第17話 蟹
僕の住む街には、蟹がいる。
ある日の夕方、アパートの前の道で蟹は虫を食っていた。
こんな街なかに蟹がいることは珍しいが、生き物が何かを捕食することは当たり前のことだ。
なんとなく蟹の甲羅の模様がハチの顔に見えた。
また蟹を見た。
そいつは電柱の影で何かを食っていた。
甲羅にはネズミの顔のような模様があった。
遅刻しそうだった僕は、あまり気にせずそばをすり抜け駅に向かった。
雨の日に。
道路脇に蟹がいた。
何かに群がっていた。
どうやら自動車に轢かれて死んだ動物のようだ。
「食物連鎖、弱肉強食、諸行無常。南無」
可愛そうだが仕方のないことと、蟹の群れの横を通り過ぎた。
群がる蟹が多すぎて、死体が見えないのはありがたかった。
しかしそこ甲羅は猫の顔に見えた。
珍しく電車に乗ったら席が空いていた。
腰を下ろしたら正面の席の足元に蟹がいた。
僕を見ているようだった。
驚いて立ち上がったら、自分の足元にも蟹がいた。
そいつも僕を見ている気がした。
蟹の甲羅は人の顔のように見えた。
見かける蟹は多くなった。
道路脇の物影や商店街の路地だったり、会社の近くの花壇、ビルのエレベーターにまで。
その数はだんだん増えているようだ。
そんなある日、会社の昼休みに同僚が蟹の話を始めた。
「そういえば、最近街中でカニを見ることが多いと思わないかい?あれってなんだか気味が悪いよね。」
「その話題はやめようよ。蟹に聞かれてたらどうすんだよ。」
冗談半分本気半分で言葉を返したときだった。
「あ!痛い!」
同僚が手を振ると、何かが飛んでいった。
「痛いなぁ。なんでこんなところに蟹がいるんだ?」
指差す先にひっくり返った蟹がいた。
もがいていた蟹は、起き上がると素早く書架の隙間に潜り込んでしまった。
そして隙間からこちらをじっと見ていた。
「なんだか気持ち悪いな。」
同僚はそうつぶやいた。
僕はずっと前からそう思っていた。
口には出さないけれど。
翌朝、会社に出社した僕は、同僚の椅子に座る大きな蟹を見た。
その甲羅の顔は同僚に似ている気がした。
それから彼には会っていない。
しばらくして僕の住む街の議会で蟹を駆除する決定がなされた。
残念なことにこの蟹は食用には向かない種だと言う話だった。
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