第14話 亀裂
ソラ達がホラートに到着してから約五か月後、要塞の建設が完了し、遠洋への調査が本格的に始まって暫くした頃、彼らのもとにとある手紙が届いた。
ソラ達は、この手紙に戸惑っていた。というのも……
ソラ「……だれが予想するよ。ブルーノ候から召喚命令とは……」
ロンメル「どうなさいます?」
その手紙は、「黒い太陽」を攻撃しようとする疑惑が立っているブルーノ侯爵からのものだった。疑惑ではあるが、状況的に攻撃を画策しているのは確定しているため、ブルーノ侯爵を警戒していたところに、これである。
いくつか陸地を見つけてはいるが、建国には不向きな場所ばかりであった。そのため、しばらくはラナムンに滞在することが決まっていたが……
ソラ「これ、断ると不味いことになるな……」
千代「ええ。貴族からの命令を断ったとなると、間違いなく厄介なことになりますね」
相手は北部貴族をまとめる大貴族である。また、いくら「黒い太陽」が強力な力をもっているとはいえ、この大陸内ではただの庶民のあつまりである。庶民が貴族に反抗するとなると、ソラ達が悪になってしまい、攻撃の名分を与えることにつながる。
マンシュタイン「かといって、これが罠である可能性は十分に考えられます。下手すれば殺されますよ」
官兵衛「情報が足りませんな。ラインハルト殿、何か知らせは?」
椅子に座っているラインハルトは、諜報員から送られた報告資料を見ながら何か考えている様子。官兵衛からの問いにも答えずにいる。
官兵衛「ラインハルト殿?どうされました?」
しばらく思案していたラインハルトは、おもむろに顔を上げた。
ラインハルト「いえ、部下からの報告資料を読んでいたのです。新しい部下ですし、なおかつ二重スパイとなっている彼からのですから」
ソラ「ああ。あの、コンラートという騎士爵の貴族か。その部下からの資料がどうかしたのか?」
ラインハルト「報告資料の、この部分を見てください」
ラインハルトが示した部分には、興味深いことが書かれてあった。
千代「これは……」
官兵衛「なるほど、そう来たか」
報告資料の該当部分をまとめると、こうだ。
壱。ブルーノ侯爵が欲するは、我々の力の全てと、計画を潰された報復をすること。
弐。ブルーノ侯爵は、攻撃の名分を求めている。
なにがしかの方法で、大義名分を作り出すつもりである。
また、時機を見て召喚命令を下すが、これに如何な返答をしようが、意思を変えるつもりはない。
参。ブルーノ侯爵は、議会で糾弾されないよう、しっかりとした手順を踏むつもりである。
ソラ「つまり、衝突は避けられない、ということか……」
官兵衛「ですが、ある程度の希望は持てますな」
ラインハルト「ええ。恐らく、この召喚命令に従っても、だまし討ちを受ける可能性は低いでしょうな」
官兵衛「……となると、時間稼ぎに使うのがよろしいでしょう。念のため、複数の護衛を連れて侯爵のもとへ参り、攻撃への時間を延ばし、その間に防衛網を強固にするのが良いかと」
ソラ「……わかった。万一ではあるが、心変わりがあるかもしれないから、それに一縷の望みをかけよう。訪問するなら、立場的に俺と千代は確定、護衛役はそちらで精鋭を選んでくれ。それと、一応官兵衛も同行してくれ。軍師の知恵が必要になるかもしれんし、できるなら彼らの反応をみて、対応を考えてほしい」
官兵衛「わかりました」
ホラート 行政府
ブルーノ「いやはや、いきなり呼び出して申し訳ないね」
ソラ「いえいえ、最近は大きな用事もありませんでしたから」
手紙を受け取って三日後、ソラ達はホラートの行政府に足を運んでいた。
行政府内のとある部屋に着くと、左手で扉を奥に開ける。するとそこには既に、ブルーノがいた。
ソラは侯爵ブルーノと相対し、用意された部屋のソファーに座る。ブルーノの後ろには、護衛と思しき五人の騎士が立っている。
ソラは、千代と官兵衛を隣に座らせ、護衛を四人後ろに立たせる。
扉が開き、召使いが複数のカップをトレーに載せて入ってくる。
そのまま、二つのソファーの間にあるテーブルに置くと、部屋を後にする。
ブルーノ「これは、最近手に入った珍しい茶葉で淹れた茶だ。東方のル=ジンゲン協商連合というところから仕入れたものでな。これがなかなかに美味くてな」
そういって、ブルーノはカップに口をつけて茶を少し飲んだ。
ソラ「では、失礼して……確かに、美味しいですね」
ソラは右腰にホルスターを着け、その中に拳銃を入れている。話しながらも微調整をした後、左手でカップに口をつける。
ソラ「これなら、ル=ジンゲン協商連合に行く価値はありそうですね」
ブルーノ「あそこは、商業ギルドと呼ばれるほど商いが盛んだからな。海に面しているから遠出もできるし、土地も肥えているから飢饉の心配はいらない。鉱産資源は乏しいが、それでも余りある国力を有する国の連合体だ。それらを軍事力にも投資しているから、手出しする輩も現れにくい。羨ましい限りだ」
ソラ「ええ。そのお陰か、随分と長い間、平和を保てているようで」
ブルーノ「……なるほど、存外、遠国の事情に精通しているようだな。冒険者には必要なことだが、それにしたって協商連合のことまで知っているとは」
ソラ「もちろんですとも。我々は様々な場所を練り歩いておりますから。そういったことを専門とする者も、旅の道中で仲間に加えています。彼らに遠国の情報を探らせているのですよ」
ブルーノ「ほお、それは興味深い。我々にとって、情報は非常に重要なものだ。特に、カラザルのダンジョンが崩壊し、南部の力が弱まったことで他国が何か仕掛けてくるやもしれん。故に、我々には様々な力が必要となる」
そういって、ブルーノは右腕を挙げた。
ソラは、太腿に置いた右手を少し後ろに下げる。
ブルーノの後ろにいる騎士の一人が、一枚の紙を侯爵に渡す。
それを受け取ったブルーノは、そのままテーブルに置く。
ブルーノ「読みたまえ」
ソラは官兵衛を見て促す。
官兵衛「では、失礼して」
紙を取り、読み始める。
些か、眉に皺を寄せたかと思うと、紙をソラに渡す。
紙を渡されたソラは、それを読み進めると溜息をつく。
そのまま紙に目を落としていたが、暫し目を瞑りだした。
目を開けると同時に、口を開いた。
ソラ「失礼ですが、これは何かの冗談で?」
ブルーノ「まさか。つまらぬ冗談を言う男ではないぞ」
ソラ「……はっきり言って、交渉をする気が無いのかと疑いますよ。底なしのお人よしであっても、受け入れることはありませんよ、こんな条件では」
ブルーノ「そうかね?この条件に従えば、大金や名誉を得るだけでなく、貴族になることも夢ではないぞ?そうなれば、思うようになるだろう」
ソラ「ええ。思うようになるでしょうね。ですからこそ、我々は受け入れません。こちらが払うものと得るものが、到底釣り合いませんから。それに、名誉を欲している訳でも、金を欲している訳でもありません。そんなもの、知恵を使えば手に入れることができますから」
ブルーノ「……ふうむ、そうかね?ならば、どうだ?実物を渡さなくても良い。それらの製造技術、そうでなくても、入手した場所でも良い。何か情報を……」
ソラ「お言葉ですが!我々冒険者にとって、武器は非常に重要なものです。これを売りにしていますし、かつ、これしか売りにできるものがないのが冒険者と思ってください。それを大安売りしては、食っていけなくなってしまいます」
ブルーノは、眉間に右手を当てて溜息をつく。
ブルーノ「……わかった。確かに、このお願いは、ちと受け入れにくいか」
ソラ「そうですね。受け入れ難い注文です」
ブルーノ「では、その申し出は撤回しよう。だが、他のものはできるのではないか?」
ソラ「申し訳ありませんが、どれも拒否いたします。そもそも、冒険者というのは……」
ソラ「……はあ、疲れた」
千代「お疲れ様です」
官兵衛「随分と長く、水をかけあいましたな」
ホラートの行政府をでて、その帰り道。
侯爵のもとを訪れたのは昼過ぎだったが、今は、もう空が橙色に染まっている。
官兵衛「しかし、なんともまあ、笑いが出るような話でしたな」
ソラ「ああ。あれを受け入れていたら、最終的には化け物に喰われていたかもな。入る料理店には気を付けないと」
官兵衛「……?……ああ、そうですな」
官兵衛は、侍烏帽子を抑えて笑う。
千代「しかし、これからどうするのです?これで、対立ははっきりしましたが」
ソラ「ああ。それなら、いい考えがある」
そういって、笑みを浮かべる。
ソラ「だが、それをするには新天地の確保が必須だ。調査に全力を入れる必要がある。ひとまず、ラナムンに戻って調査船をさらに送り込む準備をしよう」
ああ、楽しみだ。そう言うと、笑いを嚙み殺すようにしながら、ラナムンへ帰っていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます