第4話 失われた野蛮が襲えば

 全てが符合した。テロリストならばあの奇妙な入会審査も納得できる。政府への不満という質問は、反政府組織への適性をふるいにかけてたのだ。


 雨森敦史…… 享年二五歳、死亡。


 走馬灯のように半生が思い起こされる。

 ああ、つまらない人生だった。寂しい人生だった。

 詩は日々の虚しさを埋めてくれたけど、できれば、そんな詩をいっしょに楽しんでくれるような友人が欲しかった。だからサークルの扉を叩いたのだ。


 もしも来世があって、異世界なんぞに転生できるのなら、そこでは晴耕雨読的な詩を楽しむスローライフがいい。

 それとも自分がチートな勇者となってヒロインにチヤホヤされる世界がいいか。

 いや剣は怖い。殺し合いとか勘弁。俺は平和主義者だ。やっぱスローライフだな。


 まだ意識はあった。あれ? いまわの際ってこんな長いものなのか?

 胸が痛い。そこに触れた。血は手につかない。


 死んでない? ってことはやはり転生?

 俺は首だけを起こした。


 寝そべっていたのは、ロマンあふれる大草原ではなく、さっきまでとなんら変わることのない灰色のアスファルトだ。


 ん? 胸にぶら下げていたIDカードになにか刺さってる。

 弾丸だ。あの詩のサークルのテーブルにあったものだ。

 そうか、IDカードが銃弾を防いだのか。


 周囲をうかがう。福乃は銃を構えていた。服装は黒いピッタリした戦闘服のようなものだ。

 寝転んだままこっそり見る。起き上がればまた撃たれるだろう。絶対に見つかってはならない。

 たぶん福乃は死んだと思っている。女テロリストが去っていくのをこのまま待って生き延びる。それだけが俺のいまの願いだった。


 ズダーン。

 何かが投げつけられた音がした。

 原付スクーターが転がっていた。


 走ってきたのではない。飛んできたのだ。

 誰が投げた? 警察の特殊部隊が投げたのか? そんなことあるだろうか?

 福乃が戦っているのはなんだ?


 咆哮がした。

 人じゃない。吠え声にはなんとも言えない気持ち悪さがあった。猛獣というより人の叫びに聞こえた。

 銃口の先に戦っているものがいる。銃が動く。


 黒い影が視界をよぎった。


 影はちらっと見えただけで地場産ゾーンの景観林へ入った。


 人影? 逆光でシルエットしか分からなかったが。

 そのシルエットは人にしては大き過ぎた。


 理多とヒカルが駆けつける。福乃と同じ戦闘服だ。

 メガネはライフルを装備し、モデル風は棒状の武器だ。


「福乃、敵はどこ?」とヒカル。

「林よ」


「ふむ。脅かすか」

 ヒカルはライフルの先を別パーツに交換し構える。

 ダンッ。林がホワイトアウトし木々が輪郭をくずす。閃光弾だった。

 黒い影が飛び出した。


 巨体を覆う剛毛、人に似ているがもっと巨大で凶暴な野人だった。

「いよいよエースの出番ってやつだわ。福乃、ヒカル、あんたたちは退がって援護しな」

 理多は野人の前に仁王立ちになる。


 ヴォン。

 手にした棒の先が輝く。

 薙刀だった。ブレードは金属ではない。光の刀身だ。

 刃先は野人に向けられる。


 深い眼窩の奥では、白目のない黒い闇が爛々と対峙する女を見つめていた。 

 歯列はノコギリのようにギザギザで歯数が多い。

 人喰い鬼だ。古の野蛮が目覚めた。過去に置き忘れた血塗られた人類の原点がそこにある。


「ふん」

 理多は不敵に笑うと、迷いもなく突進した。


 懐に飛び込み野人の腕を体勢を低くしてかわすと、ブレードを横に薙ぐ。

 脚を狙った一太刀は毛むくじゃらを抉った。野人が膝をつく。

 いや浅い。膝からなにかポロポロとこぼれたが血ではない。毛が落ちただけか。

 野人が前に出る。理多は後退するが野人の歩幅が大きい。

 理多はそのまま身体を後ろへ倒しバク転して逃れる。


 パパパンッ。乾いた音はライフルだ。

 野人が顔を手で覆った間に理多が距離を取る。

「理多、コンビネーションでいくわ。こいつ予想以上にポエトリーがデカい、メイヘム値は8,000を超えてるわ」

 福乃は野人の右側に位置をとった。


「ふんっ、一人でやれるっつーの」

 そう言いながらも理多は左に展開する。

 

 バンッ!

 福乃の銃は一際大きな音がした。ライフルより威力が強いのか。野人の肩が弾ける。しかし血は出ない。代わりに綿のようなものがボロッとこぼれた。


 一瞬の隙に理多が薙刀で飛び込む。


「スラーッ」

 理多の雄叫びとともに渾身のブレードが野人を貫くかに見えた。


 だが野人は後ろに反って倒れ、そのまま身体を回転させて跳びすがる。

 理多がやったのと同じことをした。

 野人は戦いを学んでいる。それこそが獣でなく、人へ進化しつつあった生物の証左だった。


「この猿、ムカつくっ!」

 女たちに背を向けて野人は逃げた。

 センターのガラスを破りそのまま中へ消える。

 理多も建物へと侵入する。


 すぐにレストランの入口から人々が出てきた。野人から逃げてだった。

「ヒカル、マズい。一般人! 撃ち漏らさないで」

「了解、隊長」


 福乃とヒカルは人々を射撃していく。一般人を攻撃していた。

 訳が分からない。やはり女たちはテロリストで、あの野人が正義なのか?


 野人が建物からガラスを破って飛び出した。

 理多も続き、追いついて薙刀を振るう。野人の膝を払った。


 野人の片脚が斬り落とされた。巨体が倒れる。

 とどめを刺そうと理多がブレードを振りかぶる。

 しかし薙刀が翳った。


「ちっ、ポエトリーが足りない!」

 構えを解いた。


 野人は一本だけ残った脚と手で這って逃れようとする。

 ゾンビのように俺の方へ這い寄ってくる。

 こっちに向かってだった。気味の悪い動きには人が歩くほどのスピードがあってどんどん俺に迫ってくる。

 かっ、勘弁してくれ。叫びたい気持ちだった。


「理多っ。こいつ8,000クラスよ。一気に行く。みんなのポエトリーを集めてストリームをかけるわっ!」

 三人の女がひとところに集まる。


 理多がかすれていた薙刀のブレードを消す。

 続いて薙刀の柄の部分にグリップを接続した。長い銃のような形になる。

 そこに福乃の銃とヒカルのライフルのグリップも外してつける。


 それはグリップが三つ接続した長砲だった。

 福乃を中心に両脇をヒカルと理多がしゃがむ。その砲は三人で撃つためのものだった。


 なんだ、あの火器は⁉︎ そんなものは見たことも聞いたこともない。銃砲に詳しくない俺でも、それが特殊な武器だということは理解できる。そもそもが理多という女の薙刀だったものだ。


 福乃が照準を定める。



▪️◇▪️◇▪️◇▪️◇▪️◇▪️◇▪️◇▪️◇▪️◇▪️◇

次回予告 

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 黒いスーツが眩く輝いて消えた。服は会議室の時のものに戻っていた。

 福乃が殺される。

「雨森くん逃げて……」

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 詩が宿る弾丸が、野人の咆哮を打ち砕く!

 突如覚醒した雨森の詩の力が、絶体絶命の女たちを救えるのか?

 運命の一撃が、物語を加速させる。

 “詩”が武器になる、新たな戦いが始まる。


>>>第5話 詩の弾丸が撃ち砕かん

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