第18話 大陸へ
ヴァルマイヤート大陸 二重帝国北方海域
帝国歴三年
綺麗な青い海が、水平線の向こうまで広がっている。
そんな海の上を、何隻もの船が大陸へ向け進んでいた。
駆逐艦、巡洋艦、戦艦を中心とした編制の艦隊。艦隊中央後方には唯一の空母がいる。
帝国海軍第一準主力艦隊。普段は本土の港に停泊し、有事には主力艦隊が出払った本土の防衛や遊撃を任務とする。
この艦隊は現在、北方の海域を通過して、各地の島を経由しながらヴァルマイヤート大陸のヤガ=ソジャー二重帝国へと向かっている。
目的は勿論、国交を樹立するためである。
もしものための備えとして数個師団を輸送艦に載せて護送している。
「…………」
空母の甲板の上で、この艦隊の司令官が遠くの海を眺めている。
「司令官」
部下である、一人の軍人が司令官のもとへ走ってきた。
「ん?なんだ?」
「偵察隊より、気になる報告が」
「気になる報告?」
部下からの報告に、司令官は振り返る。
「はい。二重帝国は現在平時ではありますが、我々の目的地である二重帝国北部の港町ハグンダに数多くの軍船が集結しているのを発見したとのこと」
「何?軍船が?どこかに戦争を仕掛けようとしているのか?」
「情報省の調査によれば、二重帝国陸軍は国境部警備隊を置くだけで、主力は首都に駐屯しているようですのでその可能性は無いかと」
司令官は海を再び見て
「……ふむ。となると、こちらの存在に気付いたか、或いは別の理由があるのか……いづれにせよ、予定通り進める。偵察隊は帰艦後、補給を受けてハグンダへ向かうよう伝えてくれ。艦隊は近くの港に行き補給。その後、ハグンダへ出発する」
「は!」
ヴァルマイヤート大陸北西部 ヤガ=ソジャー二重帝国北部 ハグンダ
ハグンダの港には、現在多数の木造の軍船が停泊している。
ハグンダは何故か、非自然的に港に適した地形が形成されている。
この場所に目をつけた人間がその昔、ここを整備して港を造り、今では非常に大きな軍港となった。そのため軍船の集結には適した場所である。
「ようやくだ。ようやく、奴らを叩ける」
「これで、貿易の心配をすることも無くなるな」
「ああ。全くだよ」
集結している艦隊を、ハグンダの町にある高い塔から二人の男性が見下ろしている。
彼らはヤガ政府の海軍を管理している立場の人間で、加えて今回の海賊の対処を任されている。
「集まったのはどれくらいだ?」
「大型船五十隻、中型船百五十隻、小型船四百隻の計六百隻だ。これほどの大艦隊を動かしたことは帝国史上初だぞ!」
「こんなに多くの船を集めたんだ。海賊如き、何のことはないだろう」
「これで頭を悩ませることなく、ぐっすり眠れるぞ~!」
一人が狂ったように笑いだす。
「……休みをもっと与えるべきだったか…………ん?」
もう一人が水平線を見ると、はるか遠くの空にある物体が視界に入った。
「あれは…………!こっちに来てるのか……?」
時間が経つにつれ、その物体はどんどん大きくなっている。
「……この様子じゃ相当な…………!速い!速すぎる!しかも一つじゃない!複数ある!おい!」
「ははは!……なんだ?どうし……」
「向こうの空を見ろ!何かが飛んでくる!」
物体がある方向を指さす。
「何かが飛んでくる?ワイバーンかなんかじゃないのか?」
「海の向こうからワイバーンが飛んでくるはずがないだろ!やっぱり頭がどうかしてしまったのか……?いや、それはどうでもいい。しかもあの速さじゃ……」
轟音を轟かせながら、塔の上空を凄まじい速さで通過する複数の飛行物体。
それに気づいたもう一人が驚きの声を上げる。
「何だあれは……!?ワイバーンでもあの速さはでないぞ!」
「見たこともない形状をしてる。とりあえず下に降りるぞ!ここは危険だ!」
「ああ!」
大急ぎで二人が塔から降りると、飛行物体は町を観察するように空を飛んでいた。
「何をしてるんだ?ありゃ偵察か?」
「攻撃が目的ではなさそうだな。だが、あんなものを持ってる国なんて知らんぞ」
そうこうしていると、それらは町の上空で数回ほど旋回し、何かをばら撒いて海の向こうへと消えていった。
「……何だったんだ……あれは……」
「わからん。……ん?これは?」
二人の上から何かが落ちてきた。見る限り、どうやら紙のようだ。
「何か書かれて……?……これは!?」
その紙を見た男性は、慌てた様子で町の行政府へと走っていった。
通達 ヤガ=ソジャー二重帝国へ
現在、帝国カラノ使者ガ貴国ノ町ハグンダへ向カッテイル
護衛ノタメノ艦隊も連レテイル
文明的ナ対応ヲ望ム
大和帝国総統 ソラヨリ
ヤガ=ソジャー二重帝国 首都ヤガ 宮殿
「さてどうする?」
「大和帝国とかいう見知らぬ国は礼儀を弁えぬ野蛮国だな。町上空を許可もなく遊覧した挙句、このようなものをばら撒くとは」
「文言も高圧的ときた。まともに取り合うのもな……」
数日前、ハグンダ上空に謎の飛行物体が飛来。紙を町にばら撒いて撤退するという『ハグンダ飛来事件』が起こったことにより、二重帝国政府は対応を迫られていた。
海賊のみならず、今事件にも頭を悩まされることになった。
事件において撒かれた紙に書かれていた文言が高圧的であるため、政府内の人間の大多数はもしもに備えるべきだと主張する。
しかしその一方、こんな意見も。
「だが、空を飛ぶ物体を開発していることを考えると、技術水準は相当高いだろう。我々に対抗できる勢力かどうか見極める必要がある」
「そもそも、彼らの高圧的な態度はそれが普通だからでは?彼らは、我らの知らぬ土地から来ている可能性が高い。となると、これが彼らの土地では普通であるかもしれん」
「軍を動かせば、彼らを刺激することになってしまうやもしれん。迂闊に動かず、彼らが来て実際に会ってから考えてもよいのでは?」
大和帝国と二重帝国の二国間に交流は無かった。そのため、外交の基本的な手続きも異なることも考えられ、大和帝国の振る舞いは実は彼らにしてみれば普通である、という可能性も十分に考えられる。
そうなった時、軍事的行動は彼らを刺激することになってしまうかもしれない。
何事においても、情報は重要である。しかし、二重帝国側は一切向こうの情報を持たないが、あちらは持っている。
また別の何か未知の力を持っており、刺激すれば滅ぼされるかもしれない。故に慎重に動くべきだと主張する者もいる。
会議が難航していると、部屋の奥、少し高くなっているところに設置された華美な椅子に座る若い女性が口を開いた。
?「……私は、彼らと接触しようと思っています」
彼女は二重帝国の皇帝、オリーヴ・バルラー・ヤガ。若くして父を亡くし、皇帝の座を継承。かつての宿敵ネリレールキア王国を打ち破り、父の代で起こった『ヤガ=ネリレールキア戦争』での雪辱を晴らした。インフラ整備や税制改革など内政にも力を入れ、地域大国にまでのし上げた功績から『女帝オリーヴ』の名で親しまれている。
「!?正気ですか!?」
「町の上空を飛び回り、好き勝手した連中ですよ!」
接触に賛同するオリーヴに、反対の声が上がる。だが、女帝の名は伊達ではない。
オリーヴ「報告によれば、かの国は空を飛ぶものを開発しているようです。とすれば、それを軍事に転用し、空を飛ぶ兵器を開発していてもおかしくはありません。そうなった場合、我々に対抗策はないでしょう」
オリーヴは椅子から立ち上がると、窓へと近づく。
オリーヴ「その兵器に例えば、大きな岩や爆弾を載せて高高度から落下させれば、威力もありながら対抗不可能な兵器となりましょう。上空を飛んでいるため、塀や堀の類は機能しませんし」
オリーヴの言葉に、室内の者は冷や汗をかいている。
オリーヴは椅子に座り直し
オリーヴ「とにもかくにも、彼らを迎え入れる準備を早急に行ってください。来る日時については書かれていませんので、いつ何時、彼らが来ても歓迎できるようにしておきましょう」
ヤガ=ソジャー二重帝国 ハグンダ
『ハグンダ飛来事件』が発生してから一週間が経った。現在、ハグンダの港には鉄でできた巨大な艦船が何隻も停泊していた。大和帝国からの使節団を連れた艦隊である。
「おい見ろよ。鉄の塊が海に浮いてるぜ」
「ありゃどうやって動いているんだ?帆がないぞ」
「変な形の船もあるな」
未知の国からやってきた船を一目見ようと、多くの人が集まっている。
人が集まることによる治安悪化を懸念し、港には普段より多くの警備兵が巡回を行っている。
二重帝国の外交団は、大和帝国の使節を迎えるために港の埠頭にいる。
「……どんな奴が来ると思う?」
「さあな。野蛮人が来るか、それとも文明人が来るか……。少なくとも、あんな船を建造できるほど技術水準が高い国だから、目と目が合った瞬間に戦闘開始、みたいなことにはならんだろ」
「そうだといいがな」
「だが、かの国の技術を手に入れられれば、祖国は更に繁栄すること間違いなし。周辺国との諍いにも容易く勝利できるようになるだろう」
「それは確かに。捕らぬ狸の皮算用ではあるが」
使節団の面々が話していると
「おい。来たぞ。新人のご登場だ」
艦隊から小型艇を利用して港の埠頭に上陸した大和帝国の使者たち。
真っ黒な服を全員が来ていて、彼らの後ろには武器と思しき長い棒を持った、これまた真っ黒な服を着た集団が続く。
さらにその後ろには、長い髪をして非常に整った顔立ちをした、見慣れぬ服を着る弓を持つ若い男性と、長い槍を肩に担ぎ、鎧を着こんだ強面の男性がいる。
「何だ……?あの真っ黒な集団……」
「あれが大和帝国の使者か……」
「……見た限り、普通の人間だな……」
大和帝国の使者がゆっくりと歩いてくる。時折、二重帝国の船を見ては何か言っているようだ。
「初めまして、ヤガ=ソジャー二重帝国の皆さん。我々は、遠く大和帝国から来た者たちです。貴国との友好的な関係が結べればと思っております」
二重帝国の使節団の前で止まったかと思うと、彼らはそう言った。
二重帝国の面々は呆気にとられた様子であったが、気を持ち直し
「……ようこそ我が祖国へ。我が国は、貴国からの使節を歓迎いたします。我が国としても、貴国との友好的な関係を結べればよいと思っています」
笑顔でそう返事し、ぎこちない握手を交わした。
ヤガ=ソジャー二重帝国南方 ウオゲント連盟
二重帝国の南方にある陣営、ウオゲント連盟。
二重帝国は、女帝オリーヴの三代前から彼女の父の代の間で拡張政策を行った。
これを恐れた国家たちが軍事同盟を結び、拡張に対抗する目的で組織されたものである。そのなかには、ネリレールキア王国も入っているように、二重帝国に敗れ去った国も、旧領奪還や復讐を誓って参加している。
そして今、これに加盟している国の首脳部が一堂に会している。
「準備は万全か?」
ある国の王が、両隣に座る王へと話しかける。
「ああ。すでに軍は国境部に展開済みだ。いつでも行ける」
「こちらもだ。海は任せておけ」
二人の返事を聞くと、その王は満足そうに頷き、
「よし。現在、二重帝国の海軍はこちらが用意した海賊どもに夢中になっているころだろう。今が好機だ」
そう言った。
すると、向かいに座る王が口を開く。
「こちらの諜報部の報告だと、海軍の主力をハグンダへと集結させたらしい。今頃、港を発って海賊の本拠地に向かっているだろうな」
向かいの王の言葉を聞くと
「主力が居なくなっているうちに攻勢をかける。首都への強襲上陸は頼んだ」
その王は、さらに別の王へ言う。
「我が国は、海賊に幾度も上陸戦を仕掛けて勝利を重ねてきた精鋭部隊がいる。首都はすぐに陥落するだろう」
その言葉を聞いたその王は、各国の王をしっかと見ると
「では、明日二重帝国へ宣戦を布告する。今ここでかの国を叩かねば、取り返しのつかない程強大な国となってしまうやもしれん。必ず勝利するぞ」
そう締めて、机上の宣戦布告を告げる紙を見た。
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