第15話 猿が出た

僕の住む街に猿が出た。


それは駅からオフィス街へ向かう歩道の緑地帯にある、モニュメントの上にあぐらをかいて座っていた。


大きな猿。

まるで値踏みをするように、頬づえをついて通行人をじっと見ていた。

それ以外は何をするでもない。

行き交う人々を目で追いかけ、たまに街の方を眺めてる。

そこは駅から僕の会社に向かうのに一番早い道だ。

オフィス街に向かうには誰もが通りたい道。


人々はその大猿の出現に戸惑った。

何があるかもわからず、恐れ、ほとんどの人はその道を避けてた。

しかし、座るだけで何もしない、起こらないと、人々は日常に戻っていった。

ちょっとした違和感だけを伴って。


「そういえば、〇〇さん今日はお休み?」

「〇〇さん?誰だっけ?」

「え?隣の席の〇〇さんだよ。昨日は来てたでしょ。」

「私の隣の席?ここってずっと誰も居なかったよね?」

「え?そうだっけ?確か…。そうだったかな。」

「うん…。ここずっと空いてる席だよ。あれ?これ誰の荷物?」

「なんか荷物置き場になってるみたいね。」

「あ、これ今日の会議の資料じゃん!誰だよ、さっさとしないと間に合わないよ!」


僕の務める会社では、たまに社員のことが起き始めた。

知らない人の名前が話題になることも増えた。

どうやらこのオフィス街、他の会社でも同じことがあるらしい。


「我は汝に問う。」

「え?」


隣りを歩いていた人が立ち止まる。

僕もつられて立ち止まってしまった。

大猿の座るモニュメントの前を通ったときだ。

彼は戸惑いの表情で、大猿を見上げた。

これ喋るんだ。

僕はつい場違いな感想を持った。


「汝、この●&に%しぬ#い?」

「あ…いや…えっと…まって!」

「… … …」

「!!!」


ボソボソとしゃべる大猿とその人は、何度か言葉をかわす。

焦る彼に、大猿の長い手が伸びた。

泣きそうな表情で首を横に振るが、何故かそこから動かない彼が消えた。

目を細め満足そうな表情の大猿が、ポンポンと腹を叩いた。

そばで立ちすくむ僕を横目で見ながら大猿はニヤリと笑った。

ー誰にも言うなよー

そう言っているようだった。

大猿はなんでもなかったかのようにまた道行く人を眺めていた。


僕はその日以来、大猿のいる通り避けることにした。

大猿が消える日までそれは続いた。


僕の住む街に猿が出た。

そして消えた。

沢山の人も消えたんだろう。

でも多分誰もわかっていない。

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