第3話 帰り際にはテロ警報が鳴り

「はい、診断します」

 福乃は画面を覗き込んだ。


「見るんじゃないかっ! AIが診断するんじゃなかったのかよっ」

 騙しやがったな、こいつら。


「だって見るって言ったら正直に書かないでしょ。パラメーターは正確に書いてもらわないと判断できないの」


「なんでサークルに入るのに自分をさらけださなきゃいけないんだよ。恥ずかしいだろっ」


「えへぇ。わたしは恥ずかしいとこ晒すのって興奮しちゃいますぅ」

 にちゃあぁと笑うメガネのヒカル。なんだその変態発言は。


「ポエムだとか恥ずかしげもなく言う奴に、いまさら恥ずかしいことなんてあんの?」

 性格クソ悪女は失礼を重ねる。


 その間も俺の内緒の回答をメガネと福乃が閲覧していた。

「ほほぅ、彼女はいませんねえ」

 メガネが俺の顔を見つめる。


「あっ、そこは見るんじゃないっ」


「ふふん。いるわけないっしょ」

 性悪美人が失笑する。


「やっぱり〜」

 福乃がうなずく。

 おいっ!

 なんだその反応。やっぱりってなんだよ! 俺の評価ってそんな感じなのかよ。


「一般論として女性とおつき合いしてない人の方がポエトリーが高いんですよ。そのまま三〇歳超えると魔力とか使えるようになるって言いますしぃ」

 ヒカルはメガネをクイっと上げた。


「うっ、うるっせえわ!」


「ポエム好きってところはちょっと引っ掛かるけどぉ。まぁ、大丈夫かなぁ」

 メガネが画面をスクロールして全データをチェックしてから言った。


「なんてことのない普通のヤツよ。十把一絡げ、ただのポエム好きのキモい男」

 高飛車女もiPadの画面に目を凝らしながら言う。


「そうね、バトル経験もないだろうし。うん、雨森くんに適性はない。サークルには入れないわ」

 福乃が総括しておしまいだった。


 ひでえ。なんだよ! 俺の人生こんなのばっかだ。すごすごとドアに向かう。


「ねえ」

 福乃の声が呼び止める。


「数々の非礼はお詫びします。でも、こんなところ来ない方がいい。ここは雨森くんがいるべき場所じゃない。だから、さよなら……」

 さっきまでの毅然とした態度と打って変わって、子を慈しむ母のような優しい目だった。それは可愛くて、優しくて、頼りになるという会社での評判どおりの福乃だったのだ。


 なんでそんな言い方するんだ? 悲しい言葉に聞こえた。そう、まるで俺にこのサークルに入って欲しかったように思えるほどに。

 部屋の温度が急に下がった気がした。冷えた部屋で福乃だけに体温があるように思えた。


「もういいよ」

 部屋を出た。


 ひどいサークルだ。せっかく詩のサークルに入ろうと思ったのに。詩をいっしょにやる仲間ができたと思ったのに。看板に出会ってわかったのだ。俺が心の底で望んでいたものを。


 ただ一つ気になったことがある。テーブルの上にあったのは、見間違いでなければ銃弾だと思うのだ。なぜ詩のサークルに銃弾? 銃弾をテーマに詩を書くのか? いやいやいや。そんなものに詩情はない。

 いったいこのサークルはなんなんだ? 女たちは詩が嫌いだというし。わけが分からない。


 エントランスから外へ出る直前に館内放送が流れた。

『緊急テロ警報。緊急テロ警報。当地区に暴力破壊活動が確認されました。ただちに屋内に避難してください。繰り返します……』


 今日は最悪だ。よりによって、このタイミングでかよ。

 詩のサークルと銃弾、そしてテロ。まるで関係のなさそうな事柄が不測に絡んでいく。不穏だ。


 パパンッ。

 そのとき建物の外で銃声がした。マジか⁉︎

 屋内にいなきゃ。警報も出ている。


 なんて日だ。踏んだり蹴ったりだな。

 今日は帰れるだろうか? テロ警報はいつ解除されるのだろう?


 警報がやかましい。

 さっさと帰りたいが仕方ない。イライラしながらロビーに戻る。ソファーにどすんと腰をかけた。


 エントランスから避難者がどんどん入ってくる。ソファーが埋まっていく。

 窓という窓に自動でカーテンが降りてくる。

 放射線を防止するためだ。鉛のフィルムが織り込んである。テロ犯は小規模核爆弾ミニ・ニュークを使う。電子機器を破壊するのだという。


 屋内退避していれば大丈夫だ。

 自販機で飲みものでも買おう。退避は長引く。 


 ソファーを離れ、廊下を行く途中で轟音がした。窓が割れカーテンの隙間が開いてる。

 カーテンが閉じてないのはまずい。閉めなきゃ。

 外から破裂音が聞こえた。テロリストが来てるのか。

 危険だ。カーテンを持つ手が震える。


 しかし窓の外を見て釘付けになった。外に人が倒れてる。

 小宮山福乃だ!


 誰かが助けに行かないと。ここには誰もいない。俺の他は誰も。

 なんで、あんな失礼な女のために。

 でも同じ会社の同僚なのだ。部屋を出るときの福乃の優しい目が浮かんだ。


 くそっ。割れた窓を抜け出す。粉々に割れたガラスが服に触れてガラガラと落ちる。


「小宮山、大丈夫か! おいっ」

 駆け寄る。

 福乃は頭を振って身体を起こす。


 良かった。とにかく屋内退避させなきゃ。

 福乃は手に持ったものを向ける。


 それ…… 銃⁉︎

 パンッ。

 えっ! 撃たれた。俺が撃たれた、撃たれた、撃たれた……


 こいつらがテロリストだったんだ!


▪️◇▪️◇▪️◇▪️◇▪️◇▪️◇▪️◇▪️◇▪️◇▪️◇

次回予告 

=================

「理多、コンビネーションでいくわ。こいつ予想以上にポエトリーがデカい、メイヘム値は8,000を超えてるわ」

 福乃は野人の右側に位置をとった。

「ふんっ、一人でやれるっつーの」

=================

 死を覚悟した雨森の前に現れたのは、銃弾を撃ち合う女たちと、森から飛び出す人外の影――。

 誰が敵で、誰が味方か? 緊張と混乱が交錯する中、詩の力が新たな展開を呼ぶ!


>>>第4話 失われた野蛮が襲えば

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