第5話 詩の弾丸が撃ち砕かん
「理多、ヒカル、ストリーム。行くわよっ」
グリップから光が砲身に流れ込んでいく。
薙刀の先端の砲口に光の粒子が集まる。それは小さな文字だった。それらが砲口のまわりをぐるぐる回る。
長砲の狙いは野人。だがその狙いの先にいたのは野人だけではない。俺もその射線上だったのだ。
ヤバい、ヤバい、ヤバい……
「ポエトリーストリーム!」
三人の女たちが声を合わせたその瞬間、俺は飛び起きて射程から逃がれた。
「えっ!」
照準を合わせていた福乃が驚く。
光の砲撃はその瞬間、軌道を変えた。
強烈なビームは野人という狙いを外した。
「なんで、そこにいるのっ!」
叫んだ福乃の黒いスーツがチカチカ瞬く。福乃とあとの二人の服装は会議室にいたときのものに透けて、また黒いスーツに戻る。
野人はその隙に這っていく。そして撃たれ倒れている人間を掴んだ。
人の脚に喰らいつき骨ごと噛み砕き咀嚼する。残虐な行為の後に奇妙なことが起こる。
斬り落とされた野人の脚のあった部分に細かな綿のようなものが出現し失われた脚が再生した。
野人は再び二本の足で立ち上がる。
その剛腕で標識のついた鉄の支柱を引っこ抜く。
まず理多に襲いかかった。薙刀で受けるがブレードはかすれ、最後は力で押し切られて吹っ飛ばされた。
その一撃で理多の着ていた黒いスーツは蒸発し倒れた。
ヒカルは「理多っ」と声をかけ、理多と野人の間に立った。ライフルを連射する。
だがライフルの銃弾を野人は鉄の支柱の標識で防御する。
野人は一気に接近しメガネを支柱で殴り飛ばした。ビルの壁に吹っ飛ばされた。
ヒカルのスーツも消えた。戦闘不能だ。
「よくも、詩魔め、許さないわ」
福乃が果敢に野人に立ち向かう。銃弾は野人の胸に命中するが威力が不足していた。野人は止まらない。
野人は福乃の腕を掴み、そのまま投げ飛ばした。
福乃は俺のそばに投げ出される。
「なんで雨森くんが起きてんの⁉︎」
「たぶん、これ」
俺は首からぶら下げた身分証を示す。カードに突き刺さった弾丸に福乃が目を凝らす。
「なんでそんなものぶら下げてるのよっ!」
「い、いや総務がいつも忘れずに社員証をつけておきなさいって、御達しを出してるし」
「そういうこと言ってるんじゃないっ!」
「どうして撃ったんだ? 俺を殺すのか?」
「殺すですって? いいえ、その弾頭はプラスチック。本物の銃弾なら心臓に穴が空いてる。わたしが撃ったのは雨森くんを失神させるため」
えっ、他の人も気を失っているだけなのか?
「この弾丸は人を殺傷しない。この弾には詩が書いてある。詩の魔力で魔を封じる」
だがそんな会話をしている場合ではなかった。再び野人が襲来する。福乃が俺の前に出た。
パンッ!
銃弾は野人の胸に命中したが、わずかばかりポロポロと綿みたいなものが出ただけだ。
「ダメ、ポエトリーが尽きる」
野人が腕を伸ばす。福乃が捕まった。
首を締められ福乃の顔が苦悶に歪む。
黒いスーツが眩く輝いて消えた。服は会議室の時のものに戻っていた。
「雨森くん逃げて……」
苦しみながら福乃は俺に言った。彼女はテロリストではなかった。福乃が殺される。
俺は無意識に胸のIDカード触れていた。そこに突きささった弾丸を握っていた。トクン、人の胸に触れたような鼓動を感じた。
弾丸が輝く。そして俺の心に言葉が脈動し浮かび上がってくる。
妖しの国より
奇々怪々と闇を
そは呪われし うつつならぬ命
在ってはならぬ
な、なんだこれは? 詩…… なのか?
銃弾から言葉がコンコンと溢れ出してくるような感覚。その詩には未知の力が篭っていたのだ。
銃弾と拳をその文字、詩がぐるぐる周回する。その様子は先ほど女たちが長砲を撃とうとした時に酷似していた。
小宮山福乃は俺を助けようとしたのだ。そのために魔物に殺される。俺のせいだ。いや、違う。なにもかもはこの魔物のせい。
恐怖という殻に押し込められていた怒りという感情が詩と合わさってぐらぐらと沸騰していく。女の子を傷つける野人への怒りが膨らむ。
化け物を倒すという凶暴な意欲が喚起されていく。
うおおおおぉっ!
俺は詩にとり憑かれた。
進化の忘れ形見、猿から人への途上、人の似姿をした獣、野人をにらむ。
ギガントピテクスの生き残り、巨体を覆う剛毛。その咆哮は人か、人でなしか。いずこから来しか。雪山のいただきか、それとも密林の奥か。
人に似た人ではない巨体、いにしえの野蛮に俺は対峙していた。失われた人類の過去、太古に置き忘れた人の野蛮が実体となっていた。
野人の咆哮は世界を震わす。恐るべき膂力は人など簡単に引きちぎるだろう。
この世界に呼び出されたことへの憤怒、その形相が俺を威嚇する。
だが俺に畏れはない。
撃ち放て
弾道は詩を
詩の弾丸が闇を撃ち抜かん
魔物よ滅せ
ひとかたの生を忘れ 塵に還れ
手のなかの銃弾は生きていた。俺の怒りを詩が吸い込みシンクロする。
銃弾を握ったまま振り上げた拳には、圧倒的な詩情が込められていた。
唸る拳が野人を迫撃する。輝く文字に覆われた拳を野人に撃ち込む。
拳が、けだものの脈打つ心臓に命中した。
魔を滅ぼす詩の拳撃だった。
野人が苦悶し叫喚する。
掴んでいた福乃が放された。
暴れながら野人の姿がぼやけていく。そのシルエットは小さな光の粒に還元されていく。分解していく粒子は塊ごとにぼろぼろとこぼれていく。
その細かい粒子は細かな文字だった。
地面に落ちた詩の文字は雪の結晶のようにすぐに溶けて蒸発し、そこにはもう野人の痕跡は微塵も残らない。
なんだ、この化け物は?
「嘘っ⁉︎ 8,000クラスが一撃で…… これが詩人の
福乃がつぶやく。それは俺の知っている加能商事の総務の女子ではない。
なんだ、この女たちは?
俺の手のひらに握った銃弾は熱を持っていた。その力がなんなのか、俺は理解できない。
なんだ、この力は?
俺は銃弾に込められた詩の力で魔物を滅ぼした。三人の女たちは、突如現れたヒーローに呆然としていた。
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