クールダウナーな彼女を愛でてたら、いつの間にか駄目人間になってたんだが

棗ナツ(なつめなつ)

第1話 クールな彼女様、三徹でゲームする



「遊我のことは一度も男として見たことないぞ」



秋が始まる頃、クールな彼女は当然のように言い放った。



「だからな、いきなり『一生隣にいてくれ』って言われても困るんだ。元々友達だったしずっと仲良くやってくのは当然だろう。こんな芝居を打つ必要なんて無いぞ」



次いで、色素の薄くぱっちりとした瞳に困惑の色を浮かべ、シャープな輪郭を苦笑いで満たしながら、代案を並べる。



「『美涼がこの世界に於いて何よりも大切だ』って、流石に重すぎるだろう。アニメの見過ぎじゃないか?」



しかし、その絹のように細やかで蜜のように艷やかな黒髪は、対峙する俺の圧倒的な熱量と覚悟と愛情とその他諸々のせいか、小刻みに揺れている。



「あのなぁ、いくら冗談でも指輪を渡すのはヤバいと思うぞ?しかもそれ高級ブランドの指輪だろ?ドッキリにどれだけお金かけてるんだ」



突き出された3桁万円の指輪にも、クール系アパレルインフルエンサーとして磨き上げられたアンニュイな表情は崩れない。







………が。




「―――え?もしかして全部本気なのか………?」




ようやく目の前の事実―――俺こと三条遊我さんじょうゆうがが、本気で九重ここのえ美涼みすずを女として好きであること、そしてその為にバカ高い指輪とアクセ等々を用意していたこと―――を認識したクールな彼女は、ついに動揺した表情を見せた。



「…………っ」



しかし、一瞬だけ見えた動揺は、氷とも冬とも清涼剤とも呼ばれたクールでダウナーな微笑みに隠されていく。



「遊我、どれだけ私の事好きなんだよ………っ」



やれやれ、と口にしながら、彼女は履いていたスキニージーンズのポケットから黒のハンカチを取り出し、俺の目元を拭う。



「…………しょうがないな、遊我は。感情が高ぶってもはや泣いてるじゃないか」



そして怒った後の子どものように泣きじゃくる俺の肩を取ると、鎖骨が見える白いTシャツで覆われた胸元へ、顔を抱き寄せる。



「よしよし。頑張ったな」



10年かかった恋の果てが、告白したのに子供みたいに撫でられるというフィナーレで良いのか………なんて思いながら頬を膨らます俺。



美涼は、そのぷっくりほっぺを手に取ると、鼻と鼻が触れ合いそうな距離にセットする。










「その勇気に免じて、お前と付き合ってみよう」





―――そして、ハッピーエンドに相応しい言葉を口にした。





「まあ、私も遊我の事は好きだが、恋愛的にどうなのかまでは分からん。取り敢えず1ヶ月付き合ってから契約更新する形にさせてくれ」



フィナーレには機械的で事務的な論理も、有頂天の俺には『まだ物語は続くよ』って言ってくれているように思える。




「だからさ。

 あまり失望させてくれるなよ?




故に、ここからの物語は。

ふたりの幸せを綴っていく、ファンディスクみたいなものだ。














…………そんな最終回みたいな日から、季節は1年弱巡って。

いまは、夏前。








「グエーーー!!死んだンゴ!!!」




梅雨入りした街にしては頑張った方の曇り時々晴れくらいの天気の中。

カーテンを閉め切ったエアコンがんがんな室内で、クールでダウナーで魅力的だったはずの声は、ネットミームに塗れた汚い怒声に変わっていた。



「カウンター特化陰キャは理想を抱いて溺死しろ………」



色素の薄く吸い込まれそうな瞳は、画面に吸い込まれ続けたことによる近眼と寝不足で生気が薄れている。



「二度とやらんこんなクソゲー」



絹どころか木綿ですら無いボッサボサの髪を無造作に縛り上げ、彼女はまたゲーム機のリモコンをぶん投げる。



「…………おい」



宙を舞う哀れなリモコンを空中で掴んだ俺は、その投げた主であるところの彼女様へ向け、憐れみの目を向ける。



「なんだよ。私が負けたのがそんなに不満か?」

「そこは大して問題じゃない。ざっこwwwとは思ったけど別に文句は言わない」

「じゃあ何だ。屈伸煽りでもしようと言うなら容赦はしないぞ?かかってこい」



人差し指で挑発する美涼を尻目に、俺は窓へと近寄り―――








「そろそろゲームやめろ!!!」



「眩しい!!!眩しいだろ急に開けたら!!!」



「いい加減外に出ろやバカニート!!!」







カーテンを全開にし、部屋を光で満たした。





「嫌だ!!私は暗闇に生きるんだ!!」

「そう言って3日も外に出てねぇだろうが!?」

「仕事休みなんだから何やってもいいだろう!?」

「俺、散々外に誘ったよなァ!?『一緒に映画見に行こうぜ』とか『突発キャンプしようぜ』とか『サッカーでも観に行くか』とかさぁ!?」

「…………」

「それに対して美涼、お前は何と返したか覚えてるか……?」

「『私はネット上の好敵手ライバルたちと戦わなきゃならん』だったか」

「―――あの、俺一応彼氏なんですが!?美涼の最愛のハニーなんですが!?」

「遊我は馬鹿だな。男にはハニーではなくダーリンと呼称すべきだろう」

「黙れ」

「そんなんだから仕事でもやらかすんだぞ。何回遊我のケアレスミスの愚痴を聞いてると思ってる。一応客商売なんだからそこらへんをきっちりとだな」

「やめろ。泣くぞ」

「泣いた遊我の顔は可愛いから寧ろ泣いて欲しい」

「…………何でお前はこう屁理屈ばっかり!!」

「彼女様だからな」

「免罪符に使うんじゃねぇ!!」

「全ては彼氏のせい」

「…………ほんとに昔から弁だけは立つよな、美涼」



…………お察しの通り、目の前に居るダボダボオフモード女は、先程キュンキュン描写をしていた筈の九重美涼その人である。



10年の時と、たくさんの努力と、あらゆるものを生贄にしてまで掛けた恋愛をようやく実らせ、付き合い始めたのが去年の秋口。


有頂天の1ヶ月を過ぎ、無事その後も契約更新して付き合い続け、いつの間にやら同棲も始め、そろそろ交際10ヶ月。



当初、俺の好き好きビームにも無表情を作ることが多かったものの、凛とした美しさと気高さを持ち合わせていた美涼は。




………気付いたら、三徹でゲームに興じ、夜更かしして2ちゃんでアニメ実況をし、ボサボサ頭で宴を始めるヘンテコサブカル女へと成り下がっていた。



「美涼お前、ちゃんと飯食ってんのか?」

「食べてる」

「俺が料理作っても『置いておいて』って食わねぇじゃん」

「ちゃんと作ってもらった分は食べてるって言ってるだろう」

「いつ食べてんだよ」



「…………深夜3時」



「あー、だからこんなだらしない身体に………」

「だらしないとは何だ!うら若き乙女に向かってなんてことを言うんだ!!」

「三徹して相手を屈伸煽りする奴の誰がうら若き乙女だと?」

「第一、私は太ってなんかない!!」

「へー」



四の五のうるさい美涼に近付き、おしおきとして脇腹を触ってみる。




「ひゃぁっ!?」



「うーっわ。ぷにっぷに」

「勝手に触るな!!」

「ぷよぷよ」

「擬音は要らないだろう………!?」

「脂肪」

「いい加減に…………しろ!!」

「ぐへぇッ!?」



調子に乗って煽ったら、見事に腹パンを喰らった。想定はしてたけどね、うん。




「…………誰のせいで太ったと思ってるんだ」




そして、じとーーっとした目で俺に抗議の眼差しを向けてくる、最近太ったでお馴染み美涼様。



「美涼の自己管理が甘いせい」

「…………」

「深夜に飯を食ったり、食べてすぐ布団に入ったりするせい」

「…………そういうことじゃない」

「俺の作った飯を食べ過ぎるせい」

「…………そうだ、遊我の料理が美味しいのが悪いんだ。私は悪くない」

「イチャついた後ご褒美ってスイーツ食べまくるせい」

「…………あれは私も動いてるからセーフだろう」

「確かにそうだけど、3回ヤったからって1日に3回もアイス食べるのはどうかと………」

「うるさいなぁもう!!好きなんだから何回やっても良いじゃないか!!」



「なるほど、美涼はエッチが好きだと」



「―――あ」

「俺とのエッチが好きだと言いたいんですね」

「……………ぅるさぃ」

「あーれれー!?さっきまでの威勢はどこに行ったんですかぁ〜!?」

「…………ばかやろう」

「へぇ~!!実はムッツリえっち女だったんだぁ〜!!そこもかわい―――ぐふぉッ!?」




再度の腹パン。吹き出る脂汗。ズレる眼鏡。激減する俺の人権。

そして、真っ赤に染まる美涼の顔。




「…………私が遊我のこと好きなことくらい分かってるだろう………!?好きな男とイチャついて何が悪いんだ………!!」




そこから滑り落ちるデレの言葉を、俺は当然見逃さない。



「あー、デレてる〜」

「…………うん」

「かわいい〜」

「…………うるさい」

「世界一かわいい〜」

「…………そりゃどうも」

「じゃあ、このままベッドに………」







「ごめん。私あと3時間くらいレート対戦潜る」







…………え。

この流れで断られることとかあんの………?



「この野郎!!!ゲーム禁止だ!!!」

「遊我だってゲームするのに私だけはおかしい」

「お前は熱中し過ぎなんだよ!!」

「『ゲームは熱中したもん勝ち』って言ったのは遊我のほうじゃないか」

「…………うッ」

「だいいち、私にオタク趣味を再燃させたのは遊我だぞ?責任取れ」

「…………ごもっともです」

「ということで、お咎めは無しでいいな?」

「…………はい」



…………そんな訳で、俺の膝上にちょこんと座り、ゲームに戻る美涼。


俺はその熱視線と、口から溢れる煽りの数々、そして胸に感じる小さな頭の感触にちょっとばかりの感慨を感じながら、一緒にゲームに熱中する。





「あーそこ!!なんで攻撃しねぇんだよ!!」

「攻撃したらカウンター喰らうだろう。それくらい分かれ」

「ええ〜俺より弱いくせに何かイキってる〜」

「うるさい黙れ!!」




ファンディスクにしてはグダグダな日常だけど、まあこれでいいや、なんて思いながら。

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