第9話 大氾濫の朝

カラザルから離れた森 野営地




ソラ「君たちがそうか?」



「は!」



ソラの前に並ぶ数人の軍人が返事をする。



カラザルに着いてダンジョンに入った翌日。ソラと千代は、再びカラザルへ行こうとしていた。



その際に、昨日の会議で決まったように、数名の軍人を連れていく。彼らがそうである。



千代「では閣下、いきましょう」



ソラ「ああ。ついてきてくれ」



ソラたちは、森の中を歩いてカラザルへと向かう。



「閣下。カラザルに着いた後はどうするので?」



ソラ「冒険者ギルドへと向かった後、その足でダンジョンへ行く。俺たちで、ダンジョンがどれくらい進めるのか確かめるつもりだ」



「わかりました」



森を抜け、カラザルに続く街道を歩いていると、複数の騎士を連れた数台の馬車の集団が前から来た。



彼らは酷く焦っている様子で、必死に馬に鞭を打っている。



その集団はそのまま通り過ぎていくが、一人の騎士が止まって、ソラたちに声をかけてきた。



「おい!こんなところで何してる?カラザルに行くつもりなら、悪いことは言わない。向かわないほうがいい」



ソラ「……?何だ、カラザルに何か……?」



ソラが不審に思っていると、騎士は続ける。



「カラザルダンジョンが攻略され、モンスタースピードが起こる。この世界でも指折りの大きなダンジョンだ。モンスタースピードの規模も予想できん程大きいものだろう。繰り返すが、カラザルには行かないほうが良い」



ソラ「……モンスタースピード?カラザルには昨日行ったばかりですが、何もなかったと思いますが……」



「昨日、あるパーティーの不手際によりボスが討伐された。本来であれば、ダンジョンが攻略される前にモンスタースピードの準備を行い万全な体制で迎え撃つのだが、勝手に討伐した奴がいるらしい。まあ、そいつの独断専行であってパーティー全体としては攻略する気はなかったようだが。モンスタースピードは通例であれば、明日ごろには発生するだろう」



話している間にも、馬車と騎士たちは離れていく。



「すまないが、私にも任務がある。何度も言うが、カラザルには行かないほうが良い。はいや!」



忠告をした騎士は、馬を駆って集団へと戻っていった。



千代「…………どうなさいますか?」



ソラ「……無線は?」



「ここに」



ソラ「よし。総司令部に繋げ。将軍たちと相談する」



「は!」













無線を野営地の総司令部と繋ぐと、将軍たちを招集して臨時会議を開始した。



ラインハルト「モンスタースピード、ですか……」



マンシュタイン「……魔物が地上に現れる、それも数えきれない数が……」



ソラ「ああ。地上に出てくる魔物の数はダンジョンの大きさに比例する。カラザルダンジョンは大陸でも大きな部類に入るダンジョンらしい。魔物の数は計り知れないが……どうするべきだと思う?」



ロンメル「……私に案が」



官兵衛「ん?策がおありで?」



ロンメル「ああ。だが、昨日の会議の決定と乖離しているが」



ソラ「何でもいい。策があるなら言ってくれ」



ロンメル「……我々の武器は、魔物に通用する。ですので、今現在、持ちうる全ての戦力を投入して迎撃する。これが、私の案です」



マンシュタイン「成程……閣下。私は、ロンメル将軍の案を推奨いたします」



ソラ「……何故?」



官兵衛「端的に言ってしまえば、好機であるから、ですよね?」



ロンメル「その通りだ。このモンスタースピードの迎撃に加勢することで、街の統治者や市民、冒険者に恩を売ることができます。また、魔物の落とす戦利品を売れば資金を調達できる。ダンジョンが攻略されたのであれば、カラザルに居続ける理由もありません。魔物との実践を交えて、必要な兵器を知ることもできるでしょう。これらの点から、加勢するべきかと」



官兵衛「私も同意見です。動かないよりは、得る物が多いですから。それに、このまま見殺しにするのも手ではありますが、何せ気分が悪くなりますから」



ラインハルト「確かに、ここは動いたほうがよろしいかと」



ソラ「……わかった。では、マンシュタイン将軍たちは増援部隊を率いてカラザルに移動。俺はカラザルに入り、部隊を展開していいよう交渉する」



臨時会議は終了し、ソラたちはカラザルに向かった。











カラザルに着いた一行だが、街には異様な雰囲気が漂っていた。



「お前!包帯と水を向こうに運んどけ!お前は、矢をありったけ集めろ!」



「避難する市民はこっちだ!」



「明日に向けて準備をしろ!死にたくなければな!」



あちこちで冒険者が迎撃に向けて準備を行い、市民たちが避難している。



負傷した時用の包帯や水、食料を集積所に集め、鍛冶屋は武器防具、矢を大至急増産。手の空いた者は運搬を担当している。



「……この街の兵があまり見えないな」



「恐らくだが、ほとんどは前線で作業をしているんじゃないか?」



千代「私もそう思う。なにもしていないわけじゃないだろう」



ソラ「……なら、ダンジョンがある広場までいこう」




広場まで移動していると、ソラたちは、矢の束が入った樽を持つ冒険者に話しかけられた。



「おい!そこの黒い服を着たお前ら!」



ソラ「ん?俺たちか?」



「そうだ!手が空いているんなら、この矢を広場まで運んでくれ」



ソラ「……わかった。全員、とりあえず運搬の手伝いをしよう。広場の近くにダンジョンがあるから、そのついでだ」



ソラたちは荷物を持って広場へと向かう。



広場に近づくにつれて兵の数が多くなっていく。



その兵のほとんどは、机や椅子、棚などの、家にあるバリケードになりそうなものを持って広場へと向かっている。





広場に着くと、ダンジョンを中心として円状になったバリケードが設置されようとしていた。



そこでは何千人もの兵が慌ただしく動き、近くの家から持ってきた家具を移動させていた。



彼らの後方では、二人の男性が話をしていた。



?「バリケードは完成しつつあるな」



?「はい。しかし、これで勝てるとは到底思えません。小さなダンジョンでも、最低千程の魔物が出現します。このカラザルダンジョンでは、どれほど出てくるか……」



?「……お主のところの冒険者はどうだ?どれくらいいる?」



?「ざっと見積もって、凡そ三千。それも、壱や弐といった新米を入れてこの数です。戦力として信用できるランクとなると、陸ランクのエルンスト率いる「鋼の絆」を筆頭に伍、肆、参くらいでしょうか。周囲の街からの援軍が到着しても、その数は凡そ二百になるかと」



?「……う~~む……どうするか……」



頭を悩ませるは、カラザル一帯を統治する侯爵アーダルベルト・カラザル・フォン・ライナーム。



カラザルを大きく発展させ、市民との交流を欠かさないため、市民から全幅の信頼をおかれている。




その隣にいる中年の男性は、カラザルの冒険者ギルドを管理するギルドマスターである、アルバン・レイメス。


彼は、長くギルドマスターとしてギルドを管理してきただけでなく、その実力も並ではない。





千代「……あそこにいる二人が、この街での有力者のようです。接触しますか?」



ソラ「ああ。交渉は千代に任せる。俺は、部下とともにバリケードの設置と周囲の探索をする」



千代「了解いたしました」



千代が二人のもとへ向かっていくのを見た後、ソラたちは作業を開始した。



ソラ(この作業、思ったより大変だな)



ダンジョン付近は、パリの凱旋門周辺と非常に酷似している。

周囲の店から家具を引っ張り出してきては、うまく組み合わせて簡易的なバリケードを作っている。

中には、バラバラに解体したうえで利用しているものもある。



モンスタースピードとして地上に現れる魔物たちは、入り口からある一定の距離までは、とにかく走り続けることがわかっている。

また、ダンジョン入り口で防衛線を張った場合、入り口で魔物が詰まってしまう可能性がある。そうなると、次第に魔物たちが塊となっていき、最終的には押し寄せる肉の津波によって防衛線を支えきれなくなるかもしれない。そのため、入り口から距離をとって防衛線を張ることで正面圧を緩和するのが一般的である。



しかし、現状では入り口からあまり距離をとれないため、建物のいくつかは破壊している。

こうすることで、防衛線を入り口から遠い場所に展開することが出来るとともに、魔物にとって遮蔽物や隠れる場所を与えないようにしている。



高ランクの冒険者たちが、その力を振るい、建物を次々に破壊していく。

他のものたちは、瓦礫を撤去するとともに、それもバリケードの素材として運搬していく。



交渉に成功した千代も合流し、作業を続けること約二時間。



「閣下!カラザルの前に謎の一団が!」



千代「援軍が到着したようです」



アーダルベルト「……わかった。とりあえず、その援軍とやらを見てみるとしよう」



ソラの部隊が到着したことを知らせる伝令がやってきた。

ソラを含め、数十人がその軍団を見に行く。
















アーダルベルト「…………これは…………」



アルバン「……見たこともない物ばかりだ……」



「なんだなんだ?」



「おい、あれ見ろよ。馬がないのに動いてやがるぞ」



カラザルの正門は、騒然としていた。



謎の一団が現れ、しかも馬もないのに駆動する謎の車を連れている。この話を聞いた冒険者や兵たちがカラザルの正門まで押し寄せてきた。



ソラ「思ったより速かったな」



マンシュタイン「このような時は急いで行動するべきですから」



千代「カラザル候。この者たちがその援軍です」



アーダルベルト「この者たちが、か……」



黒い軍服を着た数千の軍勢。馬なくして動く車。なぞの大筒。そして彼らが持つ、武器と思われる長い棒。アーダルベルトたちはこのようなものを、人生で見たことは一度たりともなかった。



アルバン「……彼らは、強いのか?」



千代「はい。彼らであれば、一万の魔物の群れでさえも打ち破れるでしょう」



アーダルベルト「…………ふ。そうか……」



アーダルベルトは踵を返し、



アーダルベルト「いいだろう。打ち破れるなら打ち破って見せよ」



アルバン「!カラザル卿!よろしいので?」



アーダルベルトは返事をすることもなく立ち去った。



アルバン「……まあ、いい。君たち、失敗は許されない。何としてでもスタンピードを防げ。よいな?」



千代「ええ。勿論です。失敗するつもりは毛頭ありません。では、早速準備に取り掛かります」



マンシュタイン「総員!準備を開始せよ!



「は!」



幾千の軍人が一斉に返事をする。



アルバン「…………」



迎撃準備を開始した一団を、アルバンは眺めていた。

















翌朝、一団は迎撃のため配置についていた。ソラたちは迎撃を行うため、急いで陣地を構築した。



ダンジョンの入り口には地雷原を設置。正面には機銃をいくつも設置した。土嚢を積み上げ壁とし、そこから攻撃できるようにした。さらに、ダンジョンが見える家の窓を改造することで、狙撃兵がダンジョンから出てくる魔物を狙撃できるようにした。



不安が拭いきれなかったソラたちは、密かに能力を使って一万人ほどまで戦力を拡大した。

砲撃だと、ともすれば誤射する可能性があるため、近距離に効果的な集束爆弾を砲弾として使用している。



そうして迎撃準備を整え、モンスタースピードを今か今かと待っていた。





ソラたちは、防衛陣地の遙か後方に司令部を置いた。今は、通信機器や机以外無い、伽藍洞としている内部だが、もともとは大商会が店を展開していた建物の中だ。



ソラ「……これで大丈夫だと思うか?」



官兵衛「わからない、というのが正直なところです。なにぶん、敵の規模も編成もわからない、未知の集合と戦うわけですから」



ロンメル「不安なら、部隊を増強されては?」



防衛陣地からほど離れた地点。そこでは、侯爵アーダルベルトらが本部を置き、そこで指揮を執っている。物資集積所が近くにはある。この集積所を襲撃されれば、防衛網は瞬く間に崩壊するため、これを防御することも意図している。



そこにいる冒険者やアーダルベルトの兵たちも、一言も発することなくただその時を待っていた。



ソラ達が対応を練っている最中、アーダルベルトが彼らのもとを訪れた。



ソラ「召喚限界には、まだ余裕がある。あるが、部隊の増強をしようにも、展開する場所が少ない。精々後……カラザル候。どうしてここに?」



アーダルベルト「共に戦ってくれる者たちと、ちと話をしようとな。……本当に、この戦いは勝てるのか?」



千代「わかりません。ただ、勝算はあると思います。カラザル候、ここは危険ですので後方に移動されるべきかと」



アーダルベルト「そういうわけにもいかぬ。私はカラザルの領主だ。最後まで戦うつもりだ。それが、領主たる者の務めよ。優秀な息子は他所に行っているから、家の断絶の恐れはない。娘も昨日逃がした。思う存分戦える。それに、私もそろそろ年だ。ここらで死に場所を見つけるのもよいだろう」



侯爵が余裕のある笑みを浮かべる。後悔などない、そう言いたげな顔だ。




マンシュタイン「……素晴らしい御方だ。民たちも信頼するはずだ」







一夜明けて、彼は誰時。ソラの部隊員が一斉に目を覚ます。準備が整い次第、各々持ち場に着いていく。



少し遅れて、侯爵アーダルベルトにギルドマスターアルバンに陸ランクのエルンスト率いる「鋼の絆」、そしてカラザルの兵。ほかの冒険者たちは、その後に起床した。



ソラは千代と共に、最前線の視察に来ていた。防衛線に綻びが無いか、追加で必要なものがないかなどを確認しに来たのだ。






ソラ「……ん?これは……」



「……!来るぞ!モンスタースピードだ!」



「矢を番えろ!ダンジョン入り口を狙え!」



「攻撃用意!やつらが頭を出した瞬間、一斉に攻撃するぞ!」



突如として周囲に地響きが鳴り響き、ダンジョンから魔物たちのうめき声が聞こえてきた。



マンシュタイン「総員!入り口に照準を合わせろ!」



ロンメル「……来るか……」



官兵衛「さて、どうなるか……」



ラインハルト「…………」





太陽が頭の上にまだ来ていない頃、地響きとうめき声が聞こえてきた











地響きが大きくなり、声がだんだん近づいてくる…………












そして………………







ついにその時が来る











「……!来たぞ!矢を放て!」



「魔法を放て!一匹たりとも逃すな!」



マンシュタイン「攻撃を開始せよ!」



スライムの緑色の体。ゴブリンの醜悪な顔。オークの大きな体。ミノタウロスの角。背の低い、犬の頭をしたコボルトの体毛。



あらゆる魔物の姿が視界に入る。







先頭にいる魔物が、地雷を踏み、爆発した。



生存を賭けた、戦いの幕が今ここに上がった。



魔物の姿を認識した冒険者、軍、ソラたちは攻撃を開始。



「くらえ!『ファイアボール』!」



「『アイススピア』!」



「『ウォーターカッター』!」




「『サンダーアロー』」



冒険者たちが魔法で敵の集団に攻撃を当てる。



飛んで行った火の玉は敵の体を燃やし、氷の槍は体を凍らせて動きを鈍くする。



水の刃によって足を切断された魔物が地面に倒れ、それを後ろの魔物が踏み抜いていく。



雷の矢は魔物へ一直線に飛んでいき、当たった敵は雷撃で痙攣、そこを後ろから来た別の魔物に攻撃され絶命している。



「撃て撃て!弾幕を張れ!薄くするな!」



マンシュタイン「撃ち尽くしたら交代せよ!攻撃の手を緩めるな!」



ロンメル「狙撃部隊は空中にいる魔物を狙え!制空権を相手に与えるな!」



千代「体の大きな相手は対戦車砲で対処せよ!」



ソラたちも負けじと、鉛の弾を嵐の如く的に浴びせ、多くの魔物の体には穴が開く。



「『ウィンドバレット』!」



「『ロックバレット』」



「『アイスランス』」



「『フレイムバレット』!はぁ……はぁ……すみません、後退、します……」



「わかった!待機部隊のものと代わってもらえ」



「接近してきたやつは前衛が倒せ!魔法師に近づかせるな!」



次々と押し寄せてくる魔物を、


魔法で、弓で、機銃で、小銃で、携帯型対戦車砲で、狙撃銃で、剣で、斧で、ハンマーで、倒していく。


前線の魔法師は、魔法の使用により精神的に大きく疲弊したものは後退し、待機している別の魔法師と入れ替わる。


弾が切れたら交代し、司令部で補給をうけ前線へ。


そうしている間にも、後方で生産された矢や剣、鎧が前線へ送られている。





太陽はまだ、頭の上にはきていない。







戦は、まだ始まったばかりだ。


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