第1章 『深紅の森』③

第2話 『魔石事件 Ⅰ』


 ー夢を、見た。それはいつかのー懐かしい、夢。


  それは、とある国の、とある家の、とある部屋での事。


  ある一人の男の子と、一人の女性が、光射す一室にて"魔法"で遊んでいる光景。


 『ほら、見ててね!■■■』

 『うん!お母さん!』


 女性は、凄い魔法使いだった。

  誰よりも魔法の扱いに長けていて、誰よりも優しくて、誰よりも家族想いな女性だった。


 『いくよ〜 ーえいっ!』


 女性が指先に"火"を灯した。


 男の子に向かって一言、お願いをする。


 『後ろ向いててくれるかな?』

 『・・・・・・?う、うん』


 男の子は困惑しながらも、女性に従ってくるりと後ろを向く。


 『何をするの?』


 物凄く興味津々きょうみしんしんに尋ねてくる男の子。

 

 そんな男の子に女性はくすりと微笑むと反対の手に水のかたまりを生み出す。

 そして、最初に指先に灯していた火を少しだけ大きくして、風魔法で男の子の目の前に送る。


 男の子は一瞬"びくっ"と肩を震わせた。

  でも


 『大丈夫よ』


 女性の優しい声に、落ち着きを取り戻し、


 『うっ、うん!』と頷いた。


 女性は男の子に"そう、いい子ね"と声をかけると


 『それじゃあいくよ~?火をよく見ててね?』


 悪戯いたずらっぽく微笑み、えいっという掛け声と共にもう片方の手に生み出していた水の塊を軽く放り投げる。

 空中で水の塊が弾け、その形が崩れる。飛び散った水しぶきが部屋の光と反射し、きらきらと光輝いて。その瞬間、


 『ーうわあっ!凄い凄いっ!』


 男の子の興奮した声。

  男の子が見ていた火。揺らめくそこに映ったのは、七色のアーチ型の奇跡ー『虹』だった。


 小さくも、そこに映る『虹』は男の子の眼に、強く、鮮烈せんれつに焼き付いた。


 『綺麗!ねえねえ、どうやったの!?』

 『■■■も大きくなったら出来るかもね?』

 『ほんとっ!?僕も今のやりたい!』

 『よーし!なら色んな魔法教えちゃうね!』


  ーある男の子とある女性の輝かしく、尊く、懐かしい一幕。


 想えば、この時から魔法という存在に強い憧れを持っていたのかもしれない。


◇◇◇


 「お客さん、あと少しで魔法都市ですよ」


 意識の覚醒は、御者台ぎょしゃだいの男性からの一言で訪れた。


 「ーんあっ」


 何とも間抜けな声を漏らし、クロエはゆっくりと目を開けた。

 眠たげな目をこすりながら、馬車内に備え付けられていたカーテンを開ける。


 コンクリートを馬のひづめが叩く音がやけに心地良かった。先程もすぐ寝てしまったし、きっとウィルネスとの修行で疲れていたのだろう。


 窓の外にはアナルフィア共和国居住区の景色らしく、家々が立ち並んでおり、空は快晴。青々と澄み切った空はクロエの新たなスタートを歓迎しているかのようであった。


 (ーあの夢、久しぶりに見たな) 


 ふと、そう思った。 


 春の暖かな陽だまりのように、優しい夢。とある一人の少年と一人の女性の想い出の光景。


 (何つーか・・・・・・あれがなのかもな)


 ゆっくりと流れ過ぎ去る景色と共に感傷に浸る。

  思えば、ここ最近・・・・・・いや、騎士団に入団してからはまともに落ち着く時間が無かったかもしれない。共和国内の犯罪鎮圧任務や、国外にて魔獣の討伐任務に駆り出されたり、任務が無く待機状態の時は、主に上司相手で組手ばかり行っていた。特にクロエに関して言えば、騎士団内で《獣》と呼ばれ完全に狂犬扱いだったので、クロエを目のかたきにしている者はかなり多かった。


 よく勝負、というか決闘という名目で虐めにう事が多かったのだがクロエもクロエで売られた喧嘩は買ってしまい、ウィルネス直伝の格闘で返り討ちにしてはさらに恨みを買う という負のスパイラルに陥ってしまっていたものだ。


 まあ、格闘に関してはクロエにかなう者は騎士団内にはほとんど居なかったので本人の中では大して問題にはならなかった。対して、心底ウザい騎士団長始め上層部ではかなり悩みのタネだったらしいが。


 (まっ、良いじゃねーか。あのクソみたいな野郎共とはおさらば出来るんだ。これからはブラックじゃない夢の日々が待っている!)


 心の中でガッツポーズをするクロエであった。


 ちなみに、アナルフィア共和国の魔法都市はクロエ自身あまり訪れた事が無い。

 魔法の名門中の名門、魔法学院があり、国内外から魔法使いを目指す学生達が集まる学生都市でもあるが、クロエはそれとは真逆の戦いのプロ。都市を訪れるとしても犯罪鎮圧任務で行く事がほとんどだった。それにクロエはどちらかと言うと魔獣討伐任務に回される事が多かったので、魔法都市が具体的にどういった所なのかは知らないのだ。


 (都市に着いたらひとまず観光だな。珍しい物買い占めてやるぜ!)


 と、いう訳で絶賛浮かれ気味なクロエ。

  完全にド田舎から大都市へ遊びに行くテンションであった。


 (あれ?そういや・・・・・・)


 と、ここでクロエはふと我に返った。

  魔法都市。犯罪。任務。これらのワードを並べると、一つだけ、気になる事があったからだ。


 (、最近妙に静かだったような・・・・・・?)


 騎士団時代の記憶が一瞬蘇るも。


 (多分気のせいか。俺はもう騎士じゃねぇ)


 一瞬だけ浮かんだ嫌な考えにふたを被せるように、箱を閉じる。

 両腕を頭の後ろで組むと、どかっと座り直す。そして、再び窓の外に目をやり、束の間の平穏を享受するのだった。


 ー魔法都市へ続く大門はもうすぐだ。



◆◆◆


 ークロエが魔法都市に入る少し前の出来事だ。


  魔法都市、とある酒場にて。


 一人の男が、グラス一杯に注がれたワインに一口つけてため息を吐いていた。

 それは、怒りと呆れが混ざったため息だった。男はに属す一人。今現在酒場にいるのは、これから大切な取引があるから。だというのに、約束の相手はいつまで経ってもやって来る気配が無い。連絡くらいしてくれれば良いのだが、それも無し。一時、死んだ可能性も考えたがそんな簡単に尽きてしまうなら実力不足もいいところである。あと少し待って来なければ死亡扱いで処理すれば良い。


 「本当に・・・・・・腑抜けた時代になりました」


 男はワインを再度口に含むと、うれいた口調でそう呟いた。魔法が当たり前となった時代、日常生活の一部に組み込まれる程、魔法は昔に比べて身近な存在になった。近年では、魔法の核とされる精霊と契約を結び精霊魔法士として活躍する者達まで現れている。

 だが、男はそれが心底気に喰わないのだ。


 何故なら、男にとって、魔法とはー。


 「ー失礼致します。追加のワインでございます」


 その時。

  考え事をしていた男の耳に、滑らかな女性の声が届いた。


 見ると、男の数センチ後ろに、酒場の従業員と思われるウェイトレスが立っていた。


 「ーはて?」


 男は疑問に思う。ワインの追加注文などしていないはずだが。

 しかし不思議な事に、そのウェイトレスが両手に抱えているのは瓶沢山に入ったワイン。それも男が好む最上種である。


 「ー、お持ちしました」


 すると、ウェイトレスは唐突にそんな事を言った。意味不明な一言。普通の客ならば、不気味に感じただろう。

 が、男にはその真逆であった。


 「ーああ、貴女ですか。遅いですよ」


 ニヤリと笑い、ウェイトレスの女性を見やる。


 「いやー、ごめんねぇ?共和国に来る前にちょっとだけ


 先程の丁寧な接客の態度は一体どこへ消えたのか。

 ウェイトレスの女性の口調が変わる。間延びした特徴のある声に。


 「また、ですか」

 「毎度の如くねぇ。つくづく邪魔なクソ共だよぉ」


 店内には他にも何人かの客がいたが、皆、ウェイトレスの女性の気味悪さに気付く事は無い。

 それもそのはず。 ー


 「まぁ、貴女ならば結局は撒いたのでしょう?」

 「まあねぇ。そこまで余裕も無かったけどぉ」


 可笑しそうに笑うウェイトレスの女性。男はそんな女性を少し鬱陶うっとうしそうな目で見るといい加減話題を切り出せと話しかける。


 「ー例のモノは持ってきてくれたのですよね?」

 「おっとぉ、そだそだ。ーはい、ね」


 女性は思い出したようにそう言うと、何も無い虚空からを出現させる。

 ソレは、一冊の本だった。だが、どことなく"聖書"のような厚みのある本だ。


 男はその本を手に取るとホッとしたように呟く。


 「ああ、やっと手に入れました」


 ウェイトレスの女性はそんな男の様子が面白かったのか、"あははっ"と笑う。


 「いやぁ、そんな嬉しそうな反応されるとさぁ、わざわざ命張って盗んできたかいあったよぉ」

 「ええ、本当にありがとうございます。これこそ、に必須な代物なのです」

 「悲願?ああ、共和国で何かやろうとしてるんだっけぇ?」

 「そうですね。その為、現在他の団員も動き始めているところです」

 「・・・・・・」


 「丁度一ヶ月後、この国でかなり大きなお祭りがあるのですよ。我々は。決して失敗など許されないのですよ。全て用意周到に仕掛けてこそ、望む光景は創り出せる」


 瞳に強い決意を灯してそう語る男。

  ウェイトレスの女性は"はぁ"と一息吐き


 「まあ、勝手にすればぁ?悲願だか何だか知らないけどぉ、アタシには関係ないしぃ」


 そう答えた。ー答えて、


 「そういえばさぁ、アンタ"孫"が居なかったぁ?大事な血縁も巻き込んじゃうのぉ?」


 男には、が居た事を思い出した。


 「いえ・・・・・・に会う為の計画でもあるのです。彼女は必ず私の元へ来る。我が悲願が成就した時、この私と共に新たな世界を観る権利が彼女にはある」


 男は嫌な顔一つ見せず、不快に思う事も無く、むしろそれが自身の使命であるかのように、大切そうに語ってみせた。


 「ふうん」


 ただ聞いただけで大して興味は無かったのか、ウェイトレスの女性はそっけない返事を返した。

 そして唐突にくるりと振り返ると男に振り向く事無くこう言った。


 「じゃあ、アタシ帰るわぁ。頑張ってね、


 少しばかり、皮肉めいた別れの挨拶。

  男はそれにふっと笑うと


 「貴女の方こそ、頑張って下さいね。の命令なのですから、精々と協力して任務を成し遂げて下さい」


 男の挨拶も若干皮肉めいていたが、ウェイトレスの女性はそれに特に反応する事無く、男から離れて歩き出す。そして、その姿は、やがてかすみのように消え行くのだったー。


 「ー昔から相変わらず、そっけない人ですね」


 男は一人残された後、残りのワインを一気に飲み干すのだった。


◇◇◇


 馬車の揺れる心地に、いつの間にか身を任せていた。


 「ーお客さん、今から魔法都市ですよ」


 御者台の男性の声。


 「ハッ」


 ついつい寝ぼけ眼になっていたクロエはその言葉で跳ね起きた。

 備え付けのカーテンを開けて、窓の外から景色を確認する。


 ー魔法都市へ続く石造りの大門。窓の外から眺めているクロエよりも遥かに巨大なそれは、まさに今、アナルフィア共和国居住区から魔法都市へと続く道を開ける為に鈍重どんじゅうな鉄の塊を左右に開き始めていた。


 「いよいよ、だな・・・・・・」


 その光景を見て、クロエは思わずニヤリと笑ってしまう。(決して観光が楽しみだからではない)

 それと同時、一抹いちまつの不安も覚える。


 それは、やはり魔法学院の事だ。今まで任務中心、戦闘と喧嘩上等という特殊な環境下で生き抜いてきた。魔法学院が生ぬるい という事は無いだろうが、教師として派遣されるクロエが関わっていくのは騎士団での荒っぽい同僚達ではなく、立派な魔法使いを目指すクロエとほぼ同年代の学生達なのだ。周りが大人だらけの環境で育ったクロエが果たしてそこに馴染めるのだろうか?その不安があるのだ。


 (まあ・・・・・・騎士団には"妹分"みたいな奴はいたけどな)


 一瞬、騎士団時代の懐かしい身内が頭に浮かびかけたが、クロエはそれを振り払う。


 (いや、もう余計な事は思い出すなって。俺が今からすべきなのは観光と学院での自分の在り方を考えて実際に教職に就く事だろ?)


 やはり念頭には観光が頭にあるクロエ少年であった。


 と、ここで。

 「ん?」


 クロエはある事に気が付いた。

  自分の乗っている馬車の前。その前にも馬車があった。ただ馬車があるだけなら、自分と同じ観光客か商人なんだろうな等と思うだろう。だが。


 (前の馬車・・・・・・)


 クロエは馬車の荷台に注目していた。

  そこには、が荷台を埋め尽くすかのように大量に置かれていたのだ。


 何かは具体的には分からないが、所々袋がとがっているのを見ると鉱石の類だろうか という予想しかクロエには出来なかった。


 (まあ、よく分からねぇ石を欲しがるコレクターとかはよく居るけどな)


 クロエは基本的に近接戦闘型の格闘タイプだ。剣や槍や弓等の武器に関しては全く扱えないので専門外なのである。

 噂に聞いた事があるだけだが、魔法都市にはかなり有名な武具工房があるらしい。恐らくそこ辺りに用があるのだろうと適当にアタリを付ける。


 (んじゃ、俺には関係無いな)


 もう魔法都市は目の前である。

  都市に入ったら、とりあえず腹が減ったから飲食店探しだなー等と呑気に考え始めるクロエなのであった。


◆◆◆


 馬車の中には二人の男が乗っていた。


 男達は身分をたった今、アナルフィア共和国へ入国したばかりだ。


 「兄貴、これが上手くいけば俺等も・・・・・・ヘヘヘッ」


 一人は細身の男。軽薄そうな態度が特徴的だった。


 「黙れ。貴様、この任務の重要性を忘れた訳ではあるまい?」


 そんな細身の男に釘を差したのは少々大柄な男だった。軽薄そうな男に対し、こちらは固い表情をずっと崩さない。


 「いや、冗談すよ兄貴!俺も馬鹿じゃねえからよ」

 「そうか。なら、入国審査の時に門番に危うく正体をバラしそうになった事は反省しないのだな?」

 「ひいっ!?そんな殺人鬼みたいな顔しないで下さいよ兄貴っ!あ、でも兄貴って元殺しー」


 ーズバンッ!


 細身の男のすぐ真横。馬車の部屋の一角に鋭い雷閃が突き刺さっていた。照準をずらせば恐らく細身の男は即死していた。


 「・・・・・・」

 「身の程をわきまえろ、塵が。我々は組織の最底辺。上からの指示を従順にこなす事が我々に与えられた仕事なのだ。貴様は相手を無能だと罵り、無様に死ぬ未来が最適だな」

 「はい、マジ、すみませんでした」

 「・・・・・・まあ、良い。我々はこれから、共和国魔法都市の"闇街区"へ行き、任務を遂行する。よいな?」

 「はーいはい。分かってますって兄貴。俺と兄貴が組めば最強なんすから。パーッと終わらせましょう」

 「・・・・・・自惚れるなよ」


 正体不明の二人組の男達。彼らはとある目的の為、共和国の闇へとその足を向ける。


 一方、彼らより少し遅れて魔法都市へ入ったクロエ=アナベル。彼のは当たっていたのか。

 もし、当たっていたとするならば。


  ーこれから、その嫌な予感は的中してしまうのかもしれなかった。



 

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