第2話 オタクな彼氏くん、ギャップを見せる



「デートするぞ!」



休日の朝。

いつものように夜更かし後の惰眠を貪っていたを、とある男が起こしてきた。



「行かない」

「即答かよ………」



そんな眼鏡姿で平凡なルックスの男こと遊我は、私の返事にがっくりと肩を落とす。



「何でわざわざ休みの朝から外に出る必要があるんだ?休息は我々労働者の権利だぞ」

「はい」

「いや、むしろ義務ですらある。労働基準法にも書いてある」

「おい、そこの勝負を専門家に挑むとは良い度胸じゃねぇか」

「私の心の中の労働基準法だから遊我の専門外だぞ」

「私の頭の中の消◯ゴムみたいに言うなって……」

「なんでそんな昔の映画ネタ知ってるんだ」

「美涼と話を合わせたくて映画演劇見漁った時代あったから」

「…………急にデレるな。恥ずかしいだろ」

「俺はいつだって美涼にデレてるけど?」

「………だーかーら、今日は行かない」

「はぁ………」



なんだか今日は押しが強い遊我だが、私はひたすらにNOを突きつけ、ぬっくぬくの布団に潜り続ける。



…………あと、いい加減夏なんだから羽毛布団やめたほうがいいよなぁ。

でも『どうせヤった後は裸なんだからあったかいほうが良いだろ!?』って強情なエロ男が居るから、結局7月になったのに片付けていない。


―――いや、取り敢えず服着ろよ。私はすぐに着るから、比較して考えればただの露出狂でしかないぞ?



「あーあ、折角プレゼントしてやろうと思ったのになぁ〜」

「…………何だよ」



しかし、この露出狂こと遊我は、自分の裸と筋肉を自慢する時のように、ふふんと鼻を鳴らす。




「今日入荷した新作RPG。品薄すぎて高値で転売してるヤツ」



そして彼は、私にその入荷ツイートを見せ。



「一緒にデートしてくれるなら、これ買ってあげても良いんだけどな〜。でもずっと美涼が家に居るなら、外に出る必要無いしな〜」









「行く」




最近のオタクライフで物欲がカンストした私は、ノータイムで手のひらを返した。



「ちょっろ」



その掌ドリルっぷりに、彼氏様は呆れるが―――



「まあそこも可愛いしな。さっさと行くぞ」



いつものように、屈託の無い愛情だらけの笑みを浮かべてきて。

私は、少し照れてしまう。



「可愛いか………可愛いかぁ………」

「そうだぞ、美涼は可愛いぞ」

「なら、私も遊我の隣を可愛く歩く必要があるなぁ」



そう言って、私はメイクポーチを取り出す。



「なぁ、もしかして」

「ああそうだ。私にも準備って物がある」

「準備」

「流石にすっぴんに部屋着で外は出歩けないだろう?」

「すっぴんに部屋着は嫌だと」

「じゃあ遊我は裸で出歩けるのか?」

「暴論振りかざすんじゃねぇ」

「いやまあ露出狂の遊我は出歩けるか………」

「何のレッテル貼りだよ。俺のことどういうふうに思ってんだよ」

「なら私のメイクに1時間寄越せ。本気出す」

「本気」

「道行く人が全員振り向くくらいの本気」

「振り向くくらい」

「全員が可愛いとか綺麗って言うくらいの本気」

「………もう勝手にしろ!俺も俺で準備して優雅に茶でもシバいて余裕で待ってるわ!」

「お茶シバくとか日本語の乱用で草。恥ずかしくないのか?」

「お前が一番乱用してんだよ!!」



そうして、2人でドタバタと準備を始める。

………たぶん、うきうきした私の鼻歌は彼に聞こえてないだろうなぁ、なんて思いつつ。















「………で」

「あんだよ」



で、お互い準備してたらなんだかんだ時間がかかりまして。

お約束通り、今日入荷分のRPGは売り切れており。

今は、反省会と称したデートの続き。アーケード街のど真ん中である。




「………私に何か言うことあるんじゃないのか」


「準備が遅い。化粧中にいちいちこっち見てくんな。俺に迷惑かけてるんだからせめて集中しろ。お蔭で今日の店頭販売分売り切れたじゃねぇか(ちゅーちゅー)」


「そういうことじゃない」

「お詫びをしてくれるのは良いが何でタピオカを選ぶんだ。もうタピオカの全盛期は過ぎたぞ、一応アパレルの重役なら流行くらい抑えとけ。ニ◯ニコのランキングしか見ねぇからこういうことになんだよ(じゅぽじゅぽ)」

「…………うざ。死ねばいいのに」

「嫌ですぅ〜お前と結婚するまでは絶ッッッ対に死にませぇ〜ん」

「…………ねぇ、そういうこと人前で言って恥ずかしくない?」

「オタクに恥なんて概念必要か?」

「ところで、私は今日割と頑張った」

「まあ、あんなに時間かけてますしね………」

「だから、今日の私が頑張ったポイントを示してくれ」

「全部!!だって可愛いから!!」

「うわ適当」

「何か問題でも?」

「…………何で私こんな奴と付き合ってるんだ」

「好きだからだろ」

「…………いい加減にせい。私頭冷やしてくる」




そうして私は、タピオカミルクティーを片手に、ぷんすかと彼の隣から離れていく。












「はらたつ。いっぱい食べる」



遊我を放りだした私は、ヤケになってアーケードを食べ歩いていた。


アパレルの店頭で鍛えた技術を生かし、チーズハットグにかまぼこにアメリカンドッグにタピオカと、およそ両手で持てる量ではない食べ物を頬張っていく。うまい。



「なぁ、これ捨ててきて―――」



ふと、そんな言葉が漏れる。

だが、今はいつも隣にいる男が居ない。

多少ワガママしても許してくれる彼氏は、さっき気まずくなって離れてしまった。



やっぱりアイツってそこそこ大事なんだなぁ………なんて思うと、なんだか恋しくなって、少し恥ずかしくなる。



ちょっとばかし誤魔化して、また冗談を言い合おう。そう思って私は彼を探し歩き始め―――











「おねえさ〜ん。いいことしなぁ〜い?」



―――いかにもなナンパ男集団にエンカウントしてしまった。



「断る」

「そんなぁ。お金なら出すからサァ〜」

「こんなテンプレナンパ野郎現実に居るなんて」


「「「残念でしたァ〜!!3人いまぁ〜す!!」」」


「コントみたいで気持ち悪い」



顔面偏差値45くらいの、まあブサイクではないんだけど雰囲気を間違ってモテなそうな若い男3人。


バレンタインで義理チョコくらいは貰えるけど、それを意気揚々と自慢して本命を貰ってる陽キャにバカにされてそうな顔をしている。



「じゃあ、私はこのまま帰るから失礼」

「まァ待ちなって〜。冷静に考えてよ、俺らの事振り切れると思ってんのォ?」

「腹黒い三連星と言われた俺らの力、見せてやるよぉ」

「野球部で7-9番打ってた3人の実力、舐めんじゃねぇぞォ!?」

「………な◯j民に怒られるぞ」



彼らを避けようと、華麗なステップで避けようとするが…………なぜだか、私は昔のような機敏な動きが出来ず、行く手を阻まれる。



ああ、そういえば最近だらけてばかりでまともな運動してなかったな…………。



「じゃあそこ、試合決定で!」

「ブ◯イキングダウンで草」

「あれはナンパじゃなくてマッチングアプリみたいなもんやろ」

「…………おい、ここはネット掲示板ではないぞ」



ネットのノリを押し付けてくるイタい系三連星。

しかし、どうにも逃げ場が無い。もはや潔く受け入れるしかないのか―――

















「おい」




しかし、その決意は不要に終わった。


何故ならば。






「なんだよお前。誰だ…………よ………」






「誰って、将来の旦那様だが?」






そこには、アシンメトリーにした髪を編み込み、両耳から数え切れないほどのピアスを垂らし、何なら首筋にタトゥーまで見える、切れ長の目をした男がいたからである。







「…………遊我………!!」





「うっわ………ヤンキーさんじゃん………」

「ちょっとガラの悪いバスケ部のエースじゃん………」

「クラブで朝までパーリナイしてる人じゃん………」





遊我の威勢に、思わず萎縮する腹黒三連星。




「残念ながら、そこにいる久しぶりにお化粧して新しいデパコスに挑戦したものの思ったより上手くいかず、仕方なく試供品のプチプラコスメで補正したら相乗効果で化粧ノリが良くて、いつものクールな印象にキュートなピンクが合わさって新しい一面を開拓し、そのお蔭で普段着ないミニスカを履いて、実は玄関出た時からかなりご機嫌だったから、それを褒めてほしいと俺にめんどくさい質問を投げかけた世界一可愛いお姫様はな………俺の彼女様なんだわ」




「「「あっ…………はい…………」」」



「ちょ………やめろ恥ずかしいから………」




いかにもな怖いお兄さんから放たれたオタク特有の早口に気圧され、何も言えなくなる三連星。

そして、馬鹿恥ずかしくなり何も言えなくなる彼女様こと私。




「ナンパするならネタに走るな」

「「「さーせん………」」」

「それか人生全ベットすると誓うといい。どんな事があっても隣に居ると約束しな」


「「「あ、それはいいっす」」」


「え"ッ」

「馬鹿…………それ私らのことじゃないか………」

「ま、それじゃあ解散!」

「「「おつかれっした〜」」」




気づいたら、何故か穏便に話が丸まり。

ナンパ三人衆は遊我とハイタッチして、その場を去っていった。








「…………そのカッコ、人前ではあんまりするなって言った」



そして、私はぶつぶつと文句を言う。



「別に辞めろとか嫌いだとかは言われてない」

「…………腹立つ」

「何に?」

「…………いつもの眼鏡オタクモードと違って、チャラモードの遊我はモテる」

「自覚はある。カッケェもんな」





「…………カッコいい遊我は私だけに独占させろ」





…………だって、このカッコいい男を取られたくは無いから。



「………は?」


「他の女が、お前のこと何も知らない女が、お前を見てくるのが一番腹立つ」


「…………お!?デレか!?」

「デレてない!!」

「デレじゃん」

「うるさい!!死ね!!」



しょうもない冗談ばっかり言うけど、意外とこの彼氏のこと、嫌じゃないしな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る