第2話

「そうですか……やはり追放を取り消す気はないと……」



 僕は再び冒険者ギルドの窓口にいる受付嬢さんと話していた。僕らが冒険者になった頃にこのギルドに入社してきた人で、僕たちとしても馴染み深い人だった。



「はい。それがリリィたちの判断ですので」


「ううん……これでこのギルドに所属するAランクパーティが1つだけに……ああっ、決してアルマコードさんたちのせいではないんです! 我々の育成不足と言いますか……とにかく!」



 僕らが活動している街、エトアールは比較的平穏な街だ。しかし時々危険度の高い魔物が現われるため、用心に越したことはないのだろう、Aランク冒険者のような心強い味方が必要になる。



「アルマコードさんの抜けた“咲き誇る晶花”はBランクパーティになって、Aランクの依頼をこちらとしても受けさせるわけにはいかなくて……」


「それなら僕が受けますよ。ソロでもクエストは出来ますよね?」



 それに僕にやれることと言えばそのくらいしか思いつかない。Aランク冒険者としての責任を果たしたかった。



「ううん……それは我々としてもありがたいですし、願ったりかなったりなんですけど……」


「――別に構いませんよ」



 窓口の奥から綺麗な女性が近づいてくる。栗毛をウェーブロングにした背の高い女性だ。


「ぎっ、ギルド長っ!? いつお戻りになったんです!?」


「ついさっき。情報を整理してたらなんと、アルがパーティを抜けたと……」


「ええとかくかくしか――」


「話さなくてもリリィたちのことだし、大体分かっていますよ」



 ギルド長に人差し指を突き付けられ、思わず黙ってしまう。こういう大人の女性の魅力を持っている人にはどうにも抗えない。正直タイプだけど……悟られてはないだろうか。



「早速で悪いけれど、Aランクの依頼が入っているの。挑んでくれるかしら?」


「は、はい……僕でよろしければ」



 ギルド長は『よろしい』と紅を引いた唇を妖艶に歪めてカウンターに一枚の羊皮紙を置いた。内容は……『薬草取り』?



「これって近場の森から薬草を取るってだけ……つまり『調査依頼』ですか?」


「流石Aランク。話が速いね」



 『調査依頼』はその名の通り、指定されたエリアの異変を調査するための依頼だ。大抵は何か簡単な依頼とくっついて行われることが多く、昔リリィたちとこなしたこともあるが厳しい難易度をしていた。



「実は近郊にドラゴンが出たとかで少し立て込んでるらしいの。出来れば討伐もしてほしいがそこまでは行かなくても構いません。ただそのウワサが本当か調査してほしいの。出来るかしら?」


「わかりました。早速出向いてみます」


「助かります。それではこちらで受理しておきますので」



 指定された場所を確認し、僕はバックパックを背負ってギルドの中にあるポーションなどが売られている雑貨店に向かった。



「……二人で話がまとまってしまった」



 受付嬢さんがポカンとした顔で呟くと、ギルド長は大人らしく微笑みを浮かべて見せた。



「あまり気にしないでおいて。ほら、シャキッとしなさいな」


「は、はいっ……ですが、本当にドラゴンだったら彼、大丈夫ですかね……?」


「大丈夫ですよ。なんせ……アルマコードさんにはあの力がありますから」


「それは……そうですけど」



 ギルド長の意味深な言葉など聞こえるはずもなく、僕は雑貨店の門をくぐった。



「おうおうアルじゃねえか。今度はどうしたんでい」


「一応エリクサーを一つと思って」


「なんでいなんでい。さっきも三個買ってったじゃねえかい」


「あれは……まあ、使ってほしい人がいたので。それであとは――」



 再度リリィたちに別れを言ったときに置いておいたけど、果たしてみんな気づいてくれたんだろうか……そんな憂いも後にして、僕は森へと薬草を取りに、そして調査に出かけることになった。











「――こんなもんかな」



 薬草はFランクの新米だった頃にみんなで群生地をあらかた教えてもらったので手早く終わった。しかし依頼はこれから、取った薬草をアイテムボックスの中に入れておいて、僕は森を見渡しながら歩いていく。



(鳥の声も、虫の声も聞こえない……違和感の中にもう入っている)



 調査といっても特別なことはしない。ただひたすら森を歩いて変なところがないか確かめるだけだ。その先は向こうから出向いてもらうか、ひっそりとこちらが見つけるかの二択になるだろう。



(索敵も出来るは出来るけど……むやみやたらにやったら怒られちゃうんだよな)



 僕は斥候役ではないけど索敵も出来る。しかしその方法は自分の気配をさらけ出すことで感じとった相手の気配もまた感じ取るという少々使い勝手の悪いものだった……が、そうだ。



(今僕は1人じゃないか。だったらみんなのことを気にせずやってもいいか)



 調査も始まったばかりだが、手詰まりになるのは目に見えているので、体内の魔力を気配に変換して――と、そこで盾役としての能力が敵意を感じ取った。



「これは……上っ!」



 僕が円盾を構えて空を仰いだ時だった。空の一点が黒く染まると、そこがだんだん大きく暗くなっていき――蒼い鱗に覆われた竜が僕の元に落ちてきたのだ。



「ワガナワバリニハイッタナ!」



 地面に落ちる寸前にその竜は巨躯を羽ばたかせて森の木々を揺るがして、そのまま風に耐える僕を睨みつけた……角の大きさと形、この魔力――どうやら幼体のドラゴンのようだ。



「ナワバリニハイッタトイウノナラバ、ヨウシャハシナイ!」



 ……良かった。古龍のようなSランクじゃなくて。



「ワガ“蒼炎竜”ノ炎ヲ喰ラエ!!」



 ドラゴンは怒りに任せて大口を開けて、そこに鱗と同じ鮮やかな蒼い炎をたぎらせて僕に撃ち出した。



「山火事にはしたくないから……僕も力を使うよ」



 僕はその燃え滾る炎へと手を伸ばし――その蒼い炎が一瞬にして熱とともに世界から消えた。



「ナニッ!? 貴様ッ……ナニヲシタ!!」


「こうしたんだよ“顕現星鎧タロット・ゾディアームズ”――」



 先ほどは無詠唱で発動した僕の術式を見せつけるように唱えると、僕を纏うようにその鎧が展開される。



「《水瓶に沈む太陽ボトル・イントゥ・ザ・サン



 水瓶から零されて太陽を巡る水流――形容するべきはその鎧を完全に纏った瞬間、僕が竜へと掲げた掌から先ほど消えたはずの蒼い炎の砲弾が竜へと放り投げられる。



「――ッ!」



 竜は驚いた様子を見せるも、自慢の翼を盾にして攻撃をやり過ごす……相手としても威嚇程度の攻撃だったのだろうが、しかしその攻撃は大気を歪ませて、未だ遠く離れている僕の肌に熱を覚えさせる。



「被害は空にだけにしたい――これは僕も、少し本気を出すか……」



 リリィたちといるときは簡単に終わるため彼女たちからも控えるように言われた、僕をAランクと知らしめる【鎧術師】の本質。



「“顕現星鎧タロット・ゾディアームズ”《朱雀の女帝ルビー・エンプレス》」



 詠唱の後、鎧が切り替わり、ルビーのような煌めきを放つ鳥の意匠をした鎧が僕を纏う。そして鎧の効果によって僕は竜と同じ高さにまで浮遊する……高いところはあまり得意じゃないけどやるしかない。



「ソノ力……貴様ッ、ニンゲンナノカ!?」


「そうだよ。そして、結構強いよ」



 僕は強い。それだけは事実だ。だから僕は迷わずに戦える。

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