第3話 ダメな彼女ちゃん、深夜ラーメンをキメる



「遅い。ご飯食べに行くぞ」



珍しく残業をしていたら、いつの間にやら23時。

俺がやっとの思いで帰宅すると、玄関前にゆるゆるパーカーに眼鏡姿の彼女様が待ち構えていた。



「あれ?先にご飯食べててって言ったよな」

「食べた」

「じゃあ良くないか……?」

「一人で食べるご飯はつまらない」

「はぁ」

「いやまあ確かに、VTuberの配信やアニメを見ながら食べるご飯も悪くはないんだが………何となく、お腹がいっぱいにならないんだ」

「一理あるな……」


「だから食べに行こう。ラーメン」


「深夜だけど良いん?」

「明日からダイエットがんばる」

「まあそう言うなら……俺もまともに食えてないしな………」



無造作ポニーテールを揺らしながら「はやくしろ〜」と急かす美涼を宥め、取り敢えず荷物を置くためダイニングへ。



「ん………?」



一旦水でも飲むかとシンクを覗くと………なんか、コーラとか書いてあるペットボトルが見えた。



「おやおや………?」



次いで、ゴミ箱を開く。

そこでは、不自然に広げられた新聞紙が一番上を覆っており―――その下に、ポテチと柿ピーの袋がひょっこりと顔を出していた。




「はやく〜!お腹ペコペコだぞ、奢ってもらうぞ〜!!」




俺はお菓子を基本食べないし、別にこの家に来訪者が来た報告も記録も無い。

………つまり、考えられる犯人はこの腹ペコ駄目女ただ1名。



「…………なあ、美涼」

「なんだい」

「…………新聞紙で隠す手口って、案外みんなやってるぞ」


「―――ぎくっ」



そしてそのポンコツ犯人は、名探偵に追い詰められて図星が隠せていなかった。



「まさかと思うがお前………夕飯としてお菓子しか食ってないのか」

「…………ポテチも柿ピーも炭水化物だろう」


「栄養摂取舐めんな!!」


「急にキレるなよ怖いよ………」

「あのな、ポテチにコーラはあかんねん」

「何故に関西弁」

「脂質が多すぎてアカンすよ!」

「今度は猛虎弁になった。いや正確には違うのか………?」

「あんなものはグ◯ップラーさんにしか許されていない。もしくは土間う◯る」

「例えが両極端すぎる」

「確かに美涼はう◯るちゃんみたいだが」

「…………それは褒めてるのか?」

「う◯るの宴のようなお菓子にコーラという食事は、栄養バランスの三角形が崩壊しているよね?先生の言ってることわかる!?」

「急に小学校の先生みたいなこと言い出した」

「メタボになるぞ?」

「うっ………それは怖いけど」

「AAAやNASHやCKDのリスクだぞ?」

「知らんアルファベットを並べるな」

「おかしのたべすぎはからだによくないよ!」

「IQ乱高下しすぎてこわい」

「だいいちお腹いっぱいにならないのって、お菓子だけでまともに炭水化物取ってないからだろ。そりゃお腹に貯まんねぇよ」

「え〜でもオタ活にスナック菓子は必須だろ〜」

「黙らっしゃい」

「M-◯グランプリの時にケ◯タとマ◯ク食べるのと同じ理屈だぞ?」

「…………うっ」

「お笑い賞レースの度にファストフード食べる遊我がそれを言えるとは思えん」

「…………ぬぬ」

「そもそも、長尺ゲーム配信見てるのにポ◯コやな◯わも食わずにいられるのか?」

「…………駄目ったら駄目!!今日は我慢しなさい!!」



屁理屈を並べ立てる美涼だが、あくまで俺は薄情である。

ここで認めてたら、美涼が生活習慣病まっしぐらだし。長生きしてほしいし。

あと、元のクールな美涼もやっぱ好きだし、うまく駄目人間から脱却させないと―――






「なぁ、遊我」



そんな決意を固めていると、美涼がふと距離を詰め、20センチ差の身長を見上げてきた。









「…………ほんとに、一緒に食べに行っちゃ駄目か?」














「ちょっろ」



10分後、俺の姿はマイカーの運転席にあった。



「…………あんだよ」

「いやー、彼女のお願いを聞いてくれる良い彼氏だな〜って」



助手席には、ツンデレあざと系暴食爆食い生活習慣病まっしぐら女こと美涼。



「………アレは卑怯じゃないか?」

「持ってる武器を使っただけ」

「俺がああいうのに弱いの分かってやってるだろ」

「一応遊我の彼女だぞ。それくらいは承知の上」

「そうですか」



ふたり、国道を北上して深夜までやってるラーメン屋へと向かう。

オフな2人は、眼鏡もパーカーもお揃いだ。



「卑怯なのは遊我の方だろ」

「はいぃ?」

「普段は眼鏡の平凡な男なのにスイッチ入るとチャラ系のカッコいい男になる」

「おい、平凡って何だよ」

「目つきの悪さが逆に大人の色気出してる」

「おい、目つき悪いって何だよ」

「中身が馴れ馴れしいお人好しなのは変わってないけどな」

「おい、馴れ馴れしいって何だよ」

「いつもの遊我はしょうもない主人公の親友ポジみたいで魅力的だし、イケモードの遊我は乙女ゲーの攻略対象みたいで素敵だぞ」

「どうしよう………結構デレてる筈なのに言葉選びがゴミ過ぎて全然喜べない………!!」



俺の苦悩を表すように、連続して信号に引っかかる。

完全に褒められデレられイチャイチャ展開を期待していた俺は、赤信号前で急停止した時のように衝撃がデカい。そもそもこんな毒舌なことある?ひどくないすか??






「遊我は考えすぎだ。もっと単純に愛情を受け取るべき」




しかし、不満を表して尖らせていた唇に、美涼の細くて長い人差し指が触れる。




「遊我だって分かるだろう?ヒロインってのは面倒くさい生き物なんだ」




そして、信号がまだ変わらないことを察した彼女は、助手席を乗り出し、俺の耳元で囁く。














「遊我、好きだぞ」








高まる心音、上がる体温。

柄にもなく染まった筈の俺の頬は、きっと夜の闇で隠されている。




「…………急にやんな。心の準備させてくれ」

「嫌だ」

「このくらい突然で直球な方が好きだろ?」

「…………まあ、そうだけど」

「いつもなら恥ずかしくて言わんが、今日は一緒に来てくれたお礼ってヤツだ」




青信号になって、また車は走り出す。

隣に戻った美涼の、ふたり一緒な柔軟剤の香りが、まだ鼻腔に残っている。




「ま、もしデレろって言われなくても、私は気ままにデレてると思うよ」




だんだんとその香りは、胃をくすぐるラーメンの匂いへと変わっていく。




「ちゃんとオシャレしたデートも勿論大好きだけど。

 遊我と付き合ってからは、こういうグダグダで普通な日常も良いなって思えてるしな」





そして俺らは、平凡で素敵なラーメン屋に、ふたり吸い込まれていく。














「店員さん。家系ラーメン餃子セット、硬め濃いめ多めで」



「おい美涼。今深夜0時」

「え?何だって?」

「高血圧になるぞ」

「いい加減うるさいぞ。じゃあ遊我は何を頼むんだ」



「家系ラーメンチャーハンセット、硬め濃いめ多め」



「人のこと言えないだろ!!」

「ドカ食い気絶したい」

「もう………帰ったら家事も何もできないな………」

「明日は休みだし昼まで寝るか〜」

「かしこま」

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