強すぎるという理由で幼馴染パーティを追放された【鎧術師】だけど、戻ってきてくれって言われたら帰ってくるつもり

さくらます

第1話

「アル、あなたをパーティから追放します」


「え、ああ、うん」


 宿泊先の宿にてボクはそう宣言された。


 ひとまずボクらのことについて語ろう。


 ボクらのパーティ――“咲き誇る晶花”は【聖女】リリィをリーダーに置いた幼馴染で組んでいる。


「あなた……そんな反応でいいの?」


 リーダーの【聖女】は聖属性の力で攻守回復完璧な能力を発揮している。ストレートロングの黒髪とツリ目の黒目の美人さんで、性格はきついかもだけどボクの初恋の人でもある。


「あっはは! 流石アル、反応薄すぎっ!」


 【狂戦士】のダルクはパーティの切り込み隊長で、ビキニアーマーなのは鋼鉄なんかよりも自分の方が固いという自信の表れか、それとも身体を見せたい自己顕示欲の表れなのか。


「アル、うちが言うのもなんだけどこれは怒ったり反抗したりしていいとこだよ」


 【魔導師】のシエットはパーティを様々な属性の魔法を操って戦闘の指揮を執っている。人に興味が無いのかこんな時でも読書をしているけど話はちゃんと聞いてくれているんだ。


「んー……じゃあ、一体どうして?」


 そしてそんな3人を裏からサポートしているのが【鎧術師】のボクことアルマコードだ。長いからみんなからはアルって呼ばれている。


 【鎧術師】はそもそもが特異的な【職業】で、言うなれば付与魔法を得意とする盾役だ。敵の攻撃を一身に受けて相手にはデバフを、味方にはバフを振りまいて戦闘を有利に運ばせる……というものだ。


 教会でその【職業】が判明した時はみんなに変な目で見られたけど、そのうちこの力の強さに分かってきてみんなボクを褒めてくるようになった。


 そのままリリィを含めて冒険者になりたがった村の子でパーティを組んでAランクになるまで頑張ってきたけど……ああ、そっか。


 きっとボクよりもパーティに合う人が仲間になるんだろうな。パーティは4人がセオリーだし、役割が被ってたら外すのがいいに決まって――


「それは、あなたが強すぎるからよ」


「…………え?」


 予想外の答えにボクは思わず首を傾げてしまった。


「アルの付与魔法は既に一流……それでなくても攻撃を一手に担いながらサポートなんてそこらの冒険者にできる所業ではありません」


「でも、それがボクの役目だし」


「それが出来んのがすげーってことっしょー? アルってあーしたちよりもマジ強いんだし」


「攻撃力、耐久力、素早さだけじゃなくて魔法力や精神力の強化ができる付与魔法使いなんてギルドにもう1人いるかいないかってレベルだし」


 確かにボクは1番先頭に立ちながらも付与魔法を扱うために全体を常に見ることを心がけている。そうでなければ盾役なんてこなせない。


 付与魔法は他の魔法使いと違って個人に与えるように改造したから味方にデバフを、敵にバフを与えることなんてない。


 そうだ、ボクは強い。それは分かっている。なんせAランク冒険者なんだから。だけど強いだけだ。強いだけの人なんてどこにだっている。


「それにアル、自分から裏方としての役割を言い出すよね。消耗品の確認に補充、マッピングに……もうたくさん」


「そう! 私たちが言うよりも先に言って、やり始めるより先に終わっちゃってこっちは大助かりなんだから!」


「え、えっと……どういたしまして……?」


 リリィが詰めてきたのでボクは思わず適当な返事をしてしまう。


 それはみんながパーティの顔として取材やらを報告やらで話をしてくれているからせめてものお返しにしていることだ。ボクは話すのが上手くないからボクとしてはそっちの方が助かっている。


「ええ! 大いに自信を持つべきよ! ……不甲斐ないのは私たちよ」


 リリィが自虐的に言い放つと、ダルクとシエットもまた彼女に呼応するように顔を暗く伏せていく……『そんなことない』なんて言える場面ではないだろう。


「だからアル、あなたを追放して私たちだけで強くなります!」


「それ、ボクが休暇もらえばいいだけじゃ?」


「それはダメよ。期限があったら私たちがサボるかもだし、無期限だったらアルの腕が鈍っちゃうもの。アルにはアルのペースで冒険者を、私たちは私たちのペースで冒険者を続ける……これが私たちの総意よ」


 ふと周囲を見てみれば、ダルクもシエットも笑顔で頷いていた……肯定として受け取っていいのだろう。


 ……なら、彼女たちの想いを無駄にするわけにはいかない。


「わかった。みんなが戻ってこいって言うまでボクは戻らない」


「そうしてくれると助かるわ。じゃ、この脱退届にサインしてね」


 そうしてリリィは既に他のメンバーのサインが書かれた届出を僕に渡してきたので、手早くサインすると早速窓口に駆けようとして……ボクが呼び止めた。


「な、なによアル。リーダーなんだから私が出すのは決まってるでしょ?」


「それはそうなんだけど……ボクが出してくるよ。みんなはこれからボクが抜けたことで生まれる穴を埋めるために会議とかするでしょ? ならそれを優先した方がいいよ」


「アル……ま、まあ……それはそうだけど……」


 困惑した様子のリリィが周囲に目を配ると、ダルクは『いーんじゃね?』といつもの軽い調子で呟いて、シエットは本を畳みながら呆れた調子でため息をついた。


「……そうね。アルがそこまで言うならちゃんと出しなさいよ。出さずにいるなんて私が許さない。出したって報告もすること! そういう紙ももらってきなさい!」


「うん。そうしたら荷物は……どうする?」


「持っていっていいに決まってるじゃないの。お金は個人のはそっち持ちで、パーティの費用の4分の1をもう下ろしてあるわよ」


「そっか。じゃあ行ってくるよ」


 脱退届を手に持って、ボクは一度彼女らと別れる。


 窓口の受付嬢さんには驚かれたけど無事パーティから抜けることはできて、報告もちゃんとした。


 荷物をバッグに詰めて、改めて彼女らに別れを告げる。


「みんな、またね」


「ええ、また会いましょう」「またねー」「それじゃ、また」


 こうしてボクは結成から3年所属した幼馴染パーティから追放されることとなった。


 ちなみに新米から3年でAランク到達はかなり異例のことらしい。


「そうですか……やはり追放を取り消す気はないと……」


 僕は再び冒険者ギルドの窓口にいる受付嬢さんと話していた。彼女はレスターと言って、僕らが冒険者になった頃にこのギルドに入社してきた人で、僕たちとしても馴染み深い人だった。


「はい。それがリリィたちの判断ですので」


「ううん……これでこのギルドに所属するAランクパーティが1つだけに……ああっ、決してアルマコードさんたちのせいではないんです! 我々の育成不足と言いますか……とにかく!」


 僕らが活動している街、エトアールは比較的平穏な街だ。しかし時々危険度の高い魔物が現われるため、用心に越したことはないのだろう、Aランク冒険者のような心強い味方が必要になる。


「アルマコードさんの抜けた“咲き誇る晶花”はBランクパーティになって、Aランクの依頼をこちらとしても受けさせるわけにはいかなくて……」


「それなら僕が受けますよ。ソロでもクエストは出来ますよね?」


 それに僕にやれることと言えばそのくらいしか思いつかない。Aランク冒険者としての責任を果たしたかった。


「ううん……それは我々としてもありがたいですし、願ったりかなったりなんですけど……」


「――別に構いませんよ」


 レスターさんと話していると、窓口の奥から綺麗な女性が近づいてくる。栗毛をウェーブロングにした背の高い女性だ。


「ぎっ、ギルド長っ!? いつお戻りになったんです!?」


「ついさっき。情報を整理してたらなんと、アルがパーティを抜けたと……」


「ええとかくかくしか――」


「話さなくてもリリィたちのことだし、大体分かっていますよ」


 ギルド長に人差し指を突き付けられ、思わず黙ってしまう。こういう大人の女性の魅力を持っている人にはどうにも抗えない。正直タイプだけど……悟られてはないだろうか。


「早速で悪いけれど、Aランクの依頼が入っている。挑んでくれるかしら?」


「は、はい……僕でよろしければ」


 ギルド長は『よろしい』と紅を引いた唇を妖艶に歪めてカウンターに一枚の羊皮紙を置いた。内容は……『薬草取り』?


「これって近場の森から薬草を取るってだけ……つまり『調査依頼』ですか?」


「流石Aランク。話が速いね」


 『調査依頼』はその名の通り、指定されたエリアの異変を調査するための依頼だ。大抵は何か簡単な依頼とくっついて行われることが多く、昔リリィたちとこなしたこともあるが厳しい難易度をしていた。


「実は近郊にドラゴンが出たとかで少し戸惑っているらしいの。出来れば討伐もしてほしいがそこまでは行かなくても構いません。ただそのウワサが本当か調査してほしいの。出来るかしら?」


「わかりました。早速出向いてみます」


「助かります。それではこちらで受理しておきますので」


 指定された場所を確認し、僕はバックパックを背負ってギルドの中にあるポーションなどが売られている雑貨店に向かった。


「……二人で話がまとまってしまった」


 レスターがポカンとした顔で呟くと、ギルド長は大人らしく微笑みを浮かべて見せた。


「あまり気にしないでおいて。ほら、シャキッとしなさいな」


「は、はいっ……ですが、本当にドラゴンだったら彼、大丈夫ですかね……?」


「大丈夫ですよ。なんせ……アルマコードさんにはあの力がありますから」


「それは……そうですけど」


 ギルド長の意味深な言葉など聞こえるはずもなく、僕は雑貨店の門をくぐった。


「おうおうアルじゃねえか。今度はどうしたんでい」


「一応エリクサーを一つと思って」


「なんでいなんでい。さっきも三個買ってったじゃねえかい」


「あれは……まあ、使ってほしい人がいたので。それであとは――」


 再度リリィたちに別れを言ったときに置いておいたけど、果たしてみんな気づいてくれたんだろうか……そんな憂いも後にして、僕は森へと薬草を取りに、そして調査に出かけることになった。






「――こんなもんかな」


 薬草はFランクの新米だった頃にみんなで群生地をあらかた教えてもらったので手早く終わった。しかし依頼はこれから、取った薬草をアイテムボックス――中に入れた物の重さが無くなったり腐ったりしない優れもの――の中に入れておいて、僕は森を見渡しながら歩いていく。


(鳥の声も、虫の声も聞こえない……違和感の中にもう突っ込んでいる)


 調査といっても特別なことはしない。ただひたすら森を歩いて変なところがないか確かめるだけだ。その先は向こうから出向いてもらうか、ひっそりとこちらが見つけるかの二択になるだろう。


(索敵も出来るは出来るけど……むやみやたらにやったら怒られちゃうんだよな)


 僕は斥候役ではないが、索敵も出来る。しかしその方法は自分の気配をさらけ出すことで感じとった相手の気配もまた感じ取るという少々使い勝手の悪いものだった……が、そうだ。


(今僕は1人じゃないか。だったらみんなのことを気にせずやってもいいか。他の生物がどうなってるかも知りたいし)


 調査も始まったばかりだが、手詰まりになるのは目に見えているので、体内の魔力を気配に変換して――と、そこで風が揺らめき、盾役としての能力が敵意を感じ取った。


「これは……上っ!」


 僕が円盾を構え、腰の後ろの短剣に手を伸ばして空を仰いだ時だった。空の一点が黒く染まると、そこがだんだん大きく暗くなっていき――蒼い鱗に覆われた竜が僕の元に落ちてきたのだ。


「ワガナワバリ二ハイッタナ!」


 地面に落ちる寸前にその竜は巨躯を羽ばたかせて森の木々を揺るがして空に浮かび、そのまま地上で風に耐える僕を睨みつけた……角の大きさと形、この魔力――どうやら幼体のドラゴンのようだ。


「ナワバリ二ハイッタトイウノナラバ、ヨウシャハシナイ!」


 ……良かった。古龍のようなSランクじゃなくて。


「ワガ“蒼炎竜”ノ炎を喰ラエ!!」


 ドラゴンは怒りに任せて大口を開けて、そこに鱗と同じ鮮やかな蒼い炎をたぎらせて僕に撃ち出した。


「山火事にはしたくないから……僕も力を使うよ」


 僕はその燃え滾る炎へと手を伸ばし――その蒼い炎が一瞬にして熱とともに世界から消えた。


「ナニッ!? 貴様ッ……ナニヲシタ!!」


「こうしたんだよ“顕現星鎧タロット・ゾディアームズ”――」


 先ほどは無詠唱で発動した僕の術式を見せつけるように唱えると、僕を纏うようにその鎧が展開される。


「《水瓶に沈む太陽ボトル・イントゥ・ザ・サン


 水瓶から零されて太陽を巡る水流――形容するべきはその鎧を完全に纏った瞬間、僕が竜へと掲げた掌から先ほど消えたはずの蒼い炎の砲弾が竜へと放り投げられる。


「――ッ!」


 竜は驚いた様子を見せるも、自慢の翼を盾にして攻撃をやり過ごす……相手としても威嚇程度の攻撃だったのだろうが、しかしその攻撃は大気を歪ませて、未だ遠く離れている僕の肌に熱を覚えさせる。


「被害は空にだけにしたい――これは僕も、少し本気を出すか……」


 リリィたちといるときは簡単に終わるため彼女たちからも控えるように言われた、僕をAランクと知らしめる【鎧術師】の本質。


「“顕現星鎧タロット・ゾディアームズ”《朱雀の女帝ルビー・エンプレス》」


 詠唱の後、鎧が切り替わり、ルビーのような煌めきを放つ鳥の意匠をした鎧が僕を纏う。そして鎧の効果によって僕は竜と同じ高さにまで浮遊する……高いところはあまり得意じゃないけどやるしかない。


「ソノ力……貴様ッ、ニンゲンナノカ!?」

「そうだよ。だけど、結構強いよ」


 僕は強い。それだけは事実だ。だから僕は迷わずに戦える。


 ——【鎧術】。


 それは僕の魂に模る魔力に24通りの指向性を与えることで生み出された鎧のことだ。


 鎧は1つにつき1日1分だけ展開できるが、その効果は自分で言うのもなんだけどかなり強力だ。


 相手の攻撃をまるまる吸収して跳ね返すこともできれば、触れることなく相手を倒すことすらも可能になる。


 使うとかなり疲れるからあんまり使いたくは無いけど、その相手はそうも言ってられない。


 何せ幼体とは言えドラゴンだ。幼体ですらB+ランクの危険度を誇る魔物で、僕と言えど被害無しで勝てるかどうかは怪しい。


「落チロ! 矮小ナルニンゲン!!」


 自分と同じ空に浮かび上がった人間を嫌に思ったか、“蒼炎竜”は怒り蒼い火球を連続で撃ち出してきた。


「地面には落とさせない」


 それを僕は鎧の魔法耐性を信じて次々と突っ込んでは炎を散らしていく。そしてその勢いのまま空中移動して蒼炎竜へと翔けていく。


 《朱雀の女帝》は魔法耐性に特化した鎧だ。マグマゴーレムの身体の溶岩流にも、ブリザードザウルスの氷の吐息だって楽々で耐えられた実績がある。


「グゥッ!」

 

 加えてこの飛行能力の高さは蒼炎竜にとっても脅威に感じたか、そいつは火球での攻撃をやめ、翼を翻して僕へとその鋭い爪を襲い掛からせていた。


(物理耐性はそんなに無いから受けるわけにはいかない)


 僕は爪撃を指の間を縫うように避けてから蒼炎竜の真上にまで駆け上がり、別の鎧を展開する。


「“顕現星鎧タロット・ゾディアームズ”、《女教皇の白虎ハイプリエステス・ダイヤモンド》」


 白銀の虎の装い——そう形容すべき鎧に身を包んだ僕はその鎧から滾る肉体の昂りから空中を蹴り、蒼炎竜へと突っ込んだ。


「空ヲ蹴ルダト!?」


 この鎧は物理攻撃に特化している。僕よりも近接戦闘に強い人が装備すればドラゴンの硬い鱗も貫通できるほどの破壊力を叩き出せるだろうけど、残念ながら僕にはそこまでの力はない。


 けれどその破壊力は殴った蒼炎竜の腹が歪み、風を切って地面へと叩きつけんべく加速していった。


「グオッ……?!」


「まだまだ……!」


 しかし僕はさらに空を蹴って地面へと落ちていく蒼炎竜に飛びかかる。


「ク、ラ、エッ……!」


 苦し紛れに蒼炎竜は口元に蒼い炎を燃やしてブレスを仕掛けようとしていたが、それより早く僕が懐に潜り込み、さらに2発拳撃を喰らわせたため口の中で炎が爆発し、体制を崩して森へと土煙を大きく立てながら落下して行った。


「次は地上戦——」


 カバーしきれない遠くへの被害は限りなく無くなっただろう。そのことに僕は安堵しながらも油断せずに蒼炎竜が落下した煙の近くに降り立ち、再び鎧を展開する。


「《牡牛の魔術師ブルズアイ・マジカ》。《バインド》」


「——ッ!?」


 牡牛の頭をした魔導師の衣装に変わる。


 次は命中率の特化……言ってしまえば触れた相手に必中の攻撃を浴びせられる。


 これを応用して、砂煙の向こうで姿が見えなかろうが手に取るように拘束することができる。


 やがて煙が晴れて、落下によって陥没した森の成れの果てには蒼炎竜が魔法の鎖によってがんじがらめに拘束された姿が映し出される。


「グググッ……動ケンッ、グォッ……!」


「降参しろ。僕も無駄な殺生はしたくない」


 僕は未だ鎖から逃げようとする蒼炎竜に本音でそう告げる。魔物だって生きるために誰かを食らおうと襲っているんだ。できればそんな自然と共存していきたいというのが本音だ。


 冒険者として魔物を討伐しているのは人間も自然の中に存在させるため……なんてどうにしてもエゴになっちゃうな。


「グ…………ワカッタ。降参シヨウ」


 蒼炎竜は素直に僕の言葉を受け入れたので、僕もまたその言葉を信じて拘束を解いた。一応嘘を見破る魔法を使っていたけど、ちゃんと真実を話してくれていた。


「傷も治しておくね」


「ナント……強イコトニ加エ慈悲深イトハ……!」


 僕は鎧の必中効果を使って蒼炎竜を回復した後、僕もまた鎧を解除して彼女と向き合った。


「それで……どうして君はこんな森に縄張りを? 竜ってもっと山岳地帯に構えるものじゃないの?」


「グゥ……ソレガダナ――」


 蒼炎竜はゆっくりと自分の経緯を語っていった。


 曰く、蒼炎竜は一族の中で『落ちこぼれ』の烙印を押されるほど弱い存在だという。そのため、弱い子どもを育てる気もない大人の竜たちに故郷を追い出され、放浪しているうちにこのような遠くの地にまで辿り着いたのだという。


 このあたりの魔物ならば自分より弱い魔物ばかりなため、居場所にも食にも困らなかった……しかし、そんな誇りの無い生活に自分でも苦しみ始めていたのだという。


「……そっか」


「我ニハモウ誇リモ、生キルベキ理由モナイ……殺セニンゲン。我ノ血肉ヲ、鱗ヤ骨ヲ使イ、セメテ貴様ノ糧トシテクレ」


「…………」


 蒼炎竜――そいつの言っていることは理解できている。


 竜とは誇りを重んじる生物だと御伽噺で聞いたことがある。実際もそうだったらしい。故に強者に殺されることも誉として受け入れ、死して強者に更なる栄光を掴ませる……昔みんなで読んで冒険者に憧れたっけ。


 冒険者になって、今でも目標はドラゴンの装備を一式作ること。ドラゴンはAランクから討伐が出来る……だからこれからみんなでその目標が叶えられた、そんな時に僕は追放された。


「……それは、イヤだな」


「ナニッ……! ナラバ、逃ガスワケモアルマイ……ココデ朽チ果テヨト申スノカ……!」


「そ、そうでもなくてっ!」


 蒼炎竜は悲しそうな声色で抗議する……本当に受け入れちゃいそうでヤだな。


 ただ――これからのことにはたくさんのエゴがある。


 1つ、ドラゴン討伐はリリィ、ダルク、シエットのみんなで叶えたいものだ。今みんなが強くなろうとしているのならここで自分だけで叶えるのは……後ろめたい。


 2つ、このドラゴンが可哀想に思えた。確かに魔物に同情して逃がして被害を大きく増やさせたという例はいくつも聞いたことがある。僕らも実際やりかけて酷い目に遭ったことがある。だけど……このドラゴンの場合は違う。ただ、自分を受け入れてほしいだけなんだ。


 ほかにも理由はいろいろある。だから……僕は結論を告げた。


「僕の……使い魔にならない?」


 使い魔とは、主に魔法使いが使役する魔物のことだ。


 魔物に自分の身の回りのお世話をさせたり、それこそ戦闘で前線に出れない魔法使いの代わりに盾役を買って出たりなど役割は多岐にわたる。


 当然、魔物側にも意思があるため、ちゃんと契約を結んで両者にとって満足のいく関係にしていく必要がある。それでなくても使い魔を使った犯罪が多いからこの辺りはきちんとしないといけない。


 一応僕も分類としては魔法使いに当たるため、Bランクに上がるために使い魔を使役するための免許とか契約を行なう誓約書のようなものをもらっている。もちろん今も持っている。


 だからこの場でこの蒼炎竜と契約を結ぶことで使い魔として居場所を、そして生きる理由を与えることが出来る……という旨を伝えると――


「グオオオオオオ~~~~ッ!!」


 雄叫びを上げて盛大に喜んでくれている……ってことでいいんだよね?


「ナントイウ僥倖ダ! 家族ニ、一族二見捨テラレ、死ンダ方ガイイト嘆イテバカリダッタ……アリガトウッ、感謝シキレヌ!」


「ええと……喜んでくれてありがとう」


 強者に対しては心からの忠誠を誓うというのは本当らしい。では手早く契約を済ませるとしよう。


 契約するときの魔法、契約書、自分と相手の名前……名前かあ


「そういえば聞いてなかったけど君の名前はなんていうの?」


「名前……ハ…………言イタクナイ」


「……どうして?」


「名前ヲ口ニスルダケデ嫌ナ過去ヲ想イ出シテシマウ……ダガ、必要ナノダロウ。我ノ名前ハ――」


「――リューコ」


 蒼炎竜が喋るよりも先に僕が彼女に指を差してそう告げる。慌てて決めたものだからちょっと安直すぎたかもだけどね。


「……エ?」


「君はこれからリューコだ。女の子だってことは分かってるし、だから……もしかして元からリューコだった?」


「リューコ……リューコ! リューコ! ナント良イ響キダ! 嬉シイ……ソウダ! 我ハコレカラリューコダ! リューコトシテ誉アル生キ様ヲ知ラシメルノダ!」


「そっか……よかった。それじゃあ契約を――」


 誓約書にアルマコード、そしてリューコの名を刻み、両者の納得を得て契約は遂行される。


「僕から君に望むのは……うーん、マニュアルにはなんて書いてあったっけ……ええと、僕が望んで、君が拒否しないようなこと……で、いいのかな?」


「我ガ貴公ニ望ムノハ、貴公ガ望ム全テダ。貴公ガ望ムノデアレバコノ命スラモ捨テル覚悟ダ」


「命を捨てるまでは行かないで欲しいな……」


「ムッ、ソウカ? ナラバ――」


「ああ契約されちゃった……!」


 ちなみに誓約は言葉にしなくても心の中で何となく決めればいいんだけど、やっぱり言葉にしてきっちり決めた方がいいかなって言ってみたんだけど……街に帰ったらマニュアルを見直して契約し直そう。再契約のお金は……まあ、仕方ないか。


「ともかくこれでリューコは僕の使い魔になったよ。これからよろしくね」


「ああ! これから頼むぞアルマコード殿! ……ム? アルマコード殿の言葉が流暢に聞こえるな」


「ホントだ。僕もリューコの声が……契約の作用かな。でもそんなこと聞いてないし……ともかく、これでたくさんおしゃべりできるからいっか」


「そうだなっ! 我もアルマコード殿と仲良くできて嬉しいぞっ!」


 リューコはその大きな首を僕に近づけてスリスリ……というかザラザラ押し付けて擦ってきた。ドラゴンの愛情表現なのかな……ちょっと痛い……。


「さて、これから帰って報告しないと。調査の結果、ドラゴンがいて、それが僕の使い魔になって……ああそうだ。使い魔になったんだから色々買い足さなきゃね。それにリューコが入れそうな納屋を探さないと……」


「なっ! まさかアルマコード殿と一緒に暮らせないのか……!?」


「暮らせ……はするけど、人間サイズってなるとやっぱりその辺りの不自由には慣れてもらわなきゃいけないかな……ごめんね」


「ううっ……」


 リューコは今にも泣き出しそうだ……思えば彼女は幼体だ。普通なら家族の元で親の愛を受けていてもおかしくないのだ。というか幼体でこの強さなら勝てはするけど森は酷い被害が遭ったかもしれない。


「どうせならリューコが一緒に暮らせるようなところに引っ越しちゃう? それまでの間も野宿になるから一緒に暮らせるよ」


「ムウ……それは、アルマコード殿に辛い思いをさせてしまうかもしれぬ……そうだ!」


 リューコは頭に電球でも閃かせたのか、両目をかっぴらいてから僕に小さな……竜にとっては小さな額をずいっと差し出した。


「ど、どうしたの?」


「アルマコード殿、少し頭を当ててくださいませんか?」


「こ……こう……?」


 言われるがままリューコの鱗に覆われた額に自分の額を押し付けて数秒――鱗の感触が変わり、それに驚いて後退し、リューコの姿が変わっていくのにさらに驚いた。やがてその姿を僕より頭一つ大きいくらいにまで縮ませると――頭に小さなツノを生やした蒼髪ロングの人間の女性に、しかもギルド長のような大人の魅力たっぷりな姿に変身してしまったのだ。


 つまりは僕の理想の女性だったのだ……素っ裸の。


「わっ、わわわわわわわ……!」


「どうだアルマコード殿っ! これでアルマコード殿と一緒に暮らせるぞっ!」


 リューコが誇らしげに胸の双峰をたゆんと揺らし胸を張って……いるのだろう、僕は両目を両手で覆って顔ごと逸らしてしまっているから分からない。


「どうしたのだアルマコード殿? 裸など先ほどまでも見ていたではないか」


「ええっとぉ~……でもっ、とりあえず服っ、僕のでいいから着て! ……って、着方教えなきゃ……ええと……!」


 その後、てんやわんやありながらもリューコが僕の代えの服を着ることに成功するのだった。


 リューコが人間の姿に変身できたのは僕の頭の中にある理想の女性をその身に投影させた結果だといい、その他の人間の身体の構造についても僕と額を合わせることで考えを共有、そうして歩いたり食べ物を食べたりできるようになるのだという。


「ふうっ……! 食べ終えたときは、ごちそうさま! だったな! 実に美味しい料理だったぞ!」


 そうして僕は人間体になったリューコと共に昼食を済ませた。最近のレトルトシリーズはどれも美味しいものばかりだ。


 僕の身長よりもリューコの方が高いために服が上も下もパツパツになってしまっている……街に戻ったら新しい服を一式買わなければならない。


「ごちそうさま」


 一時はどうなることかと思ったけど、とりあえずは落ち着いたかな。


 エトアールに帰ったらリューコのことはなんて言おうか……いや、素直に竜の幼体を使い魔にして人間体にした方が何かと楽だからという形でお互い納得した、と伝えておこう。


「それじゃあ行こうか。僕らの街を案内するよ」


「ウム、頼むぞアルマコード殿!」


 食事の後処理をして装備の確認をしてから僕らはエトアールに帰ることにした。


「えとあーる……だったな、ニンゲンの街に行くのは初めてだ。きっと素晴らしいところなんだろうな!」


「うん。きっとリューコにも気に入るところだよ」


 リューコが僕の前をスキップまじりで弾みながら進んでいく……その度に胸や尻が揺れて扇情的に映るが、その表情は幼子のように無邪気で脳裏に過ぎる邪な想いがすうっと消えていった。


 僕はどこか晴れやかな気分で春のそよ風に吹かれながらふと森を眺め――そこで1つの馬車を見つけた。


「あ……れ……?」


「ム、どうしたのだアルマコード殿」


 リューコが脚を止めてクルリと回ってから僕の元に駆け足で戻ってくる。僕は崖下の道をどこか焦っているような雰囲気で駆けていく馬車を指を差した。


「リューコの縄張りだったって調査が出てるのに馬車が通るのは変だなってさ」


「フム……? なんだか分からないが確かにニンゲンがいるのは不自然だな。一度追ってみるか?」


「そうだね」


 急ぎの用事ならば護衛の数は多い方がいいだろうし、何か犯罪に関与しているのならば止めなければならない。僕がリューコの提案に賛成すると、彼女は大きな胸を張って自信ありげに告げる。


「よし! ならば我の背に乗って……」


「目立つから徒歩でいいよ。僕も足には自信があるし」


「ムムム……」


 リューコは寂しそうに頬を膨らませるも、ドラゴンが近づいてきたらいらない心配をさせる、もしかしたら迎撃されるかもだから仕方ないよね。


 寄り道を決めた僕たちが崖を下りながら目の前を通り過ぎていく馬車から一瞬……ほんの一瞬だけ視線を逸らした。


 瞬きほどの一瞬逸らした先の未来――僕の頬に液体が弾ける。


 その違和感に気づくよりも先に、僕の視界には馬車が爆撃を受けて血しぶきと瓦礫を森に飛ばす光景が映っていたのだ。


 つまり、僕の頬に伝っているのは血――!


「リューコ! 走れ!」


「御意!」


 リューコに命令してしまうほどに僕は目の前の脅威に焦りながらも、リューコが脚に力を込めたところで付与魔法によって彼女の素早さを極限まで高める。


「さらに――“顕現星鎧タロット・ゾディアームズ”、《猛る獅子の戦車ライオット・チャリオット》!」


 加えてリューコに僕の【鎧術】を譲渡する。一瞬の閃光の後にライオンと重戦車を混ぜたような鎧を纏ったリューコは見た目の重厚さとは裏腹に鎧によってさらに素早さに特化したことで馬車の元へ一瞬で飛んでいった――










 ――何が、起きた……?


 一瞬だった。なんの気配も感じず、自分の肉体がひしゃげる感覚が本能を動かしてお嬢様を守ったのは肉体が覚えている……。


 ザフカーヌ、状況を確認しろ……意識を手放すな……散り散りになっていき意識を手放さないように手繰り寄せろ……!


 自分は……腹部と右脚部に馬車の瓦礫が突き刺さった痛みで動けそうにない……血も止めどなく出ている……。


 いや、私のことなどどうだっていい。お嬢様は……エトアール侯爵家に絶対に守りぬくと誓ったミカウサお嬢様は……


「う、うぐぉ……」


 私が苦しみに喘ぎながらも周囲を把握せんと首を動かすと、少し離れた木の陰にミカウサお嬢様が転がっているのが見えた……私の防御魔法が間に合ったのか目立った外傷はない。


 良かった……。


 お嬢様が生きていることは不幸中の幸いだ。『秘宝』は盗まれはすれどお嬢様が生きていればまだなんとかなる――とか考えてんじゃねえんだろうな?」


「っ――!」


 聞いたことの無い青年の声が頭上に響く。声は歩いて近づいてきており、視線をどうにかして動かしてその正体を見るべく空を仰ぐ。


「『秘宝』は奪った。任務はそれで終わり……だーが、それで殺さない理由にゃならんっしょ」


 碧色の毛皮をした魔導師衣装のワーウルフ――聞いたことがある、魔王軍に仕える7人の幹部――魔光七滅衆が1人、“碧颱狼”グハウ。


「ニンゲンは1匹残らずどうせ殺すんだ。その途中であのお嬢様は実に厄介になる……その過程で排除しなくっちゃならねえ」


「……や…………め……!」


 私がグハウに縋ろうと腕を動かそうとしても身体が動かず、ただ目の前の惨劇を見届けることしかできないでいた。


 ――そんな時、一陣の風が吹き抜けた。


 その風が風を呼び、暴風となってすぐそばを駆け抜けていく。


 数秒遅れて破裂音が響き、衝撃が地面に広がった瓦礫や折れた木々が空いた視界に飛んでいく。


「無事……ではないな、ニンゲン」


 ドスン、と自分の傍に獅子のような重厚な鎧が現れる。その奥から旋律めいた美しい女声が聞こえてくる。口ぶりからして味方だと判断してよいのだろうか……?


「主人の命令と我の判断だ。貴公を……いや、貴公たちを守り、敵を排除する」


「あ、り、が…………」


 私は感謝を言いながら意識を手放した。


 “碧颱狼”グハウは順調に任務を行なったところだった。


 自分の『風』の能力を使い、気配を悟られることなく『秘宝』を運ぶ馬車を襲撃した。『秘宝』を傷つけず、ニンゲンのみを殺す程度を殺す風圧の爆弾を発生させて馬車を爆発四散させた。


 馬車の跡地から奥底に仕舞われた『秘宝』を奪取し、任務を終えて帰る手筈だった……しかし、『秘宝』を封印できる力を持つ少女を殺害しなくてはならない。


 召使いが守った故に無傷だった少女を殺害するべく彼女に近づこうとしたその時だった――グハウに向かって飛び蹴りが襲ってきた。


 瞬間、風の防壁を展開するも刹那で破られたため避けらないと判断したので仕方なく肉体で防御して甘んじて受けることにし、横薙ぎの衝撃で森の奥深くに吹っ飛ばされるのだった。


「……あの衝撃、ニンゲンじゃあねえな」


 加えて一瞬見たあの鎧……実物ではないが実体化していた。おそらく――ともかく障壁になることには変わりない。排除しなければならない。


 グハウは風を纏って陥没した地面の中から浮き上がり、折れた木々を吹き飛ばしながらあの鎧の元へと加速して向かった。


 その速度は音速を優に超え、しかしソニックブームなどの自分にダメージが負うような現象は一切起きなかった。その加速に任せながらも目の前にまで迫った鎧の顔面の風を纏った回し蹴りを放つ。


「うーらっ!!」


「ムっ!?」


 グハウの速度に驚いたか、反応が遅れるもその鎧の主、リューコは身を屈んで回避――その頭上、木々が枝葉を切り刻んで空へと投げ出される。


「お前、ニンゲンじゃないだろ。なんだってニンゲンの味方を?」


「それが主人の望んだことだからだ」


 リューコは回避の後、すぐさま戦闘に入り、グハウに襲い掛かる。グハウもまたそれを回避しながら相手と同じく徒手空拳でもって相手する。


「へえ、奴隷かい。だったらその主人ごと排除しなくっちゃねえ!」


「させん! 貴様は我が倒す!」


 2人の攻撃のぶつかり合いは衝撃を生み、地を切り裂き、空を割っていく。


(この闘気……なるほど、ニンゲンになったドラゴンといったところか。肉弾戦だけなら纏っている鎧の力もあって不利だろうな――だが)


 しかしグハウはそんな熱戦の中でも冷静に相手の戦闘能力を分析し、最終結論を叩き出すと同時にリューコの攻撃に乗じて彼女から一度離れてから地面を蹴って加速し――消える。


「ナっ、いったい――!?」


 言いかけて、リューコの視界が衝撃に揺らぐ。


 グハウが消えたその刹那の後、リューコの顔面には三種の衝撃が殴りつけられていた。頬、こめかみ、顎の三方向からほぼ同時に不意を打たれた衝撃が走り、順に食らったためか最後のアッパーカットによって大きく打ち上げられてしまう。


「《颱裂空断衝ゲルヴンバイクスト》……ちょいと死んでもらうぜ」


 打ち上げられて顎の下、リューコの鎧の隙間へとグハウは鋭利な狼爪でもって一筋に切り裂き、彼女が殴られたことを認識するよりも早く息の音を止めようとしていた。


 しかし――グハウの爪が逆に欠けた。


「……あ?」


 見ればリューコの纏う鎧が先ほどとは違い、緑色に煌めく亀のような装いに変わっているではないか。


「《皇帝の玄武エンペラー・エメラルド》。物理耐性に振り切った鎧だ。そっちの爪でも貫けなかったみたいだね……」


 グハウが振り向いた先、そこには息を荒げ、《牡牛の魔術師ブルズアイ・マジカ》を纏っているアルマコードの姿がそこにあった。


「やあやあ。君がこの奴隷ちゃんの御主人ってカンジかな?」


 グハウは軽い調子で飄々としながらも心の奥でアルマコードに警戒を強めていく。


(肩の動きからマジにここまで駆けつけて疲れてるんだろうが、ヤツの魔力……底知れないモノがあるな。展開している鎧といい、この奴隷の鎧の着せ替え……さらに言えばさっきまで近くにあったエトアールのお嬢さんと付きの気配が消え失せている……十中八九ヤツの所業だろう)


 そこまで思考しているうちにリューコが『なんと不甲斐ない……』と言いながら、しかしあまりダメージを受けていないように立ち上がっていく。


(流石に魔力無しでの戦闘じゃここまでか……だが、コイツらは絶対に俺っちたちの障壁になる――両腕持ってかれる覚悟で、この場で排除するべきか)


 瞬間、グハウから放たれる殺気にリューコに本能からの防衛が促されて大きく飛びのけた。しかしアルマコードはそれに対して恐れずにむしろ彼に向けて果敢に駆けていく。


 それと同時にグハウが地を蹴って空へと跳び上がると……またも軽快な口調でもって告げた。


「今回は見逃してやるよ。俺っちも暇じゃないんでな! また会えた時は殺してやるよ!」


 そう言い残すとグハウの周囲の空間が歪み、その歪みの中に消えていくようにグハウの躰は虚空へと失せて行ってしまった。


「……行った、かな」


 緊張を散らしたアルマコードは気配の消えたグハウにほっと胸を撫でおろして自身とリューコの鎧を解除した。


「アルマコード殿ぉっ!」


 リューコが心配そうに声を荒げてアルマコードの元に向かい、涙を目の端に浮かべながら彼へと抱き着いた。


「あっぶ――!」


 背の高いリューコが飛び込んだもので、アルマコードは彼女に馬乗りになられながらも彼女の豊満な双峰を顔にうずめながらの抱擁に耐えるしかほかなかった。


「ううっ、良かったよお! ほんとに、われ死んじゃうかとおもったあ……っ!」


「わかったっ、わかったから一回離れて……!」


 危機を脱したのにまた別の危機に……なんて僕は思いながらリューコに離れてもらい、そこでようやく本当の意味で一息ついた。


「……今のは一体」


「我にもわからん……しかし、ドラゴンである我よりも強い存在であることには変わりないであろう」


「ドラゴンよりも強い、か……魔王軍の幹部とか……?」


「幹部……!」


 リューコにとっても恐ろしいようで、身体を縮こませながら震えていた……それが酷く怯えていて苦しそうだったので僕はそんな彼女を抱きしめた。


「大丈夫。とにかく今はなんとか見逃してもらえたんだからそれを喜ぼうよ」


「アルマコード殿……ウム! 我はもう大丈夫だぞ! それより……そこで倒れていたニンゲンを知らないか? 我に助けを求めていたのだが……」


「ああ、それなら……」


 僕がリューコの言葉に応えるように1つの鎧を解除すると、何もなかった空間にエトアール侯爵の御令嬢、ミカウサ様とそのメイドだろう人が現れる。


「なんと……!」


「僕の鎧の1つにこういうのが得意なものがあるからさ。それで2人とも応急処置をしてから隠したんだ」


「しかし容態が危ういな……我の血を飲ませて回復を図ろう!」


「逆に不老不死になりそうだから一滴だけね……?」


 そんなやり取りをしながら僕たちは2人を街に運ぶのだった。


 亡くなった他の従者さんたちの遺体を置いていくのは心苦しいかったので、2人が起きる前に飛び散った身体をなるべく回収していった。


 エトアール侯爵の娘、ミカウサ様を助け、街に帰った後は大変な目に遭った。


 まず門番の人に驚かれてミカウサ様を含めて色々と事情聴取をさせられてその日は終わり、家に帰った後もリューコと2人で寝ることになったから更に大変だった。抱き枕代わりにされて寝辛かった……。


 ともかく翌日になって、エトアール家に呼び出されたのでその日は朝食を済ませてから向かうことになった。


 『秘宝』が持ち出された、とは聞いているけどそれがどういったものなのか、これからどうするべきなのか、この街にいるAランク冒険者たち全員を収集してそのあたりのことを話していくことになったのだ。


 ……と、それの前に1つだけ。


「おおおおお……!」


 ブティックの前でリューコがキラキラした眼差しで衣服を見つめていた。


「すごい……どれもすごいぞアルマコード殿!」


「うん。(リリィたちに連れまわされたからそういう店とはもう知り合いになっちゃったんだよな)すいませーん」


「はーい! あらまあお美しい女性ですわねえ!」


 ちょっとの思考を挟んでから僕は知り合いの店員さんに声をかけると、ものすごい勢いでリューコの手を取るとすぐさま店の奥に消えてしまった。


「貴女にぴったりのお洋服をご用意……ってあら、下着は……?」


「まだ買ってないぞ!」


「ならば知り合いの店に掛け合って……アルさーん、ちょっとお嬢さん借りていきますわねえ!」


「お手柔らかにー……! あはは……」


 まさかこんな勢いで連れていかれるとは……まあ、滅多なことはリューコが腕力で解決するだろうし、変な犯罪には巻き込まれないだろう。お金のことも僕に相談するように伝えてるし、それ相応稼いでるからまあ大丈夫かな。


(しかも僕がリリィたちとは別の女性を連れていることに何も言われなかったのは正直びっくりだな。リューコと2人で言い訳たくさん用意してたのに……)


 僕が楽観的に考えていると、店先で見知った人物とすれ違う――長い黒髪に聖職者の衣装だった。


「リリィ……?」


「ん……あ、ら……アル? どうしてあなたがこんなところに……?」


 思いがけない遭遇に僕もリリィも目をぱちくりさせて沈黙が流れる。


「ええと、ちょっと野暮用で……その、リリィたちは最近どう?」


「最近って、まだあなたを追放して1日しか経っていないのだけれど?」


「そ、それもそっか……」


「ま、ぼちぼちって言ったところねあなたを追放したことで私たちのパーティの穴が出てくるわ出てくるわで大変よ。私たちってこんなに戦えないものなんだって思い知らされたわよ」


 リリィはため息混じりに、そして自虐的に自分たちの今の状況を語っていた。


 ……僕も、そうだな。自分は強いって思っていたけど、思いの外強くなかったって理解できた。


 馬車を見つけた時、自分にもう少し敵感知能力が高ければ誰も殺させずにみんな救えたんじゃないかと……自分の不甲斐なさを呪っていた。


「ま、そんな重苦しい話をしてると今日まるごと重い気分になっちゃうわ。それより……あなたでしょ、帰り際にエリクサー置いてくれたの」


「えっ……ああ、うん。餞別にって思って」


「あれのおかげで窮地を脱することができたの。だから……ありがとっ! それだけっ!」


 リリィは恥ずかしそうな笑顔を浮かべてから手を振って踵を返してしまう。そんな彼女の姿をぼくは呆けた顔で眺めていた。


 ……本当は昨日の、あの時のことを悔やんでいた。


 こんな自分に次も襲いくる魔王軍の相手をできるのか——なんて、思っていたけれど、そっか……救えた人がいたんだ。


 リリィたちはいつも僕を助けてくれる。昔、冒険者だった両親が亡くなり、『よそ者』と言われて誰からも養ってもらえずに1人で生きていくことを迫られたあの時もそうだった。


 リリィたちは僕のために頑張ってくれて、『子どもたちだけの家』なんてみんなで作ったっけ……その時から僕は彼女を好いているのかもしれない。


「アルくーん! ちょっと来てくれるー!?」


 ブティックの奥から僕を呼ぶ声がしたので、僕は返事をしながらその方へと歩む。


 ちらりとリリィの歩く方向へと振り向き、彼女に誇れるような自分になろうと決意を固めて一歩を踏みしめるのだった。

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強すぎるという理由で幼馴染パーティを追放された【鎧術師】だけど、戻ってきてくれって言われたら帰ってくるつもり さくらます @2325334

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