしいでしょうか?」



ラミは二人の方を向いて尋ねる。

二人が頷くと、二人の頭から足先まで指をさしながら



ラミ「その恰好から見るに、明らかにスラムの人間ではありませんよね。それどころか、この国の人ですら持っていないでしょう」



と言う。さらに、ラミは二人の目を見つめて



ラミ「お二方は、大和帝国からいらっしゃったのでは?」



そう言った。



ソラ「ああ」



千代「そうです」



二人が認めると、ラミはやはりと言うように頷く。



ラミ「では、帝国政府に関係が?」



ソラ「まあ、帝国は本土と大陸間を民間人が渡航することは原則禁止している最中だからな。大陸に来ている帝国人は皆、政府関係者ではある」



ラミ「やはり……」



ソラの返事に嬉しそうな表情を浮かべるラミ。



すると、ラミは立ち上がって頭を下げた。



ラミ「お願いがあります。無理なお願いであることは承知です。そのうえで、私の頼みを聞いて頂きたいのです」



二人はラミの行動に呆気にとられる。



ソラ「……内容に依るな」



ソラはそう返事する。すると、ラミは頭を上げた。



ラミ「子供たちを、預かってほしいのです」



ソラ「預かる?」



ソラは首を傾げる。



ソラ「一体どうして?」



ラミ「……実は」



ラミはポツポツと話していく。

彼女が言うには、孤児院の経営が困難になり、このままでは路頭に迷うことになりそうだとの事。

ラミ自身、魔法が使えて腕がたつため資金は自分で確保していたが、限界になったようだ。



ラミ「最初はうまくいっていたんですけど、一人で孤児院を経営するのも、次第に限界がきている状態で。お金も目減りしていますし、もはやどうしようもなくて……」



俯きながら拳を握りしめる。試しにミキサーでミックスしたものが不味かった、そんなところである。



千代「あなたは旭望教会のシスターですよね?中央から応援を呼べばよろしいのでは?」



千代がそう言うも、ラミは首を横に振る。



ラミ「私、元々は大陸のもっと南にある聖堂に住んでいたんです。父が旭望教会では地位のある人でしたから、シスターとして育てられてきたんです。ですが、数年前にそこから逃げ出してきて。ですから、下手に応援を呼ぶと連れ戻される可能性がありまして……」



ソラ「……は~。なるほど」



ラミ「加えて、私の父はスラム出身の者を嫌っておりまして。なんでも、炊き出しの最中に襲われて危うく死にかけたとか。そのため、子供たちの面倒を見ることを許してくれるか……」



ソラ「なるほど」



ソラは納得したように頷く。



ラミ「帝国から支援を受けられれば、子供たちは飢えずに済みます。なにより、彼らの帰る場所を無くしたくないんです」



ラミは再び頭を下げる。先ほどよりも深く。



ソラ「いいぞ」



必死にお願いをするラミとは対照的に、すました顔で答えるソラ。

あまりの軽さに驚いて、ラミは頭を上げる。



ソラ「ただ、無条件と言うわけにはいかない。帝国は慈善団体じゃないからな」



ラミ「……わかりました。その条件とは?」



ソラ「簡単だ。持ちうる全ての情報を提供すること。地形、歴史、魔法などなど。何でも良いから、とにかく知っていることを教えてくれ」



ソラは左手の人差し指を立てて言う。

厳しい条件を突きつけられると思って身構えていたラミは拍子抜けしたのか、ポカーンとした表情を見せる。



ソラ「善は急げだ。政庁に行って支援を申請しろ。私からも頼み込むから、素直に言うことを聞いてくれるはずだ」



ラミ「は、はあ……」



ソラは立ち上がり、子供たちが入っていった扉を見つめる。



ソラ「ところで、孤児院の経営が限界を迎え、孤児の世話ができなくなった場合、どうするつもりだった?」



ラミ「……隣町の孤児院に行く予定でした。話はつけてありますから、すぐに受け入れてくれます。ここの孤児院は自分にできることは何かを考えて、試しにやってみた部分がありますので、取り払うことは容易です」



ソラ「そうか」



ラミの答えを聞くと他に用は無いと言わんばかりに、そのまま大きな扉へ向かう。



ソラ「何をしてる?さっさと政庁に行って支援を要請するぞ」



未だ立ち尽くすラミを見て声をかける。

はっとしたラミは、ソラのもとへ向かう。

千代も二人に続いて、彼らは教会をあとにした。










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