第20話 帝国の初陣 対連盟戦 前


二重帝国南方 とある森



?「………………」



?「………………」



大きな木々が生い茂り、穏やかな風が吹く森の中。



そこには、二人の人影があった。



?「長可殿!あとどれほどで到着かわかりまするか!」



地上を凄まじい速さで走る、鎧を着て槍を持つ男性に問いかける。



長可「あと少しで到着のはずだ!全く、上も急なもんだな。そうは思わんか?与一殿!」



長可と呼ばれた男性は、木の枝から木の枝へ飛んで移動する、弓を持つ長髪の男性へ返す。



与一「仕方ないでしょう!我らが着いてすぐに戦争が始まったのであるからなあ!それを言うのは野暮というやつですよ!」



長可「それもそうだな!……お!見えたぞ!」



二人が話していると森から抜けて、高い崖となったような場所へ着いた。



彼らの上には、月が明るく輝いている。



二人の眼前には平野が広がり、平野の中心には明かりの灯る大きな砦が、遠くながらも見える。



砦の外壁には松明を持った衛兵が何人も巡回している様子が確認できる。



長可「さてと!暴れるとするか!」



長可は持っている槍を振り回す。



与一「長可殿、本来の目的を忘れてはおりませんな?」



与一は暴走しようとする長可を見て呆れた様子だ。



二人は暫く大きな砦を見ていたが、顔を見合わせると一斉に砦に向かって走り出す。



彼らの姿は一瞬のうちに見えなくなった。



少しすると、砦から大きな音が何度も響き始めた。











二重帝国南部 とある街郊外 南方戦線総司令部



「そうか!上手くいったか!よしよし、これならば暫く耐えることができるな」



「一時はどうなることかと思ったが、何事もなく済んで良かったな」



「増援が来るまで後一週間。山場は乗り越えたか」



二重帝国南部のとある街郊外。そこには、多くの天幕が張られており、戦車やトラックなどが停められている。



中心の大きな天幕には、人の頭が入りそうなほどの箱がある机を数人が囲んでいる。



「平野少将、アミレシア平原の様子は?」



椅子に座った、南方戦線を担当する大将が聞く。



「何とか、という感じですね。先日始まったウオゲント連盟軍の大規模侵攻を正面から受け止め、敵に大損害を与えましたが、こちらもそれなりに損害を被りました。補充をしようにも本国からの増援が到着していませんので、一度撤退し、ゲリラ戦術を採用して現存する兵力で敵を妨害する作戦へと移行しています。既に、アミレシア平原を突破した敵は南方のサブンダン城、オブ城を包囲しています」



少将は損害が記録されたリストを大将へと渡す。



「……ふ~む。思ったより深刻だな」



リストを見た大将は眉を顰める。



「やはり、戦力が足らぬな。これだけの量ではどうにもならん」



「とはいえ、敵さんには、これらの城を短期間で落とせるほどの余裕はないだろう。先ほどの奇襲で指揮官を多数失い、統制もとれていない様子だからな」



大将からは不安そうな、ある少将からは余裕が感じられる。



二重帝国の南方に広がるアミレシア平原では、二重帝国侵攻を目的とするウオゲント連盟加盟国の軍が進軍してきており、これを迎え撃つために軍を展開したのだ。

しかし、魔法という未知の攻撃をしてくるのに加え、陣地構築もまともに済んでおらず、弾着観測を行う偵察機もいない。

さらには、地形もよくわかっていないため、奇襲もたびたび受けている。

また、物資を運んでくる船も、離れた港に停泊するしかないために、弾薬の消費を最小限にでき、なおかつ戦力として運用できる最低限の部隊しか派遣されていないのが現状である。



彼らが話していると、天幕に入ってくる人物が二人。



与一「やっほー!どんな感じ?」



長可「はあ……こちらはもう動けるぞ。任務はあるか?」



まるで遊びに来たと言わんばかりの雰囲気を出している与一。対して、そんな与一を見てため息を吐く長可。



任務から帰還後、二人は体に付いた赤い模様を落とすと、少しばかりの睡眠を採ったばかりである。



二人とも元気そうだ。



「おお!与一殿に長可殿か!君たちのおかげで戦線維持が容易になった。助かったよ」



嬉しそうな様子の大将は続ける。



「今のところ、新たな任務は無い。だが、一週間程後に本国からの援軍である二個師団が到着する予定だ。その際には再び暴れてもらうだろう。そうだな……それまでは不定期に敵を奇襲してもらい、気を削いでくれるか?」



与一「おっけ~!奇襲は得意だからね。任せてよ。それじゃ、早速向かうとしようか。長可殿?」



楽しそうな与一とは対照的に、少し困った顔をする長可。



長可「奇襲か……できないことは無いが、ちと苦手でな。乱波のように動くことはできん」



与一「長可殿は槍を振り回して暴れることを得意としておられる。例の如く、後ろで待っていただき、不測の事態に備えていただこう」



長可「……致し方なし……か。相分かった。それでは大将殿。行ってまいります」



大将に向かって一礼すると、二人は敵を探しに向かった。



その姿はもう視認できない。



「……相も変わらず、恐ろしい身体能力だ」



それを見ていたある少将がポツリと呟く。



「あれほどの能力を持っている人間が『忘却機関』にはゴロゴロといるって話だ。帝国軍としては非常に心強いが、敵さんからしたら恐怖の塊だろう」





『忘却機関』


与一や長可などの、強力な能力を持つ召喚された人物が所属する、情報省の管轄下にある機関。


一般的な人間とは能力が規格外のため、効率的な運用ができるよう設立された。


また、魔法の行使が可能な者や特殊な能力を持つ者も所属しており、研究や隠密行動も兼ねている。






「二個師団に『忘却機関』…………ふっ。これでは、義勇軍の域を軽く超えているな」



そう言った中将の言葉に、大将は笑う。



「ははは!固より、二重帝国への義勇軍ではなく対連盟、共和国戦争。それも本格的な。なにせ、帝国からすれば初陣な上、この戦争に勝てば二重帝国へ恩が売れ、大陸での活動拠点が手に入る。本国からの、この<援軍を用い連盟及び共和国に打ち勝ち、これを占領せよ>という指令書はそれを目指しているんだろう」



大和帝国の義勇軍、いや、帝国陸軍が二重帝国に派遣されているのには理由がある。



それは、今から二週間ほど前に遡る。














二週間前 ヤガ=ソジャー二重帝国 首都ヤガ



大和帝国、二重帝国双方の説明を終え、交渉に入った時から事態は動く。



交渉の席に着いた大和帝国使者は要求を伝えたが、それが二重帝国の面々を驚かせた。



オリーヴ「……軍事同盟……ですか……」



「はい。我が国には同盟国がいませんので、大国である貴国と同盟を結べられればと」



要求の中の軍事同盟締結。二重帝国は技術協定や貿易協定を締結できれば御の字だと考えており、軍事同盟は半ば諦めていた。



それが帝国側から提案され、驚きを隠せていない様子。



しかし、同時に疑惑も湧く。



二重帝国側は、素直に喜べていない者が多数を占めていた。



オリーヴ「……我が国としましては非常に喜ばしい提案ではありますが。実を言いますと、我が国ヤガ=ソジャー二重帝国は南方のウオゲント連盟及び東方のへイヴリ共和国と戦争状態に突入しており、その戦争に貴国を巻き込んでしまう可能性がございますが……」



オリーヴが意を決して言うと、二重帝国側の者は目を開いてオリーヴを見る。



帝国の使者は顔を変えず立ったままだ。使者は一瞬間をおいて答える。



「その点はお気になさらず。我が国の兵は精強にして規律があります。……そうですね……」



少し考えこんでいる使者に、後ろにいた別の使者が耳打ちする。



「……成程、どうやら先ほどの話を聞き、我が国の勇気ある者たちが決起したようで」



使者が笑みを浮かべて言う。



「連れてきたものたちの一部数千人、及び本国にいる者たちが義勇軍として貴国に支援すると表明したらしく、現在この国に援軍として向かっております」



使者の言葉に、場がざわつく。



「軍事同盟に関しましては、此度の戦争が終結してから、でよろしいですか?」



オリーヴは少し間を置いて頷いて、これを是とした。



オリーヴの眼は使者だけを見ておらず、その頬には数滴の汗が流れていた。














二重帝国南部 とある街 南方戦線総司令部



一週間が過ぎ、大和帝国本国からの増援二個師団が到着。数日かけて前線に到着して態勢を整え、本格的な攻勢が始まる。



ここ総司令部では、立案された作戦の最終確認が行われていた。




「さて、作戦の最終確認をしよう」




大将が音頭をとる。




「まずは現状確認からだ。我が軍の戦力は機甲師団が一個と機械化歩兵が二個の三個師団、約四万人だ。対する連盟側は、約六十万程度だと思われる。だが、彼らは、ここから南にある大要塞のサブンダン城に四十万、サブンダン城から西にあるオブ城に二十万と二つの城に戦力を分けている。加えて、彼らは一か所に密集している」



大将はここまで言うと、自信ありげな笑みを浮かべ



「はっきり言って、今回の戦いはあっさり終わるかもしれんぞ。まず、形成作戦として……」



対連盟戦の作戦を要約すると以下となる。



壱。連盟軍は、サブンダン城とオブ城の二つの城に戦力を割いているため、各個撃破を狙う。強固な要塞で、かつ多くの守備隊が守るサブンダン城は、ある程度は耐えられると予想されるため、比較的守備隊も少なく、防御も脆いオブ城にまとわりつく敵を倒す。

オブ城周辺は平地が広がり、戦車での機動戦に向いていることから、機甲師団は二手に分かれて進軍。敵を迂回して側面に回る。

その後、正面から攻撃する機械化歩兵に合わせ、側面から戦車で進行し、半包囲の状態を作り出す。

敵を後退させながら、その数を減らす。



弐。オブ城での戦闘後は東に転進する。サブンダン城周辺は、丘や森があるために戦車では行きにくい。そのため、機械化歩兵がサブンダン城の守備隊と連携し、神出鬼没的に攻撃を加えながら時間を稼ぐ。

機甲師団は各地に散開し、物資集積地を補給路を寸断させて、敵を干上がらせる。



参。一度合流して状態を立て直した後、再度アミレシア平原で防衛線を張って決戦をする。



肆。決戦で勝利した後は、潰走する敵を追撃しながら各国の首都へ進軍し、降伏へ追い込む。





「以上が作戦となる。アミレシア平原での損害で、敵は我々を脅威に感じているはず。加えて……」



大将は二人を見る。



「与一殿と長可殿の活躍により、敵軍の司令官は軒並み始末されたため、易々とは動けまい。現在二つの城に駐屯する戦力が敵の主力だと思われるため、これを殲滅すれば、大半の国の国土はがら空き。占領は容易だろう」



長可はふっと笑い、槍を力を込めて握る。



長可「何十万の大軍は強力だが、大軍であるが故に頭を切られれば体は動かなくなりやすい。更に、連盟は幾つもの国の集合体。総大将を決めるのも容易ではあるまいて」



与一「主力であるなら、消滅させれば大打撃……いや~、追いつけないなぁ」



大将は皆を見て



「諸君。これは帝国の初陣だ。初陣を栄えある勝利で飾り、大陸中に帝国軍の威光を示す機会だ。圧倒的勝利で終えるぞ」



皆は声を出さなかったが、その目には燃える闘志が宿っていた。






二日後、作戦が発動され、帝国軍による連盟侵攻が始まった。



作戦通り、オブ城へと進む機甲師団は二手に分かれて進軍。全速力で敵側面へと回る。

機械化歩兵は、襲撃を受けていたり、占領下になっていたりする村や町を救援しながら進む。

各部隊が攻撃発起地点に到着し、準備を整えた後、一斉に攻撃を開始した。














オブ城周辺 ウオゲント連盟軍司令部



「くそっ!」



オブ城周辺にある少し平らな場所に陣を構え、そこを司令部としている。ひと際大きな幕の中には、長方形の机に椅子が並んでいる。

上座にあたるところに、煌びやかな服を身にまとう大柄な男が座っているが、彼は苛立ちを隠そうともせず、拳を机に力一杯振り下ろす。

その大きな音に、周りにいる人たちは体をビクッ!とさせ、彼の顔を窺う。



「閣下、落ち着いてください」



「まだ負けてはいないのです。時間がかかるのは想定した通りです」



「黙れ!」



宥めようとする配下たちを一蹴する。



「オブ城はサブンダン城と比べ、防備が薄いはずだ!二十万で囲んで、これほどまで時間がかかるとは、一体どういうことだ!それに、あの謎の軍が未だに健在なのも、懸念事項であることは変わらない。アミレシア平原の戦いで一番被害が被ったのは、我が国の軍、それも私の子飼いの軍だ!落ち着いていられるわけがない」



そう言う彼は、唇を噛み、振り下ろした拳をワナワナと震わせている。

彼は連盟軍約二十万を率いる大将であり、オブ城の攻略の指揮を執っているが、これが不調であることやアミレシア平原で痛手を負ったことで機嫌を損ねていた。

彼はキッと配下を睨みつけて



「他国の将は?何をしている」



睨みつけられた配下は汗を垂らしながらも答える。



「はっ!現場視察だと言って、前線の様子を見ています。最前線は小康状態ですので、今のうちに整備を進め、次の攻撃に備える、という人が大半です。中には、身内で集まって談笑をしている者も」



「……こちらの気も知らずに、暢気なものだな」



ため息を吐いて落ち着くと、



「ともかく、早急にオブ城を落としてサブンダン城へ援護に向かうぞ。ここは前座だ。こんなところで時間と兵を無駄にしているわけには……」



彼が命令を下しているとき、どこからともなく爆発音が次々に鳴り響いた。



「なんだ!敵襲か!確認を早く……」



「大変です!」



部下を確認を走らせようとしたその時、慌てた様子で、幕に一人の兵が入ってきた。



「オブ城左右の平原から、あの謎の軍と思しき部隊が接近し攻撃!また、城後方からも敵が出現!半包囲されています!」












「逃げろ!逃げるんだ!剣も槍も効かん!」



「た、たすけ……」



「話が違うぞ!どうなっているんだ!」



オブ城の後方から進む機械化歩兵の集団は、城を囲む敵を一網打尽にし、戦果を拡大させていた。



「第五〇四小隊は前進せよ。第五一三小隊と連携して目標地点を制圧後、更に前進して敵を追い込め」



「進め!速度が命だ!体制を整えさせるな!」



「魔法師がいる!先に片づけろ!」



剣や槍はそのリーチが届く前に銃撃で無効化されるが、矢や魔法は遠距離からでも攻撃できるうえ、魔法の中には装甲車にも有効なものがあるため、弓兵や魔法師は最優先で始末するように言われている。



歩兵はそれらを銃撃しながら前進して敵を倒し、装甲車は備え付けてある機関銃で敵を薙ぎ払いながら奥深くへ浸透し、攪乱する。



「逃げろー!轢き殺されるぞ!」



「あの筒がこっちを向いたら終わりだ!」



オブ城後方は歩兵部隊によって壊滅状態となっている中、機甲師団がいる側面はどうか。

ここでは、一方的な虐殺が行われていた。



ウオゲント連盟軍は数が多いとはいえど、積み重ねてきた経験が違う。



塹壕やチェコの針鼠もない平野部のため、戦車は縦横無尽に走り回っている。

更に、塹壕がないことが意味するのは、キャタピラから逃れられる安全地帯がないこと。



塹壕のなかに隠れれば、キャタピラにひき潰されることもなかっただろうが、それもない状況では、歩兵たちは逃げ回るしかない。



潰されないよう逃げ回る敵兵の集団に榴弾をあて、機関銃で掃射し、転んでしまった不運な兵はキャタピラで潰される。



戦車の後ろを装甲車が追随し、同じく魔法師を重点的に攻撃する。



また、オブ城遥か後方からは、砲兵陣地から絶え間なく砲撃が行われ、地上の観測手のもと、オブ城正面に展開する主力にも攻撃を加える。

騎兵が乗る馬は、経験したこともない謎の爆発音に怯え、あたりを逃げまどい始めた。



かくして、オブ城を取り囲むウオゲント連盟軍約二十万は、戦闘もままならない混乱状態へと陥っていた。



「閣下!どうなさいますか!」



「閣下、ご命令を!」



この様子を、本陣から遠くから見ていた将達は、大将へ指示を仰ぐ。

しばらく茫然自失としていた大将であったが、歯を食いしばり、手から血が出るほど握りしめて、彼にとっては屈辱的な命令を下す。



「……撤退だ。撤退せよ!アミレシアの時より、敵軍は数が多い!このままでは壊滅する!」



大将は止めてある馬へ走って騎乗すると



「物資もなにもかもおいていけ!とにかく逃げろ!サブンダン城にいる本隊と合流する!兵の命を無駄に散らしてはならん!」



そう配下に命令し、馬に鞭うって駆けていった。



「撤退命令だ!撤退!撤退ー!」



「退け!とにかく走れ!」



大将の命令通り、配下たちは全軍に撤退命令を伝達。

それを聞いた兵は一目散に撤退を開始し始めた。



撤退を始めた連盟軍を見て、帝国軍は攻撃の手を強めて追撃を開始。

敵兵が死兵とならないように撤退路は確保させながら、敵の数を減らしていく。






戦いが終わったのは、日が暮れ始めた後だった。



夜明けまで補給と休息をした後、帝国軍は全速力でサブンダン城へ向かった。



撤退する連盟軍の多くが、本国に戻らずにサブンダン城にいる部隊と合流しようとしていることが確認されたため、対策を立てられるうちに攻撃することにしたのだ。



機械化歩兵師団はその速度を活かして進軍。合流しようとする連盟軍を追いかけながらサブンダン城へ急行する。

機甲師団は作戦通り、分散して敵の本隊の補給路や物資集積所を急襲し破壊。

また、国境近くにある敵の城を占領し、援軍が向かえないように足止めしながら、本格的な侵攻の足掛かりの用意をし始めた。



連盟との戦争は終盤へと差し掛かっている。




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