第1章 『深紅の森』④

第3話 『魔石事件 Ⅱ』


 ークロエ=アナベル、散財。


 「ははは、やっちまった」


 アナルフィア共和国、魔法都市ミリテ。大勢の人々が行き交う商業街区と呼ばれる場所の中心。

 巨大な女神のオブジェが特徴的な噴水近くのベンチに深く腰掛け、彼は項垂うなだれていた。


 大量の紙袋をその手にひっげていたが、彼の財布には最早水一本分買えるお金すら残っていなかった。


 「こりゃウィル爺に殺されるわ」


 自嘲気味に呟くクロエ。そして空を見上げる。

  悲しいかな、今現在のクロエの状況とは裏腹に空は真っ青な快晴だ。見れば見る程澄んだ青の中に吸い込まれていきそうだった。


 (ー思えば数時間前・・・・・・)


 クロエはつい数時間前の記憶を思い返していた。

  大都市に興奮しすぎて即座に資金を使い果たしてしまった悪魔のような一時を・・・・・・。


〜~~


 まず、簡潔に言うと。


 「っしゃあ!着いたぁーっ!!!」


 馬車の中では割と冷静(?)思考なクロエだったが、いざ、大門を抜けて魔法都市へと入った瞬間、やはり子供っぽさは抜けなかったか。嘘のようにはしゃぎ始めたのだった。

 今までの環境を考えれば当然の反応にも思えるが、もうこの時のクロエには魔法学院の事など頭から抜け落ちてしまっていた。


 ー目に映るもの、全てが新鮮。


 例えば、カフェではポッドが浮かびカップにコーヒーを注ぎれる光景だったり、大通りでは大道芸人が球へ触れずにジャグリングをしたり口から火を吹いたり空中を軽快に歩いたりしていた。

 さらに、天騎士そらきしと呼ばれる希少な生物、グリフォンも目にした。


 見た目は普通の白馬と同じだが、一点だけ違うのはその背に二対についの白い翼が生えている。

 その雄々おおしい翼を大きくはためかせて、彼らは雄大な空を舞っていた。時々、人を乗せているグリフォンも見かけた。気になったクロエはその事を街の人に聞くと


 「ああ、あれは空中馬車だよ。通常の馬車を利用する時の空バージョンだと認識すれば良いかな、魔法都市は居住区と比べてとにかく広いからね。移動が大変な時は大助かりだよ その分料金は高いけど、君もいつか利用してみると良い」


 その言葉にクロエのテンションはぶち上がった。


 軽く見ただけでも、騎士団時代には巡り会えなかったものたちばかり。魔法学院の教師になれ 等というクソったれ辞令には頭にキテいたが、今、この瞬間だけはクロエの内心は


 (ありがとうございますッ!騎士団長ォッ!)


 これ以上の清々しい手の平返しがあるだろうか?

  "よっしゃあ!買い物じゃあ!"ーそう叫ぶと、彼は未踏の地へ意気揚々いきようようと駆け出していくのであったー。



 無論、ものの数分でウィルネスから貰った軍資金が天へ羽ばたいていく事は言うまでもなかった。


◇◇◇


 (やべぇ、どうすっかなコレ)


 時は戻り。クロエは現状整理が辛くなり、とりあえず腹減ったなと感じ、人の本能に従うことにした。

 遅めの昼食である。パン屋で鷹が外れたように一気買いしたパン達を頬張っていく。

 朝から何も食べていなかった。彼の猛獣のような食いつきっぷりに、通りの人々は恐れおののきながら通り過ぎていく。


 (ま、とりあえず魔法学院まで行きゃ何とかなんだろ)


 物凄く適当な思考回路。買い込んだパンは、あと一個を残すだけとなった。

 それを一口で飲み込み、水を口に含み、一息つくと


 「よし!飯も食ったし、そろそろ行くかな」


 魔法学院なら、アナルフィア共和国を代表する場所のはず。迷っても人に聞きながら行けば簡単に辿り着けるだろう。

 クロエはそう考え、立ち上がり、荷物を纏めて出発しようとした。

 ーが。


 「うわぁ!お兄さん、危ない!」

 「ー!?」


 一体どこから走ってきたのか。

  突然、クロエの背丈よりも低い七、八歳程の男の子がクロエにぶつかって来たのだ。


 「っと!な、何だ!?」


 急な出来事に混乱してしまうクロエだったが、すぐさま男の子を抱き抱えた。


 「おい、どうした?大丈夫か?」


 心配したクロエが男の子に声を掛ける。

  男の子は


 「お、お兄さん!ぶつかってごめんなさい!」


 そう謝ると、涙目で追い詰められたように、こう叫んだ。


 「お願い!助けて!!」


 どうやら切羽せっぱ詰まった状況であるらしい という事は、クロエにも痛い程伝わってくる。


 「どうしたんだ?話してみろ」


 男の子の目線に合うようにクロエはかがみ、男の子から事情を聞こうという姿勢を取った。

  こんなクロエでも とは本人には失礼な言い方だが、彼は困った人は決して放っておかないたちがある。騎士団時代はそれが原因で中々非情さを持つ事が出来ず、任務を無視して人助けばかりしていた訳なのだが。


 男の子は叫ぶ。


 「僕のお母さんが強盗に刺されたんだ!助けて!」

 「ー何だと!?」


 クロエも思わず叫んでしまった。


 (マジか!?こんな真昼からんな馬鹿な事する野郎がいるのかよ!)


 が、しかし、クロエの動揺が続く事は無かった。

  騎士団長の事は物凄く嫌いだったが、"どんな任務の時も常に冷静な思考を持て"とはよく言われてきた。狂犬扱いだったクロエもその教えだけは守ってきた。任務の成功失敗は無しとして。


 (とりあえず、男の子から事情を聞くしかねぇな。辛いだろうがー必ず助けてやるからな!)


 そして、クロエが再度男の子へ目を向けようとした時だった。


 (あれ?ーどこ行った?あの子)


 たった今、クロエの目の前に居たはずの男の子の姿が、無い。

  それに、


 身体が怪我しているだとか、そんな類の話ではない。何か、忘れているような感覚。

  あるはずの物が、無い感覚ー。


 (!?)


 その瞬間、クロエは思い切り立ち上がった。自分のズボンのポケットに両手を突っ込む。そして。


 「・・・・・・しまった、やられた!」


 頭を押さえて、うめくのだった。

  端的に言えば、クロエは自身の財布を盗まれていた。男の子は恐らく事件になど巻き込まれていない。真っ赤な嘘だ。始めからクロエに狙いを定めていたのだろう。あの迫真の演技力とスリの技術は大したものだが、褒めている場合ではない。


 「もうほとんど資金が残ってないのだけが幸いだな・・・・・・」


 簡単に騙された自分の愚かさを呪いながら、クロエは辺りを見回す。

  先程の男の子らしき姿はもうどこにも見当たらない。逃足も早いようだった。


 「参ったな・・・・・・とりあえず追いかけるしかないか」


 財布は最悪買い換えれば良いのでは という考えも一瞬浮かんだが、駄目だ。そもそも、一文無しに近い状況なのだ。新しい財布なんて購入する資金が存在しない。

  相手が横暴な人間だったり魔獣だったり騎士団の荒くれ野郎共(同僚)だったならクロエの得意な近接格闘戦に持ち込んで力尽くで解決出来るのだが、この場合は状況が状況。クロエとて、小さな子供に手を上げるのは流石に気が引ける。


 と、いう訳でクロエが採った手段はかなり正攻法だった。


 「すいません、この辺りで慌てて走っていく男の子とか見ませんでした?」


 自分で分からないなら即座に人に頼る。クロエは近くにいた男性にそう聞いていた。正直、目撃証言は直ぐに得られるだろう という確信があった。まだ昼間であり、人の通りも多い。必ず、複数人の目に入るはずなのだ。そんなクロエの予想が的中したのか、証言は本当に直ぐ得る事が出来た。


 「男の子・・・・・・あぁ、それならつい今見かけたよ。必死そうな顔をしてたけど」

 「本当ですか!どこへ行きました!?」


 結構な勢いで男性へ詰め寄るクロエ。男性は少し困った様子をしながらも、教えてくれた。


 「あそこの建物の路地に入っていったよ」

 「ありがとうございます!」


 指を差しながら、建物と建物の間にある薄暗い路地へ男の子が入っていったと教えた男性。クロエは即座にお礼を言うと魔獣を追っているのかと思う程の速度で走り去っていったのだった。


 「・・・・・・」


 その光景を、男性は暫く呆気に取られながら見ていたが。

  やがて、口を開く。 ーまるで、考え事をするように。


 「ーそういえば、あの男の子の"服"、かなり汚れてたな」


◆◆◆


 「ああ、クソ!何でなんだよ!」


 アナルフィア共和国、とある場所にて。一人の男が理不尽な出来事を糾弾きゅうだんするかの様に、喚き散らしている。

 その様子はまるで聞き分けの無い子供。癇癪かんしゃくを起こし、いい年をした大人が見る影もない程、無様だった。


 「やめろ、みっともないぞ」


 そんな男を、もう1人の男が言いとがめた。猛禽類もうきんるいという言葉が似合うような、鋭い眼つきの男だった。

 一見すると冷静に見えるが、その心情はマグマが煮えたぎる如く怒り狂っている。だが、"これは任務"だと。"プロとして失敗をどう取り戻すか"といった思考回路が男をこの場に留めていた。


 「やべえ。やばいぞ兄貴。オレ達は終わりだ」


 子供のような男が事態を嘆く。頭を抱える男の足元には、取引相手のはずだった"闇商人"の男性が口から泡を吹いて死んでいた。


 「勢い余って殺しちまったよ、クソが!あぁ」

 「黙れ。元々裏商売を生業にしていた男だ。死んでも何ら問題は無いだろう」

 「何で兄貴はそんな余裕そうなんだよ!?」

 「・・・・・・余裕、だと?」


 瞬間、鋭い眼つきの男の


 「ー!?」


 子供のような男は、その殺気に震え上がり、その場に尻もちをついて涙目になってしまう。


 「貴様、俺が余裕そうに見えるのか?」

 「い、いや!だ、だって、兄貴っていつも冷静にしてるからー」

 「怒りを無理矢理押し殺しているだけだ。俺は、俺を認めてくれた"あの方"の為、何があっても失敗続きの醜態など晒せんのだ」

 「ーぁ」

 「弟分である貴様の突っ走りには大層腹が立っているが・・・・・・」

 「うっ!そ、それは!マジ申し訳ねえ、兄貴!」


 鋭い眼つきの男はため息を吐く。子供のような男は、その様子に安心したのか、いつもの軽薄な態度に戻っていく。


 「そ、それで兄貴!これからどうするよ?流石にこんな結果じゃあ、上に報告も出来ねぇ」

 「どの口が言う。ーまあ良い。"火の魔石"を拾い集めておけ」

 「え?けど、コイツらはもう使い物にならないから取引にも失敗してー」


 軽薄な男の困惑。鋭い眼つきの男はその言葉に一拍置き、"ある方角"を見つめる。そして、こう言った。


 「心配するな。ー俺に1つだけアテがある」


 自信のある声音だった。軽薄な男はその言葉に目を輝かせる。流石兄貴だと。


 「だが、これも失敗すれば俺達は恐らく組織から消される。ーそこだけは、覚悟しておけ」


 その後の不穏すぎる言葉に身を震わせる事となったが。

 鋭い眼つきの男は軽薄な男に立てと手を伸ばす。


 「まずはこの"闇街区"から早く引き払うぞ」


◇◇◇


 ーアナルフィア共和国には、1つだけ『闇』と呼べる部分が存在している。

  いわく、"共和国の闇街区"。クロエ自身も、騎士団時代に少ししか勉強した事が無かったのだが、かなり胸糞が悪いと思った記憶がある。


 アナルフィア共和国は、人以外の亜人種族を受け入れる『共和体制』を敷いている国だ。実際に国には今や数多くの種族と人が共生している光景が至る所で見られる程だ。例えば、クロエが魔法都市へ入ったばかりの頃は、大道芸人と一緒に兎の耳を生やした女性が楽しそうに周囲を飛び跳ねていたり、露店の近くでは金髪に尖った耳をした恐らく姉妹だろう少女達が仲良く通りを駆けていったり。


 が、しかしだ。その微笑ほほえましい光景の裏には無常な現実が存在している。


  ーそれが、魔法による"権力"だ。


 『共和体制』の他に、共和国には『魔法発展国』と呼ばれている一面がある。そう言わしめる一番の要因が、世界一の魔法の真髄ー魔法学院の存在である。卒業生に数多くの魔法使いを輩出はいしゅつする名門中の名門。共和国にも勿論、指折の屈指の実力を持つ魔法使いは大勢いる。日常に自然と魔法が組み込まれている共和国の一番の特徴。


 だが、それは表の顔。

  先程も言ったように、共和国の裏の顔に"権力"の問題がある。その代表格なのが、"貴族"達の存在である。


 幾ら共和国が『共和体制』を敷いていても、どうしても種族間の差別や貴族と平民の階級問題等は消えて無くなる事はない。

 クロエも勉強して始めて知った事だが、このアナルフィア共和国は国が出来る以前は貴族達が統治する領土だったらしい。現代において貴族達が"権力"を盾に実力行使する事件が多いのは、共和国建国以前の貴族達で栄えていた頃の風潮が原因なんだそうだ。


 『魔法は自分達のモノ』。

   魔法は貴族という存在と共に発展してきた 等という歴史が今に繋がっている と。


 当時まだ幼かったクロエは、何だそりゃ、貴族って馬鹿なのかと失礼極まりない事を考えていたものだが、それは余談で。


 「ー」


 話を戻そう。

  そんな昔の風潮が残る共和国では、未だに貴族と平民の圧倒的な格差が存在してしまっている。


 その代表的な問題なのが"共和国の闇街区"である。居住区、魔法都市どちらにもこれはある。魔法は日常の中に自然に組み込まれているという話をしたが、魔法を扱う為には"マナ"と呼ばれる大気中に漂っているエネルギーが必要。"マナ"は豊かな自然形態から生まれ、国中を循環している。

 が、この"マナ"には厄介な点がある。それは、 という点だ。そしてそれが、だとしても。


 「ーなる程な」


 クロエは、周りが薄暗い中、1人そう呟いた。


 先程、男の子にもうほとんどもぬけの殻と言っていい財布を盗まれてしまったクロエ。道行く人に目撃証言を聞き、男の子を追って飛び込んだ路地の先ー


 彼を待っていたのは、人が住むには劣悪としか思えない、荒れ果てた"闇の住処"だった。


 「ここが、噂の"闇街区"って場所か。マジであったんだな」


 知らないだけで、恐らく共和国のありとあらゆる路地の奥にはこのような場所があるのだろう。


 「ウィル爺の話だとー」


 クロエは右手をパッと開く。それをそのまま太陽の見えない空に掲げて


 「ー《灯せ》」


 短く、ただ一言、そう言った。


 それは、炎魔法の一種だ。扱うものの中では一番最底辺の魔法で、多くの人々が唱える事が出来る。てのひらの上に小さな火を灯すもので、使用場面で一番多いのは夜間だ。辺りを照らす事が可能な為である。一応、街灯なども点灯してはいるが、そういったものが無い道ではこの魔法が重宝ちょうほうされている。


 なのだが。


 「うぅん、やっぱ無理だな」


 クロエの掌に小さな火が灯る事は無かった。

  分かってはいたが、現実を見るとやはり残念なものだ。


 「せめてガス欠みたいにほんのちょっとでもいてくれりゃ良かったのにな」


 思わず、そう愚痴を零してしまう。

  もう一度掌を上に向け、試してみたが、勿論魔法は出なかった。


 「ま、寄り道はここまでだな」


 息を吐き、クロエは前を向く。元々、この"闇街区"と呼ばれる場所へ来たのは自分の財布を取り返す為だ。ここに住んでいる人々には申し訳ないが、好んでこんな場所に来る者など居ないだろう。物凄く物好きだったり、裏社会の仕事だったりしない限りは。


 「に、してもここ・・・・・・居心地悪ぃ」


 クロエは陽の当たらない薄暗い路地を進みながら、げんなりとそう呟やく。

 覚悟していた事だが、あまりにも空気がよどんでいる。物で溢れ返り、ほこりが溜まりまくっているゴミ屋敷が連続しているかの様で。


 「ー」


 人の視線もいくつも感じた。クロエをめつけるような、悪意の籠もった視線。

 クロエも一流の魔法は扱えないが、世間一般の魔法は習得し、しっかり扱えるつもりだ。だが、この"闇街区"の住人達はこんな空気の中では魔法のまの字も無いのだろう。貴族を恨み続ける昔からの風習のせいで。


 「参ったな・・・・・・あの男の子、確かにここに入ってったはずなんだけど」


 こんなあからさまな嫌われ方をされているならむしろ探し物はしやすい。住人達がしびれを切らして襲いかかって来ない内に解決しよう。


 そう考え、男の子探しを再開させるクロエ。

  丁度、曲がり角へ差し掛かった時だった。


 「さ、さっきのお兄さんっ!」


 "ドン"っ!

  クロエに誰かがぶつかってきた。見ると、その人物は先刻クロエの空っぽの財布を堂々盗んだ男の子だった。


 「あっ、君!」


 男の子はクロエにぶつかった拍子に尻もちをついてしまったようだ。

 クロエを見上げながら、何かを差し出している。


  ークロエの財布だった。


 「あ、え?やけにあっさり返すのな」


 一体どうしたというのだろうか?男の子のさっきとは違う態度の変化にクロエは一瞬戸惑ってしまう。


 「ごめん!このお財布返すから!!!」


 そして、続く言葉に思考が停止しそうになるのだった。


 「ちょ、ちょっと待ってくれ」


 クロエは男の子を落ち着かせようと膝をつこうとして



    「ーオイ、逃げんなクソガキ」


 曲がり角の奥から聞こえてきた声に、戦慄した。


 男の声だ。それも、かなりのを滲ませている。

 クロエは直感する。 と。


 「ーハァ、そんなガキ放っておけと言っただろう。ーまあ、殺るなら早く殺れ」


 続いて、堅い印象を受ける男の声が聞こえた。

  男達は二人組だろうか?こちらへ近付いてくる。


 (マジかよ!俺もう騎士団じゃねぇんだぞ!?)


 返ってきた財布に、突然の事態。だが。


 (けど、逃げるって選択肢はハナから無い!)


 騎士団時代と比べると、少し力や判断力はなまっているかもしれない。だが。

 クロエは。クロエには。


 例え悪い事を犯しても、たった今自分の目の前で命を狙われている小さな男の子を見放す事など、決して出来ないのだ。


 「ーよし、近くに隠れてろ」


 クロエは、男の子を安心させるように、笑ってそう促す。


 「う、うん。お兄さんは・・・・・・?」

 「俺は、悪い奴らを今からぶっ飛ばしてくる!」


 男の子から返してもらった財布をポケットに入れ、気合い入れに拳を叩く。

 "パァンッ"!ー甲高い音が辺りに響き渡り。

  やがて。


 「あぁ?何だ?誰だよお前」

 「ーフム」


 クロエの前に二人の男が現れた。

  一人は頭にバンダナを巻いた軽薄そうな男。もう一人は猛禽類という言葉が似合いそうな、鋭い眼つきの高身長の男だった。


 久々の尋常ではない緊張感。下手すれば殺される。クロエはそう思いながらも、不安と緊張を押し流すように大胆不敵に笑ってみせた。


 「お前等危険そうなんでな。喧嘩売りに来た!」


 クロエの発言に、鋭い眼つきの男は眉を曲げ、軽薄そうな男は食ってかかった。


 「待てやオイ。さっきのガキはどこいった?ーまさかテメェ、逃がしたんじゃあねぇよな?」

 「いいや?逃がしたぜ?だから、俺が代わりに相手になるって言ってんだ」


 軽薄そうな男は、クロエの言葉に一瞬だけ呆気に取られた様子だったが、やがて笑い始めた。


 「ーハハハハハハッ!!」


 狂笑きょうしょう。クロエは顔をしかめる。


 「いやー、面白え奴がいるもんだぜ!代わりに殺されてやるってよ!兄貴!」

 「あの男は俺達を倒すつもりのようだが?」

 「ハッ!冗談言えよ兄貴!あんなひょろガリ野郎に俺と兄貴が倒される訳ねえって!」

 「小さなガキにたかがぶつかられただけで逆上し、挙句の果てに敵の力さえ見誤るか。ー

 「兄貴さあ、慎重すぎね?」

 「ーならばやってみろ。貴様の愚かさを知ると思うぞ。それと、まだ任務中だと忘れるな」

 「へーいへい、分かりましたよ。んじゃ早速ー」


 「ー喧嘩は最初の一発が大事、ってな!」


◇◇◇


 "コイツら、ごちゃごちゃうるさいな"

  そう感じたクロエは、さっさと仕掛ける事にした。


 半身に構えた状態で、左足を後ろに引く。そのまま左足に力を込め、クロエは"ガスク"と呼ばれていた男の元へ一気に


 その跳躍には、ほとんど音がしなかっただろう。

  ー故に、クロエの左拳から繰り出されたストレートは男のほおにめり込んだ。


 「ーは?」何が起こったか分からず男は吹き飛び、コンクリートの壁へ激突した。


 「ーお、意外とやれるもんだな」


 男を一発殴り、満足そうにしているクロエ。

  そんな彼を見て、眼つきの鋭い男は僅かに目を見開いた。


 「ーほう」


  ーその眼に、好奇の色を宿して。


 "ガラガラガラ"ッ!

  そして、崩れて瓦礫がれきとなった場所から、今しがたクロエに吹き飛ばされた男が立ち上がるのだった。


 「テメェ!殺してやるよ!!」


 さっきまでの余裕そうな態度はどこへやら。

  男は怒り狂い、を取り出し


 「兄貴ぃ、本気でやっていいよなァ?」


 血走った眼で、鋭い眼つきの男へそう問い掛けた。対する答えは


 「ー始めからそうしろ。貴様も一端の構成員なら、障害くらい己が力で乗り越えるのだな」


 そう、返した。


 「ー!?構成員って、お前等、まさかー」


 二人の男の会話を耳にして、クロエは構え直すのだった。

 その頬には、僅かな汗が浮かんでいる。まるで、嫌な考えに至ってしまったかのように。


 「ーヒヒッ、多分、テメェの察してる通りだよ」

 「ー!?」


 そして、クロエを馬鹿にするような、不気味な声がして。


 「っ、があ!?」


 瞬間、クロエは目にも止まらぬ勢いで突っ込んできた男の回し蹴りを顔面に喰らっていたのだった。


 「がはっ!」


 倒れ、血を吐くクロエ。


 そんなクロエを冷たい目で見下ろし、右手に持ったもてあそび、男はこう言った。

 クロエはおろか、全世界が恐れ慄く、最悪の犯罪集団の名を。


 「俺の名は、泣く子も黙る犯罪集団ー《神の捨子》 末端構成員の《毒蟻どくあり》ガスク」


 ニヤリと薄気味悪い笑みを浮かべて。

  人畜外道の存在は、堂々と宣言したのだった。


        「殺すぜ、お前」


◇◇◇◇◇


魔石事件は次回までとなります!

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禁呪魔法と六英雄の聖書譚(オラトリオ) @ut3559

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