第7話 メガネに誘われ

 その日から数日が経った。

 職場の産業振興ゾーンには、いまだ覆いに囲われた異様な光景が広がっている。復旧工事の音が響くなか、フェンスの内で何かが蠢くような錯覚さえ覚える。

 除染措置だという。だが俺は知っている。この場所に放射能なんてないという真実を。


 テロリストはなにをしてるのか? 俺はなぜ魔物を倒せたのか。分からないことだらけだ。


「雨森さーん!」

 聞き覚えのある声が背後から響いた。振り向くと工事用フェンスの上にあのメガネの娘――いや、ヒカルがいた。まるで猫のように身軽に飛び降りてくる。


「偶然ですぅ。ご帰宅早いですねぇ」

「偶然……なのか」

 俺の目には猜疑心が出てただろう。


「実はぁ待ち伏せちゃいました。リーダーと雨森さんの会社が水曜ノー残業なのは分かってますのでぇ」

 満面の笑顔で悪びれた様子もない。

 リーダーとは福乃のことだ。


「なんの用だ?」

「このまえは大変失礼つかまつりました。それで、あらためましてオファーします。わたしたちの仲間になって詩で戦ってください」


 は? えっ、えっ? 詩で…… 戦う?


「詩で戦えだとおおおっ⁉︎」

「そっ、あなたは詩で詩の魔物と戦うの」

 平然と眼鏡女子のヒカルは言う。


「は? な、なんで」

 いまさら仲間ってどういうことなんだよ。調子のいい。


「適性があるとわかりましたからね」


 適性?


「雨森さんは詩弾に反応し、ポエトリーの力で魔を滅しました。適性があるんですよ、対魔戦に」


「詩弾に反応って?」

「詩の弾丸に触ってどうなりました?」

 俺の質問にヒカルは質問で返す。


 触ってどうなったか? 思い出す。

「……そう、すごく暴力的な気持ちになった。怒りが我慢できなくて、あの魔物を許せないって感情が湧いて」


「それがポエトリーの反応なのですぅ。銃弾に込められた詩が魔法となり雨森さんに憑依したのです」

 ヒカルは説明する。


「詩は、ただの言葉遊びじゃないんですよ。詩は魔を撃ち砕く魔法の呪文。その力こそが魔を滅するのです。雨森さんが倒した野人の詩魔のメイヘム値は8,000でした。レベル2の詩魔になります。初めての戦いで、しかもたった一人でレベル2を倒したなんて聞いたことがありません」


 それがどれだけ凄いことなのかピンとこない。


「わたしたちが撃つ詩の弾丸はメイヘム換算で100から200ほどの威力を持っています。8,000の詩魔であれば、50回は弾丸を当てないと倒せません。理多のブレードは1,000ほどの威力です。8回クリティカルな斬撃を与えれば倒せるでしょう。それに比して、雨森さんはたった一撃で詩魔を倒したのです。おそらく10,000程度だったと想定されます。銃弾の百倍、ブレードの十倍の攻撃力です。どれだけ凄いことかわかりますか?」


 ヒカルが興奮していることは伝わった。


「雨森さん、ぜひ対魔部隊に入ってください。詩弾に反応したということが凄いことなのです。何万人に一人の特別な力です。わたしたちには詩人が必要なのです!」

 スカウトに熱がこもる。


 あの日、俺の身に起こったことは理解できた。けれど……

「なんでそんな危険なことに参加しなきゃいけないんだ。どれだけ適性があってもごめんだよ。詩は俺にとって平和に日常を癒すためものなんだ」


 詩をやっているのは言葉でなにか創りたいからだ。輝いて宝物のようなもの、あるいは生命が吹き込まれるようなものを創りたい。ずっと残せるようなもの、誰かに受け渡せるようなものをだ。


「いちおう詩のサークルですよ。いつも魔物と戦っているわけでもないですし、ふだんは平和です。とりあえず一回お気軽な気持ちでどうですかぁ」

 いやいやいや…… そんな危険な詩のサークルはない。


「ノーだ。入らない」


「ちぇっ、つれないな。ふう。ま、今日オファーしたばかりですしね。あと、ここだけの話しヒカルはおっぱいでかいですよぉ」

 そっと耳打ちする。


「な、なにが関係あるんだよ」

 たしかにそこは主張してる。姿勢を戻すとぶるんと揺れた。


「色仕掛けでどうかなぁと」

「そんなのには乗らん。だいたい自分をそんなことに呈して悲しくないのか」


「ぜんぜんです。この乳が世界を救うのであれば乳も本望ですよ。世界を救ったFカップとして歴史に名を刻む。銅像にしてもらっていいくらいです。おっぱいをあがめよ〜」


 このメガネ、やっぱり変なやつだ。しかしその部分は確かな質感を持ってそこに在った。


 そのとき俺のポエトリーが喚起されたのだ。


  姿勢を変えるたび 揺れる

  柔らかな膨らみ

 

  悩ましき豊穣のシンボルよ

  視線を惹きつける丸みには


  僕らにはない 僕らの希望が……


 いっ、いかん、思わず詩を詠みかけたじゃないか。巨乳、恐るべし! おっぱいで詩を創ったりしたら詩人の終わりだ。絶対にエロ詩吟などに手は出さん。


 これはある種のハニートラップなんだ。絶対に後で痛い目を見る。危ないところだった。ダメだダメだ。


「とにかく雨森さんに入っていただけるなら、わたしのおっぱいなんて小さなものです。あ……いや実際は大きいんですけどね」


 どっ、どっちなんだいっ‼︎


 ともかく俺はメガネの誘いを断った。詩で魔物と戦うなんて物騒なことゴメンだよ。


▪️◇▪️◇▪️◇▪️◇▪️◇▪️◇▪️◇▪️◇▪️◇▪️◇

次回予告 

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 そのとき地面に落ちていたものが目に留まった。

 銃弾だ。

 俺は地面に転がっている弾丸を拾った。

 あの詩が聞こえた。


   撃ち放て

   弾道は詩を曳いて迫撃す……


 それは俺の蛮勇を起動する。

=================

 覚醒する詩の力、銃弾に宿る詩が奇跡を起こす――追い詰められた男の逆転劇

>>>第8話 兵士に追われ

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