第23話 帝国の初陣 対共和国戦 前
ヴァルマイヤート大陸 二重帝国とへイヴリ共和国との国境部 カサフールエ平野
青く晴れ渡る空。そよ風が吹き、木々の葉が揺れる。平野にはいくつかの木が生えており、青々と茂ったそれらの木は、その枝にたわわに実った果実をつけている。
二重帝国とへイヴリ共和国との国境地帯に広がるカサフールエ平野はのどかな場所で、平時には周辺の村からやってきた子供たちが枝や木の実の採集に来たり、ここで走り回って遊ぶ光景が見られる。
今、ここにいる人は皆、武器を持ち、隊列をつくって進むへイヴリ共和国の軍であった。
「このまま進めば、後数時間で二重帝国の城に着くはず。本当にうまく行くんだろうな?」
「恐らく大丈夫だ。戦線を二つも抱えた以上、いくら大国とはいえ厳しいものがあるだろう」
軍旗を押し立て、いくつかの集団をつくる軍の一番前には、馬に乗り、華美で立派な鎧を着こむ複数の男性が話し合っている。
「だが、あの『女帝』がいるんだぞ?勝てはするかもしれんが、とんでもない爆弾を抱えているかもしれん。それで痛手を負う可能性もあろうに」
「わかっている。だから、斥候は通常の倍近く放ち、敵軍の状況を常に探らせている。もうしばらくすれば、斥候からの定時報告がくるはずだ。それを待つとしよう」
「……何もなければ良いが」
「おい、どこの誰だ?大丈夫だ、なんて言った奴」
「お前だ。馬鹿野郎」
共和国軍が侵攻を始めてから一か月が経過したころ、彼らは想定よりも激しい抵抗に苦戦を強いられていた。
「ああ!鬱陶しい!腹が立つ!」
「まあ落ち着け。だが、腹が立つのは確かだ。鬱陶しいことこの上ないし、地味に効く」
二重帝国軍は共和国軍に比べて数が少ない。また防御側が有利とはいえ、防御側は戦場が選べないという点では不利である。
ただでさえ数が少ないのに、各地の城に防衛用の兵を配備するとなると、動かせる部隊は非常に限られてくる。
そのため、攻撃用の部隊は騎兵を中心にした快速部隊にしたうえで、ベトナム戦争でも使われたゲリラ戦術をとることにした。
侵攻経路の森に伏兵を用意し、進む敵に向かって矢を射かけたり、落石で攻撃したりなどで足止め。
また、輜重隊を発見次第、最優先で攻撃して物資を奪取、できなければ焼き払うことで嫌がらせ。
挙句の果てには、夜寝静まったところに陣太鼓の音を響かせ、起きた所で鳴り止ませる。落ち着いて寝た所で、再び陣太鼓を鳴らす。
こんなことをされては、ストレスがマッハを超えて光速で溜まる。
「兵に鬱憤がたまりすぎてる。喧嘩が絶えないせいで、連携が取れなくなってるぞ」
「一戦交えることができれば勝利の美酒に酔えるだろうが、なかなか上手くいかんな」
いくつか城を落とし、町や村も占領してはいるが、城の兵は時間稼ぎをするよう命じられているのか、少し戦っては夜のうちに逃げ出し、戦利品を得ようとしてもめぼしいものは無く、町や村では避難が完了しているのか人の気配はない。
さらには、そこにある食料や水には毒が仕込まれていたようで、勝手に略奪して飲食した兵が腹を下したり、最悪死亡したりする事例が幾度も出ている。
「覚悟はしていたが、ここまでとはな……」
「今までの敵とは格が違う。どんな手を使ってでも足止めするつもりだな」
「とにかく、優勢なのはこちらの方だ。行けるとこまで行って講和、という当初の予定は崩さないようにするか」
「ああ。それにしたって、この様子じゃ、少し力を削ったくらいで二重帝国が揺らぐとは思えんな」
「女帝の力があまりにも強すぎるからな。敗戦したとしても、その対応は効果的で大きく領土を削られることなく終戦を迎えたとかで、また株が上がるんじゃないか?」
「一番厄介なのは無能な味方だとは言うが、それが無い状態では優秀な敵が厄介極まるな」
へイヴリ共和国が今戦争に首を突っ込んだのには当然理由がある。
端的に言えば、二重帝国の力を削ぐためである。
以前までは、周辺に大国と呼べる国家はなく、へイヴリ共和国が肩で風を切るような状態だったが、二重帝国が拡大政策を続け、大国となるほどの領土を持つようになった。
勿論、妨害工作はしていたが、大胆に、表立ってできるわけもなく、間接的な介入をしていた。
国境が接するようになってからは直接介入の機会を窺い、今こうしてその機会を有効活用しようとしているのである。
最も、その機会が反転して、共和国を滅ぼそうとしているのであるが……
へイヴリ共和国 首都へイヴリ 官邸
?「ヤガ戦線の様子は?」
椅子に座り、眼鏡を掛けた中年の男性が軍務大臣に聞く。
彼はへイヴリ共和国の首相ウルフ・ゲーア・タイセン。二重帝国侵攻を開始したその人である。
軍務大臣は少し間をおいて答える。
「二重帝国軍は各地で抵抗を続けています。報告によれば、輜重隊への襲撃や毒を仕込んだり、夜中に陣太鼓を鳴らしたりなど、嫌がらせを継続しているようでして。前線の兵の士気は急速に下がっています。こちらが優勢であるのには変わりませんが、一度負けると形勢が逆転する可能性があります」
ウルフ「……そう、か……外務大臣、二重帝国との停戦の件はどうなっている?」
ウルフはどこか縋るような、しかし何か諦めたような複雑な表情をしている。
「……こちらからの停戦要求は拒否されているばかりです。彼らは恐らく、何かしら戦利品を得て講和する気なのでしょう。もしくは、何か策があるのか……」
ウルフはその言葉を聞くと椅子に深く腰掛けて
ウルフ「…………前進できてはいる。講和会議では、いくらか領土を削れるだろう。だが、連盟は謎の軍との交戦で痛手を負ったと聞く。もし彼らが負け、かの軍がこちらに来るようなことになれば……」
ウルフは大きくため息を吐くと
ウルフ「二重帝国との講和を急げ。想定外の出来事が思ったよりも大きすぎる。敵の継戦能力に大きな打撃を与えられていない故、長期戦になる可能性がある。短期決戦で終わらせようと大部隊を進めたのが仇となるやもしれん……」
そう言うウルフの表情には悲壮感が窺える。
拳を握りながら、顔を俯せた。
ヴァルマイヤート大陸 とあるウオゲント連盟加盟国 帝国占領地
ウオゲント連盟の加盟国で、へイヴリ共和国と国境を接しているという、共和国への侵攻発起点にするには絶好の国がある。
その国は停戦条約で、帝国軍に軍事通行権を渡すように要求されたために、国内を通行することができるようになっているのだ。
その国の中でも、共和国との国境付近を占領地としており、そこを整備して基地にしていた。
「軍の状況は?」
「万全です。すぐにでも動かせます」
「……わかった」
基地内の大きな部屋で、数人の軍人が話をしていた。
部屋の中には、森長可と那須与一の姿もある。
二人は扉付近の壁に背中をつけて立っていた。
主要メンバーが全員揃ったことを確認した大将は口を開き、作戦を告げる。
「さて諸君、約三カ月で連盟と停戦し勝利したわけだが、戦争が終わったわけではない。へイヴリ共和国が残っているからだ。先日、本国から補給物資が送られてきたため、大胆な作戦に出ることができる。というわけで、作戦の最終確認を行う」
現在、へイヴリ共和国は二重帝国と交戦しており、侵攻を続ける共和国軍を二重帝国軍が遅滞戦闘をもって足止めしている状況にある。
ウオゲント連盟に派遣していた二重帝国軍の主力は共和国軍の足止めに加わろうと北東に進んでいる。
二重帝国が連盟と停戦したとあらば、共和国軍は撤退し防衛線を展開する可能性が高い。しかし、共和国は大国とあって軍量はある。技術差が大きく開いているとはいえ、数の力で津波の如く押し寄せられては甚大な被害を出す恐れがある。
故に、共和国軍主力が二重帝国領へ侵攻している内に脳を潰す作戦をとる。
帝国軍は共和国南西部近くの帝国占領地に駐屯中。
へイヴリ共和国軍の主力は二重帝国の東方で侵攻中。
二重帝国軍主力は東方で防衛を行うために移動中。
共和国中央には首都へイヴリがあり、それを囲むように城塞が各地に転々とある。
重要なのは、二重帝国がどれだけ継戦能力を維持できるか、という点にある。
未だ防衛を続け、共和国軍を翻弄していると言っても、戦費の拡大や負傷者が増加などの要因により均衡が崩れる可能性は十分に考えられる。
連盟を倒すことに成功したものの、せっかくの初陣を敗北で幕を下ろすのも癪ではある。
二重帝国に恩を売ることも、大陸に活動拠点を築くこともできる良い機会を逃すわけにはいかない。
ならばどうするか。
短期決戦で挑むが吉である。
大和帝国と二重帝国による、共和国への大規模反攻が始まる。
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