Poetry2 対魔部隊

第6話 待ちあわせのカフェ 福乃に口止めされて

 待ち合わせだった。会社でできない話だろう。あの事件のことをどうすればいいのか、俺にも不安があった。

 だから昼休みに小宮山からかかってきた内線の申し出に応じたのだ。


 で、いまカフェにいる。職場のビルの一階だ。

 はやく着いていた。時間のあるとき俺は詩をつくる。


   幾つものビーンズが棚にならび

   スチーマーが息つぎ 雲が出た


   白磁に乗っかるフォームミルク 

   天井のファンはのんびりまわる


   ノートPCを開く学生 女性客のおしゃべり

   ケースのなかのスイーツ 黒板のチョーク絵

 

   ここはオフィスでもなく 家でもない

   コーヒーを飲むこと以外

   なにも定められていない 不確かな場所


   衣食住が足りて でも健康で文化的な生活を望むぼくらに

   あまねくもたらされる 第三の時のかたち

   余計な空間こそが現代の幸せをつくる


   やあ魚座の女神を讃えよ

   かの女神はカフェインで魔法をかける


   ぼくらクリエイティブの空気を呼吸して

   とくべつなアイデアが浮かびそう

 

   いつか歴史のなかで

   このサードプレイスの意味が問われよう


   大きな窓に夕暮れはグラデーション

   もみの木の輪郭も滲んで……

 

   さて

   待ち人はふうわりブラウス ラテ色のパンプス

   オフィスから抜け出したオフィスカジュアルが

   ぼくに気づいて まあるい目をパチクリ

   にっこり手をあげるんだ


 詩作の途中に小宮山が入ってきた。カウンターでスイーツと飲み物をオーダーし俺の席へ来る。可愛い。


 詩ができてうれしい。しかも女子も入れられて即興のサプライズだ。なんでもない日常のなか詩を創るのは喜びだ。仕事に追われるのではなく、日々のプライベートを大切に過ごす。まさに俺の望むスローライフ=詩のある丁寧な暮らしだ。


「来てくれてありがとう」

 あの日、俺は現場を逃げ出した。三人の女の子たちは疲労困憊し、現場は混乱していた。誰も止めるものはいなかった。


「それと魔を消してくれた。わたしたちが助かったのは、雨森くんのおかげ。ほんとうにありがとう」

 福乃は改まって頭を下げた。


 そんな真剣な目で見つめられても……困る。


「あれはなんだったんだ?」

「詩魔。詩によって生命を与えられた魔物。わたしたちはあれと戦っている」


 詩が命を与える? いや、冗談だろ。


「雨森くんの握った銃弾には魔を滅する詩が書かれている。詩魔は魔法的な存在だけど、それを倒すのも魔法なの」


 信じがたいが、俺も戦ったのだ。だが疑問はまだある。


「なんで俺や他の人を撃ったんだ。プラスチックの弾だとしてもひどい」


「魔物を見せないため。あの弾丸は人間は眠らせるだけ。当たったら薬液が出るの。それが雨森くんの場合IDカードに阻まれてしまった」


 ふむ。

 やはり福乃はテロリストではなかった。魔物から人々を守っているのだ。


「なぜ君たちは魔物を隠す?」


「だって、それが世界を護ることだから。魔物の目撃者が増えることは魔に力を与える。だから見せてはいけない。見てしまったら…… 雨森くん、ほんとうならあなたは収容されなきゃいけない」


「は?」

「放射能除去という名目で政府施設に隔離されるの」


「いやだよ。だいたい他の人もあの魔物を見たろ。みんな収容されるのか?」

「彼らは手術で記憶を消すわ」


「じゃ、俺にもその手術をしてくれよ」

「記憶消去のオペは難しいの。数秒やそこらの目撃ならいいけど雨森くんのはそんな程度じゃない。成功率は低くなる」


 成功率だって?


「雨森くんの目撃時間なら五〇%程度になる。後遺障害が残るかもしれない」

 福乃は暗い眼をした。


「冗談じゃない。俺は収容されるしかないってことか!」

「いいえ収容させたりしない。だから秘密にしておいて欲しいの。来てもらったのはそのことをお願いするため」


 口止めか。そうだよな。デートに誘われたんじゃない。

「分かった。誰にも言わない」


 異論はなかった。


「ありがとう、雨森くん」

 福乃は笑顔を見せた。


「雨森くんは、なぜ詩をやっているの?」

 答えにくい質問だ。


「なんとなくだよ」

 説明するのも恥ずかしい。ポエミーだとか悪口も言われるし。


「昔からやってたの?」

「うん。いや…… やめてた。けど何年か前にまた始めたんだ」

 中高校生の頃は詩をやった。大学生、社会人となって遠ざかってた。


「なぜ再開したのかな?」


 詩を創ろうと突然浮かんだだけで、説明できる理由はない。

 社畜は日々仕事に忙殺されている。いろどりが欲しかったからだろうか? ほんと、なんでなんだろう?


「……」

 答えあぐねて黙ってしまう。


「ね、シフォンケーキ半分こしようよ」

 福乃が話題を変えてナイフで切り分ける。


「太っちゃダメなの」

「ぜんぜん太ってねーじゃん」


 痩せてはないが標準的だ。女の子の美容体重ってのは行き過ぎだ。細い娘が魅力的ってわけじゃない。小宮山ぐらいで全然いい。


「スーツが装備できなくなるから」

 その言葉に楽しいカフェタイムがシリアスに引き戻される。


「わたしは誰も詩魔の犠牲にさせはしない。こんな美味しいケーキが食べられるスタバを護りたい。この世界を護りたいの。ほんとうは雨森くんに魔物を見せたくなかった」

 使命をまっとうできなかった反省の言葉は、あなたも護りたかったと聞こえた。


 シフォンを食べ終わる。


「誰にも言わない。魚座の女神に誓う」

 カップのグラフィックに俺はつぶやく。この女神に誓う。


「ん? わたし獅子座だよ」

 おおう。コーヒーチェーンのアイコンの女神のことを、福乃は自分と誤解した。

 女神は自信ありすぎだろ。


「血液型はO型、おおらかなO型」

 いや聞いとらん。

 O型、大雑把なとも言う。繊細な俺とは合わない。


 福乃がテーブルを片づける。

「雨森くん、トレイ持ってて」

 言われるがままにトレイを手にする。


「トレイを持っトレイ」


 こっ、この女、駄洒落を言いやがった。


 テーブルのケーキのカケラをナプキンで拭く。

 ニコニコして天真爛漫で銃を持っていた時とまるで違う。


 俺がトレイを運んでゴミ箱に向かう。福乃はテキパキと分別して捨てる。カップルみたいだ。こんな娘とサークル活動ができたならと思う。


 楽しげな時間はすぐ終わる。これっきりだ。こんな危ない話に首を突っ込むべきじゃない。この娘たちは危険すぎる。


 可愛くなけりゃよかった。甘くて苦いカフェタイムだ。コーヒーの苦味が口に残ってる。


▪️◇▪️◇▪️◇▪️◇▪️◇▪️◇▪️◇▪️◇▪️◇▪️◇

次回予告 

=================

 は? えっ、えっ? 詩で…… 戦う?

「詩で戦えだとおおおっ⁉︎」

「そっ、あなたは詩の魔物と戦うの」

=================

「詩で戦え」と謎の誘い!?

 職場帰りの雨森を待ち伏せていたのは、あのメガネ女子。彼女が語る「詩の力」の秘密、そして対魔部隊への勧誘。

 色仕掛けを試みるメガネ女子に雨森は籠絡されるのか……


>>>第7話 メガネに誘われ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る