第3話 異世界

希道「【オストラント】?」



生徒らは首を傾げる。



ソラ「オストラントか……ドイツ語で、東の大地みたいな意味だったか?…」



百合「ドイツ語ねぇ……あの地図が【オストラント】の地図だとしたら、地球とは明らかに違うよね?なのにドイツ語を使った名前って……どういうこと?」



ソラ「さてな。……まあ、知っても詮方ないだろ」



ソラは、それ以上疑念を持つ気になれなかった。



白虎〔この世界は地図を見てわかるように、君たちの居た世界『地球』とは違う世界さ。『地球』では無いとされている、魔法や魔物の類がわんさかある世界でね。その世界に君たちは行くことになってる。……あ、そうそうそれと、これに拒否権は認められないし、『地球』に戻ることは基本できないよ。だから、『地球』にいる人とは会うことはないかもね〕



そう言うと、生徒の間に動揺が広がった。



「え?嘘だろ……?戻れないって……」



「お母さんとお父さんに会えないってこと……?」



「おいふざけんなよ!俺には彼女がいるんだぞ!もう会えないって……」



周囲の人と不安を吐露し合う生徒達。中には怒りを露にする者もいる。



百合「ソ、ソラ、どうしよう……戻れないって……」



ソラ「……大丈夫さ。何とかなる」



ソラはご多分に漏れず、安穏な様子。



百合「何とかなるって……はあ、そんな楽観的な……」



百合はそんなソラを見てため息を吐く。



愛海「皆落ち着いて!」



刹那、愛海の声が響き渡る。それにより、生徒らの動揺が少しだけ収まる。



愛海「落ち着いて話を聞こう?まだ何とかなるかもしれない!」



希道「俺たちに任せてくれ!何とかして見せる!」



「……二人がそういうなら……」



「…わかった。二人に任せるよ」



愛海と希道の声により、生徒らは落ち着きを取り戻したようだ。



白虎〔……………お~。すごいね、君たち二人。もっと動揺するかと思ったけど〕



白虎は帽子を深くかぶり直す。



希道「それより、どういうことですか?<拒否権は認められないし、『地球』に戻ることは基本できない>って……」



希道は眉を顰める。



白虎〔言葉どうりなんだがな……。じゃ、順序を追って説明していくね。まず、どうして君たちが異世界に行くことになったか、について。一言でいうと、上からの命令、だね。〕



愛海「上からの命令……?」



反芻する愛海。そして、希道と顔を見合わせる。



白虎〔そ。僕よりも上にいる存在から言われたんだよ。【オストラント】に転送せよ、てね〕



希道「それはどうしてですか?」



白虎〔さあ?僕にはわからないよ。僕には、ただ上からの命令が来るだけで、その意図に関しては説明されないからね。それと、上の詳細については言わないようにと言われていてね。これ以上、僕からは何も言えないよ〕



<何も言えない>という部分に力を入れて言った白虎。これ以上情報は得れないと思ったのか、



希道「……そうですか、わかりました」



そう、希道は引き下がる。彼の様子を見て白虎は、口を開く。



白虎〔じゃ、次は【オストラント】についての説明をしようか。この地図を見て〕



といって、空中に浮く地図を見る。



白虎〔この地図は皆もわかっているだろうけど、【オストラント】の地図だよ。大きさは『地球』の比にならないくらい。具体的には例えば、地図中央の大きな湖、これは『アイラーム海』と呼ばれていて、大きさは凡そ、ユーラシア大陸と北南米大陸を併せた大きさの二倍ほどだね〕



生徒らは一斉に驚きの声を上げる。



「なんだ……そりゃ……」



「湖でそれかよ……」



愛海「で、ではアイラーム海がある大陸の大きさは……」



白虎〔湖の大きさの大体15倍。ユーラシア大陸が三十個あっても足らないほどの広さだね〕



「まじかよ……」



「比べ物にならないじゃん……」



白虎〔とはいえ、これは最大の湖、最大の大陸での話だから。そういっても、地球のどの大陸よりも大きな大陸がいくつもあるんだけどね。面積が大きいから、それに比例して国家の数も莫大だね。二百以上の国家がある大陸もある〕



希道「では、世界全体では……」



白虎〔うん?千なぞ優に超えるよ?覚えることは不可能だね。だけど、ちょっとした弊害もある〕



希道「それは…?」



白虎は右手の示指と中指を立てる。



白虎〔一つは重力。これだけ巨大で、地球と同じように建造物が建てられているんだ。惑星の質量も比例するように重くなり、結果として重力も大きくなる。とある工夫をして軽くなってるけど、それでもやはり『地球』の約1.5倍ほどだね。二つ目は交流の少なさ。陸地間の距離が長くなって、異なる陸地の人々の間での交流が少なくなってしまっている。例外として、中央の大陸『ミリャッセル大陸』は他大陸のと比べて発展している国が多いから、その国々は近隣の陸地の国々と交流しているけどね〕








ミリャッセル大陸最西部 オーカロン王国西部 港町ミスト



「おい!その積荷はこっちだこっち!そこのお前!あそこにある積荷を向こうに運んでおいてくれ!」



「了解っす!」



「さあ急げ!船が出港するぞ!」



港で、船の長と思しき人が指示を出し、船員が船荷をもって停泊する船へと運んで行く。



「新鮮なリラゴはどうです!なんと50ローランですよ!こちらの……」



「入荷したばかりの新鮮な肉はどうだ!安くするぞ!」



港から続く大きな一本の道。それに沿って展開されている店からは、客引きの声がとどまることなく聞こえ、一つの音楽のようになっている。



「お母さん!この人形欲しい!」



「はいはい。すみません!この人形を一つ!」



数多の人が道を行きかい、店へと立ち寄って買う人もいれば、



「じゃ、今日行くダンジョンについての情報をもう一度確認するが……」



「……あぁ!やっぱこの店の酒はうめぇ!」



点在する酒屋で、仲間と情報を共有したり、酒を嗜んでいる武器を持った人もいる。



ここは、『ミリャッセル大陸』の最西部にあるオーカロン王国、その西部に存在する港町のミスト。



港町であることで貿易船が数多く来航することや、一大物資消費地である王都オーカロンに近いという理由から、莫大な物資や資本、人が集まり繁栄していた。



その町の埠頭。此処には現在、千隻程の大小様々な帆船が停泊していた。



「多数の船がこう集まっていると、やはり迫力があるな」



「ああ。特に、最近建造されたあの戦艦は、な」



その船を見つめる二人の男性。彼らの目線の先には、一隻の大きな船があった。





戦艦カルラード級『カルラード』



「希望」の名を与えられたこの船はこの艦隊の旗艦であり、最近建造された船。


最新の技術を使った兵装を多数搭載、且つミリャッセル大陸初の弩級戦艦である。




彼らが艦隊を眺めていると、二人の後ろから一人の男性が複数の騎士を率いて歩いてきた。



?「ほう!これがカルラード級のネームシップか!やはりでかいな…」



「!?国王陛下!どうしてここに?」



?「巨額の資金に年月、人材を費やした国家計画がついに始まるのだぞ?我が出ずしてどうする?」



国王バーナミラ・ド・ラ・オーカロン。オーカロン王国第四十九代国王として君臨している。



バーナミラ「この艦隊は、この先の広い海を探索し、我らが祖国に繁栄をもたらす計画の始まりとなる艦隊だ。水平線の先には、まだ見ぬ大地、まだ見ぬ国家、多くの資源、多くの人、国家が繁栄するに必要なものが大量にあるだろう。それらを以てして、我が国は列強としての地位を確固たるものとする。あの『ミファサール帝国』に負けて堪るものか」




『ミファサール帝国』


オーカロン王国の北に位置する隣国であり、軍事力を背景に国土拡大を続けていた。


かつては大陸北西部に存在する小国に過ぎなかったが、今から約百五十年前に名君が五代続けて即位する、所謂五賢帝が誕生。富国強兵に努めて国力を蓄えたのち、隣国を次々と併合。六十年前に発生した二十年戦争で領土を大きく拡張して国号を改めた後も、現在に至るまで領土的野心を隠さない。



十年程前、遂に領土を接した二国の間では、軍事的緊張が高まってきており、オーカロン王国は帝国を仮想敵国としていた。



バーナミラ「かの国に負けぬため、彼らには頑張ってもらわねば……」



雲一つない青空の下で、彼はカルラードを静かに見つめて、拳を強く握りしめた。








白虎〔それで、これから君たちには能力を選んでもらい、その後向こうに転送する。この中から三つ選んで〕



そう言った途端、生徒らの前には、白く光る文字と、三つの四角の枠があるディスプレイが出現した。



白虎〔そのディスプレイには選べる能力とその説明が書いてある。スクロールすれば、下のほうにある能力も選べる。文字を長押しすると動かせるから、それを四角の枠内に入れると能力を選択したことになる。能力を外すには、文字を長押しして枠の外にもっていけば良いよ。ただ、ここで選んだ能力は変更できないから、役に立たない能力を選ぶと、向こうに行ったすぐ後に困ることになるかもね。ま、能力は向こうに行ってからでも取得することは可能だけど。それと、言語や細菌といったものの心配はしなくていいよう、こちらで何とかする。それじゃ、三つ選んでね〕



そう言うと、恐る恐る生徒らはディスプレイを操作し始めた。



「……ふんふん、こういう感じか……」



「なあどうする?三つしか選べないから、慎重になった方が良いよな?」



慎重に選ぼうとする者もいれば、



「うちはこの、『火魔法Ⅰ』にしようかな~」



「じゃうちは『水魔法Ⅰ』にする~!」



次から次へと選んでいく者もいる。



さて、百合とソラはどうだろうか。



百合「どうしようかな~?」



ソラ「さて、どうするか……とりあえず全て見るか」



二人とも、能力を吟味して選ぶつもりのようだ。一つ一つの能力を見ては思惟している。



ソラ「……ん~……ん?」



と、ソラは妙案が浮かんだのか、三つの能力を枠に入れて眺めだす。



ソラ(一番下のほうにあったこの能力……。こいつと……これ……そしてこれ……。これが合わされば……良し、この三つでいこう)





約一刻半ほど過ぎ、生徒全員が能力を選び終わるのを見て



白虎〔さて、選び終わったようだね。能力に関しては、確認しようと意識すれば向こうでも確認できるから。それじゃ、転送するよ〕



白虎はディスプレイを出して何か操作をする。すると、生徒たちの体が輝き始めた。



白虎〔それでは、異世界生活を楽しんでね〕



見送っているのか、手を振る白虎。



「異世界か……大丈夫かな……」



「なに!お前なら大丈夫だろ!」



友人同士で肩を組む、



「向こうの世界で、また会お?」



「うん、約束だよ……」



手を握り合うなどなど、別れを惜しむ生徒もいれば、



「ふふふふふ……向こうに行ってハーレムを……」



「…………ふん、くそが」



悲しきかな、そういった人すら持ち合わせない生徒も。



百合「ついに、異世界か……それじゃあ、向こうで……」



ソラ「ああ。向こうでも頑張れよ、リリー」



百合「ふふ。それはこっちの台詞だよ」



輝きが強くなり、目の前が真っ白になったと同時に、生徒たちの意識が途絶えた。










生徒らがいなくなった後、白虎は椅子に腰かけると、頭を抱え始めた。



白虎〔…………〕



白虎{何がどうなってる?こんなことは初めてだ。おかしい。全くもっておかしい。何が原因だ?どうしてこうなった?忘れている?いや、そんなはずはない!これは何度もやったことだ。あの人間から片鱗はうかがえたということは、成功はしてるはず。なのに何故……?}



体から大滝のように汗を流しながら思案する。暫くして、白虎は立ち上がり、扉を出現させる。



白虎{ここで考えても仕方がない。本部に戻ろう。対策を練らねば……}



白虎は乱暴に扉を開けて、大きな音を立てて閉める。



誰もいない空間は、静寂によって占領された。

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