第5話 となりの子
僕の住むアパートは、築四十年の二階建て。
僕が借りているのは二階の角部屋。
ここに住んで結構長い。
だから変わったことが時々起きる。
コンコンコン・・・
また来た。
ドアをノックする音にちょっと身構える。
「おにいちゃん、いる?」
・・・やっぱり。
アパートでよく見かける、小学生になるかならないか?
隣の部屋にいる女の子の声だ。
僕が出勤するときや帰ったときに、ドアの隙間から顔を出しているのをよく見かけた。
「お母さんがね、いないの。いつもはお家にいる時間なのに。」
アパートの隣は僕よりちょっと年上の女性だったはず。
すれ違うと必ず挨拶をする愛想の良い
お母さんとはその人のことだろう。女の子はいつもその女性の後ろにくっついていた。
「おにいちゃん?いないの?」
ノックと女の子の声が続く。
「おにいちゃん?ドア開けるよ?いるんでしょう?」
そうは言うが、ドアノブに手をかける気配はない。
「おにいちゃん、なんで開けてくれないの?わたし、となりの〇〇よ?」
僕は音を立てないように額を拭う。外に聞こえないようにそっと・・・
「今、中で動いたでしょ。なんで黙ってるの?ドアを開けてよ」
聞こえていたのか。いや、聞こえるはずはない。カマをかけてるのか?
「おにいちゃん、なんで返事してくれないの?ドアの裏にある鳥居みたいな絵がじゃまで中に入れないよ?」
やはりそうだ。ホッとして息を吐く。
「おにいちゃん、ドアの両脇が光ってて怖くて触れないよ。開けて?」
声を押し殺し、震えを我慢して、僕は動かない。
「どうして意地悪するの?もうそんなに時間はないのに。。。」
返事はしない。声を出さない。のどが渇いて声が出せない。
「もう夜が明けちゃうよ!」
ふと時計を見上げる。午前四時くらい。
もう少しの辛抱だ。明るくなれば助かる。
女の子は話を始める。
「お母さんは、私を置いて出ていったのかな?」
・・・でも、あの人は独身だった。隣の部屋に引っ越してきたとき、挨拶に来た。
でも、隣に女の子が住み始めて段々と顔色が悪くなっていくのを僕は知っていた。
女の子は話を続ける。
「お母さん、もう何日も帰ってこないの。私が嫌いになったのかな?」
・・・だって、あの人は三日前の朝に部屋の前で倒れていた。
僕が見つけて救急車で運ばれていった。
女の子は話を続ける。
「お母さん、もう帰ってこないのかな。」
・・・そうかもしれない、あの人は未だに集中治療室で目を覚まさない。
女の子のようなものは話を変えた。
「おにいちゃん、私お腹が空いた。。。」
・・・だろうね。あの人にはもうそんなに残っていないだろうから。
女の子のようなものは話を続ける。
「おにいちゃん、なにか食べさせて。」
・・・嫌だ。だから僕はお前を遠ざけるようにしているんだ。
「・・・」
じっとりと汗が背中を伝う。どれくらい時間が経っただろう。
「ばいばい、今日はもう時間切れかな。また来るね!」
ふいに女の子の足音がドアから遠ざかる。
冷たい汗の感触はあるが、僕はホッと息を吐いた。
どうやら郵便受けのお札とドア両脇の盛り塩は、効果があったようだ。
コンコン・・・
不意にうしろからガラス窓をノックする音がした。
・・・僕は、見たくはないが振り向いた。
「こっちの窓が開いてたよ」
笑いながら窓から覗く〇〇〇がいた。
油断していた。
アパートの僕の部屋は二階だから、人は入れない。
人は二階の窓までは届かない。
人は。
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