突き放しながらしがみついている

「今さらですけど、乙子さんを見つける必要って、あるんですか?」

「どうした急に。」


2人きりの事務所で呟いた私の独り言に、探偵さんは笑って答えました。


「恵子ちゃんはしっかりものでメンタルも強いですし。民子ちゃんも以前の元気を取り戻してきているみたいですし。和枝ちゃんについては、よく分からないですけど。でも、わざわざ私たちがこの問題を掘り起こさなくたって、恵子ちゃんたちの生活は探偵さんが保障していますし。」

「まあ、君がそれでいいなら。」

「なんですかその言い方。」


私はその時、甲野一家についての調査資料を眺めていました。甲野和枝ちゃんは、三姉妹の末っ子です。私はまだ和枝ちゃんと話をしたことはないので、一体どんな子なのかはぜんぜん知りませんけど。


「君の言うとおり、事件の収集はついている。」


というわけで、このお話は完結です。


























































































そして、

































































長い。















































ながい。

















































ながーい。





























































なっがーい。




























































































「と、いうのは冗談にせよ。」


なっがーーーい沈黙を挟んでから、探偵さんが言いました。


「少なくとも僕の仕事は終わっている。」

「え。ぜんぜん終わってなくないですか?」

「探偵の仕事は人々の不安を解くことだ。謎を解くことじゃない。」

「・・・謎を解くことが、不安を解くことでもありますよね。」

「確かにこの事件において、不安を解決するために解き明かすべき謎はまだまだ多い。でも別に僕の推理が的中している必要はない。」

「え。それって嘘でも作り話でも、依頼人さんが安心できる話を伝えられればそれでいいって言いたいんですか。」

「そう取ってもらっても構わない。」

「なんなんですかその言い方。」

「別に僕たちは現実に対する能動的な処理を禁じられているわけではない。」


だから、なんなんですか、その言い方。私は頭がグルグルとして、訳が分からなくなって自分でもよく分からないことを口走りながら、気づいたら探偵さんの頬を叩いていました。


「探偵さんなんてっ・・・!」


私は歯の裏に溜まった謝りたい気持ちの代わりに言い切れないセリフを捨てて唇を巻きすぼめ固く結びつつ事務所から飛び出していました。そして今は、いつもの喫茶店にいます。


「私はミルクセーキ。」

「ロイヤルミルクティ1つ、お願いします。」


かしこまりました。と言って店員さんは去っていきました。


「今日はクリームソーダじゃないんですね。」

「うん。たまにはまったりしたのが飲みたいかなって。」

「私もです。」


ドリンクが来るなり、花奈さんはミルクセーキをストローでガシャガシャかき回し始めました。


「すみません。こんな急に呼び出して相談に乗ってもらうなんて・・・。」

「いやいや。逆にいつでも呼んでほしいくらいだよ。忘れてるかもしれないけど、私は由加ちゃんのお姉ちゃんだからね☆」


それから花奈さんはガッツポーズした二の腕をポンと叩いて、ウインクをしながら言いました。


「お姉ちゃんにまっかせなさーい☆」


店中に響き渡る明るい元気な声に、他のお客さん達の刺すような視線が集まりました。花奈さんはすみませんと小さく呟いて座り直し、会話の続きを切り出しました。


 それで相談したいのってさ、

 恵子ちゃんとおもちゃの包丁のことかな?

 乙子さんに子どもたちを託されたことかな?

 乙子さんに拒絶されちゃったことかな?

 お兄ちゃんと結婚したことかな?

 恵子ちゃんたちの養親になったことかな?

 お兄ちゃんに酷く叱られたことかな?

 民子ちゃんが色々と心配なことかな?


 それとも、


 乙子さんの気持ちが理解できないことかな?


ふと、私の頭の中で、あの日の乙子さんの言葉が再生されました。


  [きっと、あなたに私の気持ちなんて分からない。]


「別に悩む必要ないと思うけどね。お兄ちゃんの言う通り、事件は解決したってことでも良いんじゃないかな?」

「それは、そうですけど。」

「じゃあ事件は解決してないね。」

「どっちなんですか。」

「由加ちゃん次第だよ。」

「なんですかそれ。」

「由加ちゃんが解決したって思えたら解決。解決したって思えないならまだ解決してない。だって。解かれるべき不安を抱えてるのって、もう由加ちゃんだけだもん。」


私はミルクティを1口飲みました。ミルクを後入れした一般的なものとは違う、直接ミルクに茶葉の成分を煮出した紅茶にはロイヤルの称号が与えられます。温かいミルクの甘さに乗って、紅茶のやわらかい香りが口の中に広まりました。


「それって、事件が解決したかどうかは私が決めちゃってもいいってことですか?」

「そゆこと。由加ちゃんの心の問題なんだから、由加ちゃんが終わらせるしかないんだよ。」


私が答えを決めていい心の問題ミステリ


  [別に僕たちは現実に対する能動的な処理を禁じられているわけではない。]


「でも、由加ちゃんは乙子さんの気持ちを分かってあげたいんだよね。」

「それは、そうです。」

「どうしてかな?」

「え。」


どうしてって、どうしてでしょう。


「由加ちゃん。誰かの気持ちを理解しようとしてもあんまり意味なんてないよ。」


 他の人の気持ちなんて、解き明かせなくて当たり前なの。だって人の心1つにつき、5個も6個も声があるのは当たり前だから。


 怒りながら哀しんでいる。

 戸惑いながら決意している。

 拒みながら待っている。

 謝りながら責めている。

 途方に暮れながら主張している。

 ぜーんぶ、成立しちゃうでしょ。そゆこと。


 自分の気持ちを語ることを乙子さんが諦めてしまったのは、語りたくなかったからじゃないんだよ。心は誰にも語り尽くせないし、誰にも読みきれない長い物語なんだから。


「だからね。自分の心に整理をつけちゃう方が簡単。別に禁止されてもないし。お兄ちゃんが言いたかったのは、そういうこと。」

「なるほどです。」

「どうかな。気持ちは軽くなったかな?」

「はい、とっても。」


私たちは2人とも、いつの間にかドリンクを飲み切っていました。


「前にも聞いた気がしますけど、カロリーとか色々と気にならないんですか?」

「私太りにくい体質だったみたい。」

「甘い物ばかり飲んでたら虫歯になりますよ。」

「私虫歯にならない体質みたい。」

「・・・頭に脂肪付いちゃいますよ。」

「その失礼さ。元気取り戻してきたね。」


花奈さんはどうしてか、嬉しそうでした。


決めました。


「花奈さん、ちょっとおでかけに付き合ってもらってもいいですか?」

「もちろん。かわいい妹からの頼みだもん。」


花奈さんから妹って呼ばれると、何だか違和感だらけです。まあ、それは今は置いときましょう。

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