第11話 その木
ヴァルマイヤート大陸中央 イネムリャ海周縁の森
【オストラント】東端にあるヴァルマイヤート大陸の中央には、イネムリャ海と呼ばれる大きな湖がある。向こう岸が全く見えないほどあまりにも巨大であるがために海と呼ばれているのだ。
このイネムリャ海周縁には大きな森が広がっており、木の実や木材、薬草などを周辺の生物に提供している。
「お~い!こっちだ!はやくしないとおいていくぞ!」
「待ってよ兄さん!僕は足が遅いの知ってるでしょ!」
「先生、これなんの実?」
「あ~、これはね?あそこにある……」
白く上品さを感じさせる服を着た二十人ほどの集団が、和気あいあいとした雰囲気の中、その森を進んでいた。大多数は小さな子供だが、数名ほど大人がおり、はしゃいで行方知らずになる子供が出るのを防いでいた。そして、彼らには共通して耳が長く尖っており、端正な顔立ちをしているという特徴がある。
「さ、着きましたよ。あれが伝説の木です」
彼らが森を抜け、イネムリャ湖に到着すると、大人の一人がある木を指差してそう言った。
巨大。ただその一言に尽きる、それほどの巨大な木だった。高さは500メートルは超えているだろう。幹は太く、多くの枝葉を四方に広げ、木から半径数十メートルは日陰になっている。
「大きい~!」
「すげ~!」
「今から約二千年前に現れ、急激に成長して、現在に至ると言われています。しかし、どこから来たのか、何の木なのか、その一切はわかっていません。一つ確かに言えるのは、この木は恵みを与えてくれる神聖な木であるということだけです」
そう言って、彼らはその木に向かって歩いていく。
「恵み?」
子供の一人がそう尋ねると、ある大人が答える。
「ああ。かつて、この一帯に木は一つも生えていなかったと言われていてな。土も瘦せていて農業にも適していなかったから、誰も住んでいなかったんだ。だが、あの木が現れてからというもの、次第に木が生え始め、土も肥えたものになったらしい。今となっては、あの木を中心に大森林ができ、付近の農場では毎年豊作だ」
「へえ~。じゃあ、”飢饉”ってやつが起こらないのも、あの木のおかげ?」
別の子供がそう聞くと、先頭を行く大人は笑みを浮かべる。
「そう!わが国では、建国以来一度たりとも飢饉が起きていません。しかし、ほかの国では、農作物があまり実らず、飢饉が起きることが多くあります。はっきりとした原因は不明ですが、あの木が恵みを与えてくれているからだとする説が一般的です」
彼らが、その木の幹の下に着くと、一斉に跪いた。
「さあ、木に祈りを捧げましょう」
そして、声を揃えて祝詞を唱え始めた。ゆっくりと、はっきりとしながら、穏やかに。
?「……遅い!何をしてるんだやつは……ったく」
祝詞を唱えている彼らの真上には、ある男がその木の枝に胡坐をかいて座っている。
黒いコートを羽織り、黒いシャツに黒いズボンと、全身を黒い服で包んでいる。
髪や目までもが黒色である。
釣り目のその男は、顎に右手を当て、自らの左脚の膝を左手でトントンと叩きながら、誰かを待っているようだった。
?「すまないね。遅れた」
彼が待つこと数刻、また別の男が彼の後ろに前触れもなく現れた。
その男は、彼と同じような服装をしていたが、たれ目である。
そして、この二人は共通して、左側の腰に長い刀を装備していた。
?「やっと終わったか!どうしてそんな時間がかかったんだ?」
?「想定を遥かに超えて、我らのハイブは拡大していてね。二人で来たのは下策だったよ。一人で十分かと思ったが、こりゃ、後数人は必要だったね」
彼が横目で見ながらそう聞くと、その男は困ったように答える。
?「はあ……やっぱりな。妙に遠くまで感じられると思ったわけだ」
彼は、その男の答えに合点がいったようにため息をつく。
彼はすぐに立ち上がると、その男を振り返る。
?「どうする?任務は達成したから、ひとまず帰還するか?」
彼が聞くと、その男は顎に手を当ててうつむき加減になると、思案し始めた。
?「……そうしようか。二人だけでは人数が足らない。報告もしないといけないから、そのついでに本部から増援を呼ぼう」
少し経って、その男は顔を上げてそう答える。
?「わかった。……ところでよう」
彼はその男に近づいて隣に立つと、囁くように尋ねる。
?「お前はどう見る?残党はいると思うか?」
その男は少し悩む素振りを見せるが、力強く答える。
?「うん、間違いなくね。明確な証拠があるわけではない。だけど、この不愉快な感覚は、しっかりと感じる。奴らが生き残っていると決定するのには十分だよ」
?「俺も感じる。この尋常じゃない不愉快な感覚は、あいつらがいるとしか思えない。……となると、なにがしかの策を練っている可能性があるな」
その男の答えを受けて、彼は考えを巡らし始める。
その様子を横目で見て、その男が聞き返す。
?「私も聞きたいことがある。中央で、騒動になっていることがあるだろう?」
?「ん?ああ、何せ我らが枢機閣下の波長が感じられないだとか。騒動になるのは当然だろ。あり得ないことだが、閣下の身に何かあれば、下手すりゃ我が種族は絶滅必至だからな。それがどうかしたのか?」
彼が聞くと、その男は遠くを見つめて答える。
?「仮に。仮の話だよ?単なる憶測に過ぎないけど……潜伏している残党が我々への報復を画策し、聖樹波妨害装置がこの惑星に隠されているとしたら、どう?」
その男の問いを聞くと、彼は目を見開いた。しかし、笑みを浮かべると鼻で笑う。
?「はっ!そんな馬鹿な話があるかよ。連合国を滅亡させ、妨害装置を一つ残らず破壊したのは数万年前のことだ。俺やお前だって、一兵卒としてあの地獄のような最終戦争に従事しただろうが」
彼の言葉に、その男は少し俯かせながら顔を顰めて、声のトーンを落とす。
?「それは覚えてるよ。あれは地獄だった……文字通りの……いやそれ以上だった」
あの頃を思い出したのか、とばかり黙る。顔を上げると、再び話始める。
?「だけど、あの時に噂が流れたでしょ?中央政府の要人数名の行方がわからなくなったっていう噂が」
?「ああ。確かに流れたな。だが、ありゃ唯の噂のはずだぜ?それに要人が数人消えたっちゅう噂が、妨害装置と何の関係があんだよ?」
その男は寸刻逡巡するが、意を決したのか、話し始めた。
?「上から聞いた話だけど……最終戦争後、イージス姫と思しき遺体を確保して、鑑定を行ったらしい。だけど、その遺体は偽物だった」
?「は?おいおい、本気で言ってんのか?」
?「本気さ。恐らく本当のことだろうね。じゃあ、本物の姫はどこに行ったのか。私は、その行方不明になった要人が関係していると思うんだ」
?「……つまりは何だ?その姫を要人たちが連れて逃げて、この惑星に潜んでいると?」
?「そう。単なる憶測だけど……どう?」
?「ありえなくはないが……確証が持てん。情報が少なすぎる」
?「私は、その線を疑って慎重に動いたほうが良いと思うんだ。派手に動き回ると、気づかれてしまう恐れがある」
?「……わかった。こういう時は、お前の言うことを聞いたほうが旨くいくからな。ひとまず本部に戻って、指示を仰ぐとするか」
?「りょうかい」
そう言って、二人は煙のように姿を消した。
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