第25話 対共和国戦 後
二重帝国東方 へイヴリ共和国軍本陣
「なんとか落としたか……」
「ああ。だが、彼らはまだ戦い続けるつもりらしいな」
二重帝国領へ侵攻を続ける共和国軍は、軍を分散させて城塞を同時に攻撃しながら進撃を続けていた。
戦場を幾つも作ることで、数に劣る二重帝国軍の対応を遅らせながらも効率よく前進することができていた。
たった今も、主力軍が二重帝国側の城を一つ落としたところだ。
城壁が崩れ、あちらこちらに共和国と二重帝国両方の兵の死体が横たわっている。
しかし、劣勢に立たされながら、二重帝国は徹底抗戦を掲げて降伏する素振りを見せない。
それどころか、二重帝国側は主力が到着したことで前線の士気が高まり、抵抗をさらに強めている。敗北するどころか連盟を下したと聞いて、騎士や常備兵、徴募兵だけでなく、各地から農民や冒険者などまでもが金や名誉を求めて義勇兵として戦っている。
勝ち戦のはずが、日々抵抗を続けて苦戦を強いられているという状況に共和国軍の将軍たちは苛立ちを隠せない。
「困ったな……これじゃあ間に合わん」
「謎の軍が共和国南方に侵攻開始したのは約二か月前。報告通りの速度を考えると、下手すれば首都を襲われかねん」
「首都を落とされても抵抗を続けられる気力も国力もないぞ。眼前の二重帝国にすらてこずっているんだ。後ろからグサッと一突きなんてマネは勘弁だ」
本陣で今後の対応を決める将軍たちのもとに、ある一報が届く。
「伝令!」
「ん?何だ?」
将軍たちが話し合っている陣幕のなかに一人の兵士が入ってきた。
彼の手には羊皮紙が握られている。
汗を流しながら、呼吸も乱れ、顔色も悪い。
「ウルフ・ゲーア・タイセン首相より、命令書が」
「首相から?」
彼の持っている紙は首相からのものだった。
軍を率いる総大将が羊皮紙を受け取って内容を読み始める。
黙って読んでいた総大将だったが、だんだん紙を持つ手が震え始め、顔が青白くなっていった。
「どうされました?」
様子が異常だったため、将軍の一人が不安そうな声で総大将に尋ねる。
しばらくの間、口を開かないでいた彼は震えた声で一言。
「降伏だ」
そう言った。
「降伏?一体どういう……」
「負けたのだ……」
総大将の言葉の意味がわからなかったため尋ねてきた将軍の言葉にかぶせて、彼はまた震えた声で言葉を発する。
「今から一週間ほど前、首都が包囲された。相手は南方から来る謎の軍。防衛のための兵はいるが、彼らに比べれば劣勢。完全に包囲されて敗北を悟った首相は首都を無条件で明け渡すと共に降伏。同時に、共和国全土へ敗戦を宣言した……」
そう言うと、総大将は空を仰ぎ見た。
手の震えは収まっていた。
「何十年とかけて我々が築き上げてきた共和国の地位が崩れる、か……」
帝国が義勇軍を派遣してから約八カ月後。
連盟、共和国との戦争が終結し、抵抗を続ける残党を殲滅し終わった後のこと。
二重帝国と連盟、共和国との間に講和条約が結ばれた。
この講和条約は、大陸北西部の勢力均衡を大きく崩すものになる。
二重帝国は多額の賠償金と幾つかの領土割譲、および国宝の譲渡などを盛り込んだ。
ただでさえ、帝国の侵攻で大打撃を受けたうえでのこれである。
国力は大きく低下し、以前のような力を得るには数十年とかかるだろう。
そして、戦争の終結と共に、帝国も動く。
ヴァルマイヤート大陸北西部 ヤガ=ソジャー二重帝国 宮廷
ソラ「いやはや、長旅をしてきた甲斐がありましたよ。我々の国民の活躍をこの目で見ることはできませんでしたが、その結晶を見ることは叶った。感謝を申し上げます。皇帝オリーヴ殿」
オリーヴ「私としても、此度の戦で大きな活躍をみせた貴国に直接お礼を申し上げたいと思っていたところです。こちらからも感謝を。総統ソラ殿」
二重帝国の宮廷で、大和帝国の総統であるソラと、二重帝国の皇帝であるオリーヴが対面した。
普段であれば、玉座の間で対談するはずであったが、オリーヴの要請により違う場で対談は行われていた。
長机を挟み、向かい合うように両者が座っている。
二重帝国側は、皇帝は勿論のこと、財務大臣や宰相といった大臣も全員参加している。
帝国側は、ソラや千代の他、護衛役として三名の男性と外交官数名が参加し、護衛役は二人の背後に立っている。
わざわざソラが二重帝国を訪問したのには理由がある。
それは……
ソラ「こちらは、今回の講和会議の内容には一切口出しはいたしません。しかし、これから貴国との交流やこのヴァルマイヤート大陸での活動を考えると、拠点があったほうが都合がよい。そこで、連盟と共和国の領土を”少々”頂きたいと思うのですが、賛同していただけますか?」
今回の戦争で共和国と連盟は大きな打撃を受け、国家としての力は激減している。
ここに黒船外交を仕掛ければ、帝国側の要求は容易く受け入れられると踏んでいる。
だが、問題となるのは二重帝国である。
未知の存在でありながら、対抗不可能な強大な軍事力を保有するという化け物のような帝国が、自国の隣に領土を持つのは到底受け入れられない。
二重帝国は力の差を考えて断れないだろうが、今後のことを考慮すると、わだかまりは無いほうが良い。
許諾を得たうえで外交を展開すべし。ソラたちはそう判断した。
オリーヴ「……我が国としては、全く問題ありません。そもそも、大陸を支配しようなどという野心は持っておりませんので、貴国との友好的な関係がより強固にでき、交流もしやすくなるのであれば、むしろ喜ばしい限りです。ただ、一応どのあたりを要求するのかさえ知らせていただければ」
そう言って、笑顔を浮かべるオリーヴを見て、ソラもまた笑顔を浮かべる。
ソラ「それはありがたい。では、我々の求める領土はこの地図を見て頂ければ」
ソラは外交官に合図すると、外交官の一人が机の上に地図を広げる。
そこには、講和会議後の連盟と共和国の領土範囲が記されていた。
これを見た二重帝国側は皆、怪訝そうな表情を浮かべる。
オリーヴ「これは、講和会議終了後の連盟と共和国の勢力圏ですか?そちらの求める領土はどこに……?」
ソラ「いえ、厳密には違います」
オリーヴ「違う?」
ソラ「”講和会議終了後の”ではなく、”我々の要求が通った後の”地図です」
オリーヴ「え?」
「なに?」
「どういう?」
ソラの言葉の意味が理解できなかったのか、オリーヴや大臣たちが声を上げて質問する。
ソラは笑みを浮かべながら、
ソラ「帝国は、へイヴリ共和国及びウオゲント連盟全土の割譲を要求するつもりです」
???河帝国 首都惑星樹球 総統官邸
官邸のなかにある大きな部屋。シャンデリアで部屋を照らし、いくつもの絵画が壁に飾られている。
そのなかで、丸い机を囲むように椅子に座っている八人の人がいた。全員の眼には、金色に輝く三本足の烏の模様が浮かんでいる。
?〔で?どうだったのさ?〕
白虎〔どうって?〕
?〔おいおい、わかったことを聞き返すな〕
真っ白で大きなとんがり帽子を被り、腕を組んでいる女性が聞くと、白虎は顔を俯かせながら聞き返す。
二振りの刀を提げた男性がそれを見て口を開く。
?〔枢機閣下の状態だよ。箝口令を敷いて、同胞たちには知らせないようにしてる、あれだ。今じゃ、対応に追われて政治首脳部はバタバタとしてんぜ〕
白虎〔やっぱりか。まあそりゃ、種が絶滅しかねないからね。バタバタするのは当然か……。僕が見た限り、恐らく聖樹波妨害装置が関係してるんじゃないかな〕
?〔はあ?ありゃ何万年も前の遺物でしょ。それに、前の大戦で全て破壊したはず。こういう時は頼りになるとはいえ、あんたの勘違いじゃないの?〕
白虎の向かいに座る、椅子の笠木に左腕の肘をかけた長髪の女性が、カップに入った飲み物を飲みながら答える。
白虎はそれを見て、椅子の下に置いてあった鞄から数枚の紙を取り出すと机に置いた。
白虎〔転移を終わらせた後、本部に戻って調査員を派遣するよう頼んだ。この二人は送られた調査員だね〕
二枚の紙を持ってわかりやすいように皆に見せる。
そこには、釣り目とたれ目の二人の男性に関する情報が書かれていた。
?〔ああ、あの二人か。これなら過剰戦力だね〕
?〔で、残りの奴が報告資料か〕
白虎〔そうそう〕
白虎は資料をユラユラと揺らし、その中の一枚だけを持つと、文章の中の一部を指さして言う。
白虎〔あの二人からの報告資料でも、聖樹波妨害装置のことが言及されてる。予測の域を超えないけど、多分間違いないんじゃないかな〕
?〔……そうかい。となると、それの存在は確定としたうえで動いたほうが良いな〕
白衣を身にまとい、白銀のような髪を後ろに流した妙齢の女性が、か細い声を出す。
その隣にいる大男がため息を吐く。
?〔あ~あ。また奴らと戦うのか?勘弁してくれよな……。しゃあねえ、それじゃ向かうか。オストラントに〕
顔の左側に切り傷がある彼がそう言って立ちあがると、残り七人も立ちあがって部屋を後にする。
キーという扉の閉まる音がなり、静寂が訪れた。
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