第14話 鹿が出た

僕の住む街に鹿が出た。


鹿は突然現れて、そして消える。

まさに神出鬼没というやつだ。

コンクリートのビルの壁をガリガリと角で削りながら突進する。

道路脇の駐車場のフェンスをなぎ倒し、道路標識を角で跳ね飛ばす。

人間も例外ではない。

幾人もの人たちが角に刺され、角に死体をぶら下げたまま鹿は突進する。

そしてしばらく道路を突っ走った後、消えていく。

角に引っ掛けた人たちを振り落とし消えてしまう。

息絶えた人、うめき声を上げる人、散らばった瓦礫を残し消えてしまう。


鹿が現れるようになって、僕の住む街は異様な緊張感に包まれた。

街を歩く人々は、周囲を警戒するようになった。

首を縮め、キョロキョロとあたりを見回し、足早に駆けるように歩く。

なにか物音がしようモノなら、急いで近くのビルや物陰に隠れる。


行政も手をこまねいているわけではない。

駆除を依頼したハンターが、街のあちこちに待機している。

あるものは通行人に紛れ。

あるものはビル影に隠れ。

またあるものはゴミ箱の中。

そして屋上からターゲットしかを探す。


しかし、なぜか鹿は彼らの前には現れない。

そして今日も鹿は突然現れる。


「鹿が出たぞー!」

「うわー!刺された!!!」

「腕が!腕が!」

「あなた!しっかりしてー!」

「痛い…痛い… 助けて…」


いつもハンターのいない場所に突然鹿は現れた。

大きな角を振りかぶり、人々をなぎ倒す。

角で刺し、足で踏み抜き、阿鼻叫喚を撒き散らした。


僕の住む街に鹿が出た。

しかし、なぜ出たのかはわからない。

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