第35話 愛というもの(ランス視点)
会議でのユーズ団長の話では、瘴気騒動の裏で虹の力を持つ聖女が誘拐される事件が多発しているらしい。
誘拐されるまでの手順としては、白龍の力を消費した騎士に怪しい女が近づいて誘惑してくる。誘惑を断ると数日後に聖女が誘拐される。誘拐には不審な男が聖女に巧みに声をかけ攫ってしまうそうだ。
騎士にも聖女にも不審な男女が近づいてくる。一体何が目的なのだろう。王都の騎士団が解明に動いてくれているようだが、情報がまだ少なすぎる。
それに、誘拐から救助された聖女は一時的に記憶を無くし、虹の力を持つ聖女であることすら忘れてしまうようだ。そうなると、きっと騎士や白龍のこと自体も忘れてしまうのだろう。
もしもセシルが誘拐されるようなことがあったら……考えただけで頭がおかしくなりそうだ。万が一俺に不審な女が近づいてきたとしても断固として拒否することは当たり前として、そうなると必然的にセシルが誘拐されてしまうことになる。かといって誘拐を避けるために女の要求を飲むなんて到底無理だ。セシル以外の女とどうこうなろうなんて考えただけで吐き気がする。
それに、誘拐の際には不審な男が言葉巧みに聖女に近づくという。それだけでも耐えられないのに、誘拐される際にはどうしたってその男がセシルに触れることになるのだろう。絶対に嫌だ、セシルに俺以外の誰かが触れるなんて耐えられない。セシルを誘拐しようとする男なんて絶対に殺す、殺す、何があっても殺す。
「おいランス、すごい形相だぞ。どうせ不穏なことでも考えているんだろう。気持ちはわかるが冷静になれよ」
ユーズ団長に言われて我に返る。そうだ、今は会議の後に団長から詳しく話を聞こうとしていたんだった。
「すみません、もしもセシルが誘拐されたらと考えたらどうしようもなくなってしまいました」
「まぁそうなるだろうな。俺だってもしもベルが誘拐されたらなんて考えただけで無理だ。自分を保っていられる自信がない」
ため息をついてユーズ団長が言う。あのユーズ団長でもそうなってしまうのか、なんとなくホッとする。
「だがな、俺たちは白龍使いの騎士だ。どんな時でも冷静さを保ち適切な判断を下して行動しなければならない。それはちゃんと頭に入れておいてくれ。大事な大事なたった一人の聖女を誘拐されたくないのなら、万全の対策と対応をするまでだ」
片手を握りしめ、ユーズ団長が低い声で言う。そうだ、セシルを守るために自分ができることはなんでもする。騎士としても、一人の男としてもどちらもだ。
ふと視線を感じてロイの方を向くと、ロイは唖然とした顔で俺とユーズ団長を見つめていた。
「ロイ、どうかしたか?」
「あぁ、いや。……なんか二人は本当にすごいなと思って…俺なんかそこまでリラのことを思えているかと言われれば断言はできないから。リラのことはもちろん大事だし大切に思ってる。でも、二人とはまた違うというかなんというか……」
ロイが複雑そうに苦笑いをする。
「ロイのところはまだリラと打ち解け始めたばかりだろう。リラの生い立ちも影響するし仕方ないさ。それに、ロイだってリラのことは大事に思っている。それだけでも聖女を思うちゃんとした白龍使いの騎士だ。そんなに引け目に感じることはない」
「そうなんでしょうか……」
ユーズ団長はそういうが、ロイは納得のいかない顔をしたままだ。
「いいか、もちろん聖女と白龍使いの騎士は結婚しているしいずれ男女の契りを結ぶ関係になる。だが、聖女も騎士も様々な人間がいるようにそのペアの進み方はそれぞれだ。どこにも正解なんてない。お前達はお前達のやり方、進み方で進んで行けばいい。何より、そこに愛があるのなら何も問題ないだろう」
「愛……」
ロイがセシルやベル様と話しているリラを見てつぶやく。
「いいか、愛っていうのは男女間の愛だけじゃない。恋愛、友愛、人間愛、親子愛、様々な愛があるだろう。男女だから育まれるわけじゃない、性別も年齢も国籍も本来は関係ないんだ。愛というのはそれだけ大きく複雑で、だからこそ尊く純粋なものだ。それを歪んだ見方で扱うからおかしなことになるし、人間の物差しで決まりを作ろうとするからややこしくなる。
お前とリラの間でお互いを大切に思い、心の底から湧き上がるものがあるとすればきっとそれが愛だ。まずはそれをちゃんと見つめて大切にしていけばいい。それがこれからどんな愛になるかは二人の進み方次第だし、そこに正解も間違いもないさ」
ユーズ団長の話を聞いてロイの表情がどんどんと明るくなる。俺も話を聞きながらセシルのことを思って胸から暖かいものがどんどん湧き上がってくる。そうだ、愛とはそういうものなんだな。
「ありがとうございます、これからリラと向き合いながら二人にとっての愛を育んでいきたいと思います」
ロイは晴れ晴れとした表情でそう言った。
「あぁ、そのためにもまずは誘拐犯を一刻も早く検挙しなければならない」
ユーズ団長の言葉に、俺もロイも身が引き締まる思いになった。
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