第18話 心残り
「ああ、重要書類を忘れてしまった。たぶん電車の棚の上だ。こんなことなら…」
「どうして僕は…」
「あー、つまらない。家と会社の間を行ったり来たりで終わるのかしら…」
「チビの給餌器補充するの忘れてた。僕が帰るまでお腹空かないだろうか…」
「ねえねえ、母さん、ご本読んで!…」
「コイツで一突きで終わる。楽になれる…」
「母さんがあんなことを言うから気になって仕方がないじゃないか。僕だって…」
「あの男つまんなかったなぁ。もう少しイイオトコいないかなぁ…」
「腹が減ったな。明日の給料日が来たらもやし生活ともオサラバだ!…」
「痛い…痛い…痛い…死にたくない。死にたくない…シニタクナイ…」
「やぱりあっちのほうが良かったかな。でもこっちも感じが良いし。どうしよう…」
「玄関の鍵、かけてきたかな?開いてたらどうしよう…」
「なんで…返り討ちかよ…バカヤロウ…」
「彼女との食事、レストランの予約をしないと…」
「クソッ、全部あいつのせいだ、あいつさえいなければ!…」
「いつまでも幸せに暮らしましたとさ。いつまでもってどのくらい?…」
「アイツラバカニシヤガッテ…」
「バーガーキングってうまいよな…」
「しまった、会社のノートパソコンを家に忘れてきた!帰らないと…」
「かなしいことが…聞いてくれないか?…」
「サミシイ…サミシイ…」
「ダレカキヅイテ…」
僕の住む街では、たまに未練が聞こえてくることがある。
運が悪い人はそのつぶやきのヌシまで見えることがある。
通勤の道のあちことで愚痴を聞かされる。
うっかり同情する表情でもしようなら、家までついてくる。
ずっと恨み言を聞かされる。
会社に向かう電車を待っていたら、向かいのホームで青い顔をした人がいた。
後ろに何人も立っている。
「気の毒に。でも見えないふりをしないのも悪いんだよ。気にしたら負けなんだよな。」
なにもない向かいのホームを見ながらうつろな目でブツブツとつぶやく
僕は知らないふりをして、そっと別の乗降口に移動した。
僕の住む街では、それは街のあちこちに佇み、うつむいて何かをつぶやいている。
うかつに耳を傾けてはいけない。
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