第38話 宰相と追いかけっこ


 あたしは龍谷の泉から抜け道を使い、ドラゴンの巣の前のエリアに来ていた。

 拒絶の森と名付けられている場所で、その名前の通り、深い森と山が続く。

 一番の難所は絶望の峰と呼ばれる急な坂。あたしはそこを登り切った場所に立っていた。

 足元を見れば切り立った崖のように山肌が見える。

 あたしは視力を強化して、目の上に手をかざした。


「うわ、本当に来てるよ」


 遠くに土煙。あれはおそらく木々を倒しながら進んでいる。

 レイフルさんは優れた魔法の力を使って、ひたすら最短距離を直進しているらしい。

 頬が引きつった。

 ダンジョンを早く移動しようとする冒険者は多く見てきたが、そんな力業は見たことがない。


(あの進路なら)


 土煙の上がるスピードと方向を予測する。

 絶望の森はドラゴンの巣に近づくほど、山として傾斜が増してくる。

 トラップも数多く配置されており、通り抜けようとすると大分億劫な場所だった。


「ほんと、ジェニファーさんには頭が上がらないなぁ」


 あたしはレイフルさんを足止めできそうなトラップを頭の中に思い浮かべる。

 並大抵の物じゃ障害にさえならない。

 だから、あたし自身が囮になって時間を稼ぐのが一番いいだろう。

 手元にはジェニファーさんがくれた閃光弾もある。


「魔法が使えるのは凄いけどさ。魔法が使えなくても、足止めくらいはできるんだよ?」


 魔法使いは凄い。特に様々な属性を使える人は、ホント万能みたいに見える。

 だけど、あたしはダンジョンの中でなら、同じくらい自由になれる。

 脳裏にローブを着て悠然としていたレイフルさんを思い浮かべながら、あたしは絶望の峰を蹴り、飛び出した。


 *


 走る、跳ぶ、それを繰り返して、あたしはレイフルさんの進路上に立つことができた。

 遠くから少しずつ木々がなぎ倒される音と土煙が近づいてくる。

 バクバクうるさい心臓に落ち着くように言い聞かせていたら、白いローブと銀の髪の毛をたなびかせた姿に、あたしは閃光手榴弾を投げた。


「っ、なんだ!」

「宰相殿、こんにちは。どなたをお探しですか?」


 目が潰れる強い光。不意に見てしまったら、目がしばらく使い物にならなくなるはずなのに。

 レイフルさんは相変わらず悠然とその場に浮かんでいた。

 まぁ、止めることができただけよしとするかと、あたしはもったいぶった口調で話しかける。


「小娘、エルダ様と一緒にいた配達人だな」

「ご名答。エルダの所には行かせませんよ?」

「エルダ様に用はない。私は宝玉を返して欲しいだけだ」


 配達人の名前など憶えてもいないらしい。

 あの時の視線の通り、彼は魔法が使えるかどうかが全ての基準のようだ。


「あの宝玉は王家の物なんですよね?」

「ふん、宝玉に認められていない王家などいらぬ。ましてや、あのようなロクに魔法も使えない人間まで出るようでは」


 宙に浮かんだまま、レイフルさんは答えた。

 端正な顔立ちには嫌悪感がありありと浮かんでいる。


「魔法を使えない人間なんて、山ほどいますよ」

「我が国にはいらぬ」


 ダメだこれ。話にならない。

 あたしは大きくため息を吐いた。

 魔法が使えるというのは、大きな利点ではある。冒険者として生きていく道も開ける。

 だけど、世の中のほとんどは魔法が使えない人たちだ。冒険者でさえ6割いるかなというくらい。

 そのほとんどの人たちを宰相殿は排除しようとしている。それでは国として成り立たなくなってしまうし――あたしも排除対象ということだ。


「じゃ、あたしを捕まえられますか?」


 空に浮かぶレイフルさんを見上げるようにしながら、あたしは挑発的な笑顔を浮かべた。

 排除できるならしてもらおうじゃないか。

 ただの魔法使いに捕まるほど、配達人は楽な仕事じゃない。


「何?」

「宝玉を持っているのは、あたしですよ」


 眉間に皺を寄せるレイフルさんに、あたしは懐からイミテーションの白い石を取り出した。

 宝玉はただの白い丸い石だった。

 近くで見ればバレてしまうだろうが、この距離なら判別は付かない。


「〝魔法も使えない配達人〟。捕まえるのは容易いですよね?」


 分かりやすい挑発も、魔法第一主義の人間には効果的だったようだ。

 眉間の皺が一層深くなり、端正な顔が台無しだ。


「すぐに捕まえて、エルダ様の所に連れて行ってやる」

「捕まえられたら、ね」


 レイフルさんが手を掲げた。あたしも少しだけ膝を曲げて身体強化を使う。

 どうやら杖は使わないタイプらしい。すべての指に指輪がしてある。おそらく指輪型の補助器具だ。

 魔法に特化した魔法使いが良く使うもの。

 手を振り下ろそうとした瞬間に、あたしはレイフルさんの下を駆け抜けた。


「なにっ?!」

「配達人は逃げ足だけは速いんですよ」


 背後から追ってくる気配を感じながら、あたしは拒絶の森を走り回る。

 木々が躊躇なく倒される様子に心は痛むけれど仕方ない。


「飛んでる割に遅いですね!」

「お前の姿はすべて見えておるぞ」

「そこ危ないですよ?」


 トラップを踏んで、すぐに避ける。

 地面から通過する人間を捕まえるツタが伸びる。一度捕まったら自力で抜け出すのは難しい捕獲トラップ。


「これくらい!」


 宙に浮いたまま、一回転するようにしてレイフルさんは蔦を避ける。

 そのまま風の魔法を放ってくる。おそらく捕縛系。

 だけど、あたしには見えていた。


「おっと、残念でしたー」

「このっ」

「これが欲しいなら追いついてみなよ。最強の魔法使いさん」


 宝玉を手に持ち左右に振る。

 そんなものにつかまるヘマはしない。


「万能の魔法使いも大したことないんじゃないんですか?」

「お前が変なトラップばかり発動させるからだろう!」


 拒絶の森でこんなに一気にトラップが発動された時はないだろう。

 追いかけっこもエリアの半分以上を使ってしまっている。トラップが回復するまで時間がかかる。

 まずい。背中に汗が伝っていく。

 残っているのはドラゴンの巣の近くのエリアばかりだ。


「空に浮いているから、そんなに多くのトラップは発動させてませんって」

「ここまで来たら、もう先はない。ドラゴンの巣は直ぐそこだ」


 もう、この山を越えてしまえばドラゴンの巣になる。

 レイフルはさんはニヤリと口角を引き上げた。

 あたしは壁に背中をつける。さすがに息が切れる。

 ドラゴンの巣に入るために、浮くのを止めたレイフルさんが徐々に近づいてくる。


「ドラゴンの巣って、名前の割にはすんなり入れると思いません?」


 あたしは息を整えていった。訝し気に眉をしかめる。


「いきなり、何を言う」

「だって、いくら中に住んでるのがドラゴンだからって、無防備すぎですよね」


 そう警戒してくれればいい。

 何かあるのだと思ってもらえれば、それだけで時間が稼げる。

 あたしは残った体力を振り絞って笑顔を作った。


「その理由、知ってます?」

「どうでもいいことを。それを早く寄越せ!」


 レイフルさんが魔法を放った。彼は様々な魔法を使えるが、使えるからこそ選択をしてしまう。

 あたしを捕まえるのに一番ふさわしいのは、捕縛ができる風魔法。

 そして風魔法であれば、森で全力で放っても火災などの大規模な災害は起こらない。

 こっちに向かってくる魔法をぎりぎりまで引き付けて横に飛べば、計算通り壁に魔法がぶつかった。

 同時に壁を埋め尽くすような魔法陣が現われる。


「本当にドラゴンを倒せそうな人にだけ反応するからなんですよ」

「モンスターボックスっ」


 できれば踏みたくないトラップ第一位。モンスターが大量に出てくるトラップだ。

 このトラップは、ある程度以上の魔法をぶつけないと発動しない。

 ただの壁に魔法を放つことなどなく、何のためにあるのかずっと不思議だったのだけれど、今回は上手く使うことができた。


「これで、帰ってください」


 モンスターの波にレイフルが飲み込まれ押し下げられていく。

 さすがに、この量は厳しいだろう。と、思った瞬間に、モンスターの波から光の筋のような魔法があふれ出した。


「うっそ」


 高濃度の火魔法と風魔法で爆発を起こしたのだ。そして、その隙に、あたしに向かい、捕縛の風魔法を放った。

 避けようがないタイミング。

 あたしは壁に打ち付けられ、身動きが取れなくなる。


「いてて……器用すぎるでしょ」

「魔法は万能なのだ。魔法を使いこなせる人間こそ、上に立つべきだ」


 ローブの裾は傷つき、綺麗な髪の毛は爆風でぼさぼさになっている。

 だが、あたしの前に立つレイフルは傷一つなく、血走った眼でこちらを見つめ立っていた。

 万事休す。ここまでか。

 できることはすべてした。


(ごめん、エルダ)


 足止めは失敗だ。

 そう思ったあたしの耳に聞きなれた声が聞こえてきた。


「それなら、私がふさわしいわね。レイフル」


 ドラゴンの巣から出てすぐの場所に、その声の持ち主は浮いていた。

 後ろには白い宝玉。

 魔力によりたなびく髪は鮮やかな赤一色で、あたしは目を見開いた。


「まさか、それはっ!」

「宝玉は私を認めてくれたみたい」

「なんですと?!」


 エルダが宝玉に認められた。

 ゲートが詰まるほどの魔力量は、ドラゴン用のゲートも動かせたらしい。

 信じていたけど、目にするとやはり信じられないような心地になってくる。


「ほら、行くわよ」


 これであたしの仕事は完了だ。

 今までの憂さを晴らすように魔法を連発するエルダに、あたしはやっと肩の力を抜くことができた。

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